観光人材が育たない本当の理由とは? 必要なのは研修より「出口」への投資【コラム】

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こんにちは。日本交通公社の山田雄一です。

2026年度から始まった第5次観光立国推進基本計画は、幅広い領域を対象としていますが、そのひとつに人材の育成があります。観光分野では、長年、人材育成と人材不足が政策課題として掲げられています。なぜ、人材の問題は課題であり続けているのでしょうか。今回は、その要因を仕事や処遇、キャリアの「出口」から考えます。

新たな観光立国推進基本計画では、地方誘客の推進による需要分散では、「観光地域づくり法人(DMO)において課題となっている人材の育成・確保」、文化資源の観光活用では「文化資源の活用を担う人材の育成・確保の取組を強化」、また、観光地・観光産業の強靭化では「多様なニーズに対応した受入環境整備や観光人材の確保・育成」と示され、観光地・観光産業の担い手の確保がうたわれています。

写真:米ラスベガスのホスピタリティ人材の供給拠点となっている米ネバダ州立大学のホスピタリティ・マネジメント学部の校舎(筆者撮影)

20年以上続く「人材育成事業」

さて、筆者は2009年、米国フロリダ州オーランドのセントラルフロリダ大学ローゼンカレッジに、客員研究員として赴任しました。これは、私が希望したものでしたが、そのきっかけは、2005年から3年間、経済産業省より受託した観光経営人材育成に関する調査事業でした。

この調査事業を通じ、私は、欧米、特に米国には、当時の日本には移入されていない観光事業(ホスピタリティ事業)に関する様々な学術的知見があり、その知見をもとに産学が連携した教育プログラムが存在していることを知りました。そして、私が研究員を続けていくには、先行するこれらの知見を習得し、現地で展開されているデスティネーション・マネジメント/マーケティングの実態を把握する必要があると考えたのです。幸い、私が今も観光に関わる業務を継続し、こうした執筆活動をおこなえているのは、このオーランドでの経験が大きく影響しています。

この個人的なエピソードから、二つのことを指摘できます。

一つは、今から20年前に、すでに「観光系人材」の育成は政策課題となっていたこと。

もう一つは、社会人になってからでも知識を学び、経験することは、人材の成長に寄与しうるということです。

しかし、ここで一つの矛盾が生じます。

観光人材育成プログラムが、20年前から展開されているにもかかわらず、なぜ今も人材育成が課題でありつづけているのでしょうか。

プログラム内容に原因を求めるのは難しい

この矛盾を説明最も手っ取り早い理由は、「人材育成プログラムが不適切だった」からというものでしょう。

これは、私自身、膨大な回数にわたって「講師」を務めてきたので、大きなブーメランとして自分にも返ってきます。

ただ、前述の経産省の調査がおこなわれた2000年代には、全国各地に観光系の教育研究プログラムを持った学部・学科が設立されました。その中には北海道大学や和歌山大学のように国立大学も含まれています。数え方によりますが、観光やツーリズムといった言葉を冠した四年制大学の学部・学科は、2026年時点で30を超え、その入学定員数は4000人を超えています。つまり、社会には高等教育を受けた「人材」が毎年4000人以上、新たに供給されているのです。

また、社会人を対象とした修士課程を持つ大学や、特定のテーマや地域に特化した集中的な人材育成プログラムも、各地で展開されてきました。自治大学校のような公的な研修施設においても実施されており、さらに、インターネットの普及によって、eラーニングに関わる技術や環境も飛躍的に高まっています。

これにより、地理的な就学機会のハードルも克服できるようになり、学び直しの機会も飛躍的に増えています。

中には、欧米でのプログラムを取り入れて展開したものもあることも考えれば、プログラムの全て、または多くが不適切であったと断じることは、それこそ不適切でしょう。

一方で、20年の間に多くのプログラムが立ち上がってきたのに、未だに人材が政策課題であり続けており、さらなるプログラムが追加投入されているという現実もあります。

原因は「入口」と「出口」

では、何が原因なのでしょうか。

私は、プログラムの「入口」と「出口」に原因があると考えています。

私たちは、小学校から義務教育を受けますが、中学、高校といった段階から入試という関門をくぐり抜けていくことになります。私たち、または私たちの親が、こうした関門に対応していくのは「良い学校に行く」ということが、将来をより良いものにしていく可能性を高めるという期待があるからだということを否定できる人はいないでしょう。

つまり、私たちは社会的に必要とされているという理由だけでなく、自身の収入や、仕事のやりがいを充足させるために、就学機会を得ようとするわけです。特に、社会人に対するリカレント教育(学び直し)は、当人のキャリアチェンジ、キャリアアップと強く結びついています。

もう一つ重要なことは、どんなプログラムであっても、それだけで人材の能力を飛躍的に増大させることはできないということです。小学校から始まる教育課程の中での習熟度や、生活環境、あるいは人によって知識や技術の習得レベルは異なっており、それが次の学習にも連鎖的に影響します。

例えば、マーケティングは、一般にクリエイティブな領域とみなされやすいですが、実際には、ビッグデータレベルの確率統計やデータ・サイエンスの領域にあります。つまり、マーケティングを学ぶには、確率統計に関する知識が必要になるわけです。

すでに確率統計に関する知識を持っている人が基礎的なマーケティングを学ぶのであれば、大学講義の1〜2コマ程度(時間数にして90分×15回×1~2科目、すなわち1350〜2700分を受講すれば十分かもしれません。しかし、確率統計から学ぶとなると、膨大な時間数が必要となります。学習時間が豊富に取れる大学生ならともかく、社会人の場合は現実的ではないでしょう。

また、観光の現場では、PDCAサイクル(計画・実行・評価・改善)を伴うプロジェクト・マネジメントが求められる場面が多くあります。これは、理論を学んでもほとんど役に立ちません。実際にトライアンドエラーを繰り返しながらプロジェクトを動かしていき、経験の中からマネジメント手法を習得していく必要があります。

例えば、MBA(経営学修士)は、1年間に1000時間くらいの学習時間が求められるハードなものです。法定の年間労働時間が約2000時間であることを考えれば、最大級の負荷をかけるプログラムと言えるでしょう。しかしながら、MBAを取得すれば、誰もが経営の達人になれるわけではありません。

能力の伸び方は、入学時(入口)に各人が獲得していた知識や経験に大きく左右されてしまうからです。2000時間の学習によって、大きく能力を伸ばす人がいる一方で、単位は取れたものの、ほとんど伸びないという人もいるのが現実です。

このように教育プログラムにできることは、各人の、これまでの蓄積を元に、能力を「少し」伸長させることだけです。そのため、求める人材に求める能力が複雑で高度なものであるなら、対象者は、すでに相応の基礎的能力を有していることが必要となります。これが「入口問題」です。

一方で、転職が一般的になった現在、すでに一定の能力を持つ人材は、人生の選択肢を複数持っていることになります。彼らに観光に関心を持ってもらうには、相対的に、観光領域の仕事を魅力的だと感じてもらう必要があります。人材が転職したり、そのためにリカレント教育を受けたりするのは、自身のキャリアを高めるための行動であるからです。

ここで直面するのが「観光の仕事は魅力的なのか」というシンプルな問いです。

仕事の魅力を、どのように考えるかは人それぞれではありますが、雇用契約という観点から見れば、基本的には権限・責任・報酬の三つのバランスがとれているかということになります。

そして残念ながら、観光領域の仕事は、このバランスが悪い傾向にあります。例えば、宿泊・飲食業は、不規則な勤務形態の中で感情労働(自身の感情をコントロールして顧客に対応する労働)を強いられるにもかかわらず、業種別の賃金は最低レベルというのが、実態です。

政策課題として、人材育成の対象となりやすいDMO人材も、マーケティングやリーダーシップ、プロジェクト・マネジメントなど高度な業務(責任)が求められる一方で、権限は限定的で、かつ報酬もさほど高くありません。

こうした状況では、一定の能力を持つ人材(仕事の選択肢をもつ人材)に、リカレント教育を受けてまで観光分野で就業しようと思ってもらうことは難しいでしょう。

魅力的な「出口」がなければ、入口にも入ってきてもらえない。これが「出口問題」です。

大学が解決策にならなかった理由

前述したように、20年前に比べて多くの観光系大学(学部・学科)が設けられているのにもかかわらず、人材問題が継続している理由も、この出口問題にあります。

20年前から観光系の大学はありましたが、その卒業生のほとんどは観光系に進まないという状況にありました。そして、今でもその状況は大きく変わっていません。観光の社会におけるプレゼンスは大きく上昇したにもかかわらずです。

観光系大学の複数の教員からは「入学時は観光系への就職を考えていた学生も、学年が上がるにつれ、その意識が薄れていく」という話を聞きます。高校生の時には知らなかった事実、実態を知っていくことで、当初とは異なるキャリア選択をおこなっていくということです。この傾向は、大学の教育レベルが高いところ(=入試偏差値が高いところ)ほど顕著となります。

せっかく、優秀な若者が観光系人材を目指して進学してきたのにもかかわらず、就職先として選択してもらえない。入口問題をクリアし、人材育成プログラムが適切であっても、就職先となる出口問題がクリアできなければ、人材が観光領域に出てくることはないのです。

処方箋は「出口」に投入

高度化、複雑化する状況に対応するため、広範な領域に高い知識と経験を持った人材が必要となっている。これは事実です。

ただ、この問題の原因は、人材育成プログラムが無い/弱いことではなく、適切な出口がないことです。この状態で、プログラムを増やしたり、強化したりしても、充分な成果は見込めません。

この問題を解決する本質的なの方法は、魅力的な仕事、ポストをつくることです。

例えば、DMOの経営人材であれば、事務局長の年収は1000万円以上。その代わり、10年以上の実務経験と、一定の資格/学歴/プログラム修了を満たしていることを応募条件とする。契約は任期制として、目標設定に基づき成果(アウトプット/アウトカム)を評価し、更新可否を決める。このような権限・責任・報酬のバランスがとれた雇用を登録DMOに付せば、全国で約300のポストが生まれます。さらに、そのアシスタント(例えば、年収600万−700万円)など複数名の採用も合わせてセットすれば、約1000の「目指したいポスト」を生み出すことができます。

「その人件費は誰が出すの?」という指摘もあるでしょう。

仮に全国1000人に、平均800万円の報酬を支払うとすれば80億円です。これは、国際観光旅客税の税収見込み(2026年度は約1300億円)の6%でしかありません。また、市町村で独自に宿泊税を導入しているところであれば、税収の10%をDMOの人件費に充てるというルールを設定すれば、同様に人件費を確保することができるでしょう。一般企業において人件費は「売上」の30〜40%を占めることを考えれば、十分に許容できる水準ではないでしょうか?

資質をもった人材が、DMO人材を「目指すべきポスト」と認識してくれるようになれば、彼らは、自分自身のために学習し、業務に向き合い、実績を積み重ねていくことになるでしょう。そこまで至ることができれば、あとは「適切な人材育成プログラム」の出番となりますが、通常のMBAが、政府支援が無くても存立しているように、人材側に需要が存在すれば、政策課題としてプログラムを造成したり、展開したりする必要性はほとんどなくなります。つまり、民間ベースで自走していくことになるわけです。

宿泊業やガイド業など、民間事業系のポストについて行政が口出しすることは難しいですが、DMO人材の雇用環境が良化すれば、地域の宿泊業などでマネジメントをおこなっている人材の流動が起きることになります。そうなれば、民間事業側でも同様のポストを用意することになるでしょう。

実際、欧米においては、DMOとホテル、リゾート、エンターテイメントなどの間で、人材がぐるぐる回っています。地域によっては、行政もその環に加わっているところもあります。人材が循環しながら上方へと移行していくことで、観光について高い知識と経験を持った人々が社会に、地域に蓄積されていくのです。

プロを育てるという意味

専門性の高い人材とは、すなわち「プロ」です。

プロフェッショナルとは「ある物事を職業としておこない、その道の高度な専門知識や技術によって報酬を得る人」と定義することが出来ます。

大学などの高等教育や、社会人のリカレント教育は、このプロを育成するためのものですが、それが成立するにはプロとして活動できる職業が必要なのです。

国レベルの国際観光旅客税の増税に加え、各地で進む宿泊税の導入という機会を活かし、人材のポストをつくっていくことが求められるタイミングとなっているのではないでしょうか?

山田 雄一(やまだ ゆういち)

山田 雄一(やまだ ゆういち)

公益財団法人日本交通公社 理事/観光研究部長/旅の図書館長 主席研究員/博士(社会工学)。建設業界勤務を経て、同財団研究員に就任。その後、観光庁や省庁などの公職・委員、複数大学における不動産・観光関連学部などでの職務を多数歴任。著者や論文、講演多数。現在は「地域ブランディング」を専門領域に調査研究に取り組んでいる。

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