なぜ若者は動いたのか? 「雪マジ!」仕掛人に聞いた4つの成功ポイント

19歳の若者を対象に、スキー場のリフト券を0円(無料)とする「雪マジ!19(ナイティーン)」。今年度で4シーズン目を迎えた同キャンペーンは、利用者のスキー場リピート率が98%を超え、継続的な若者の需要創出効果を果たしている。この成功に続き、Jリーグ観戦の「Jマジ!20」、ゴルフの「ゴルマジ!20」、温泉の「お湯マジ!22」など、無料施策で若者のレジャー需要活性化を図る「マジ!シリーズ」は広がりを見せている。

将来の顧客となる若年層に対して、旅行やレジャーに限らず幅広い分野で効果的な施策を見いだせなかったなか、なぜ「マジ!シリーズ」は若者を捉えることができたのか。この企画を担当したリクルートライフスタイルじゃらんリサーチセンター主席研究員・加藤史子氏(リクルートライフスタイル企画統括室事業創造部グループマネージャー)へのインタビューから、この企画が若者に響いた理由を4つのポイントでまとめた。

「雪マジ!19」とは

賛同する全国のスキー場のリフトを、19歳に限定して無料とするキャンペーン。1990年前半のスキーブーム以降、右肩下がりとなっているスキーエリアの活性化のため、将来の主要顧客となる若者層の需要喚起を目的に、2011年から開始。今年で4年目の実施となる。

▼ポイント1: 

「価値が分からなくても“無料”なら通じる」

値引きで起きるのはデフレ、無料が与えるインパクト

加藤氏はこれまでの「マジ!シリーズ」の経験から、若者の需要喚起について「各分野の状況に合わせてカスタマイズすることがプレイクスルーのポイント、ということが分かってきた」と振り返る。

「雪マジ!19」の場合、じゃらんリサーチセンターの自主調査によると、スキー・スノーボード市場は年齢が上がるほど参加率が低下し、徐々に抜け落ちていく構造であることがわかった。スキー場の再活性化には「(1)始めるタイミングを見極めて最大多数化し、(2)参加した人たちを業界に長く定着させる、この2つしか戦略はない」と判断したという。

そのターゲットを19歳としたのは、「自分の意思で決断し、費用を支払って行なう体験こそが、その後の行動に影響する」から。その最も早い時期として19歳を選んだ。当時の調査によると、18~29歳の若者のスキー経験率は66.4%と高く、小学校卒業までに体験した人がほとんど。しかし、調査前年の実施率は10.1%と低いことから、「もう一度、思春期に体験しないと、その後の人生でスキー場には戻ってこない」と考えた。

とはいえ、全年代と比較すると18~19歳の実施率は30~49歳(10.4%)に次いで高く、潜在需要(意向率から実施率を引いた割合)も3割超。学生に限ると4割近くに達し、全年代で最も高い。有望市場なのに実施率が低い理由を加藤氏は(1)同行者が親から友人へ、(2)費用が親から自分持ちに、(3)スキーからスノーボードへのトレンドの転換という3つの変化が、若者がスキーやスノーボードをする障壁になっていると分析した。

さらにグループインタビューでは未経験者に、3000~4500円程度のリフト券代が東京ディズニーリゾートの1日券などの体験と比べて「高い」という印象を持たれたという。「未体験のスキー・スノーボードをするために、ウエア代や交通費なども必要になることを踏まえると、不況世代でコストパフォーマンスに敏感な今の若者にリフト券の価値を伝える自信がない」。そう考えた加藤氏が「無料ならスキーをしてみようと思うか」と提案してみると、「それなら・・・」という反応があった。この時に「価値が分からなくても“無料”なら通じる」という感覚を掴んだという。

実施にあたっては、「19歳限定ではターゲットが狭い」「もう少し幅を広げて料金は半額に」などの意見も上がった。しかし「価格感のない対象に半額で訴えても需要喚起にならず、ただのデフレになる。レジャーが多様化し、相対的な価値が低下している中で振り向いてもらうには、インパクトのあるアピールをしないと難しい」とし、リフト券の無料を決断した。



▼ポイント2: 「体験さえしてもらえば有望市場に」

変わらない若者の本質は、”鉄は熱いうちに打て”

IMG_0606さらに加藤氏は、別の観点からも若者に対する無料施策の必要性を指摘。「未来の顧客の若者に消費習慣をつけてもらわなければ永遠に選ばれないことになる。ただし逆に言うとレジャーは魅力的なものなので、体験さえしてもらえれば有望市場になる」という。

この根拠として示したのは、現在の40代中盤から後半のいわゆる“バブル世代”の消費意欲の旺盛さだ。彼らが20代前後のバブル期には多くの企業がスポンサーになり、様々な無料券が配布され、就職活動では内定者に海外旅行をプレゼントする企業もあるなど、若い時期に消費の無料体験の機会が多くあった。

「若い頃はスキーに行ったし、仕事の後には遊んだものだ」という人も多いが、加藤氏は「実はそれもスポンサー企業から与えられていたもの。自分の行動力によるものだと思っているが、世の中の経済力やトレンドで行なわれていたことに気づいていない世代が多い」と指摘。「その価値観を作る機会が現在の若者世代にはない。だから、各業界の努力でその環境を作り出そうというのが、『マジ!シリーズ』の根底にある」という。

その上で「どの調査でも様々な体験に最も関心を示すのは18~25歳の若年層」と加藤氏。通信手段や情報収集が多様化し、身近な遊びも増えて表面的には変わってしまったように見える。しかし、「若者の本質は、今も昔も変わっていない。“鉄は熱いうちに打て”はいつの時代も共通で、そこが若者の消費活性化のポイントだと思う」と強調する。


▼ポイント3: 友人を「誘いやすい環境づくりが市場拡大に」

友人との横のつながりがSNSで強化、コミュニティ活用の可能性

「雪マジ!」の無料施策は、若年層全体に平等に作用するわけではない。「経験のない人に直接訴えるのは難しく、少しでもスキーができる人が未経験者を誘いやすくなるのがポイント」と加藤氏は説明する。

ここで、SNSが効果を発揮している。情報過剰社会ではどのピーアールも魅力を伝えることに苦慮しているが、信頼のおける知人のクチコミの威力は絶大だ。「今は横の繋がりがSNSで強化され、誘いやすい状況になっているなか、経験者がインフルエンサーになり、うまく働いている」と現在の利点を指摘。さらに「今後は誘いやすい環境作りが市場拡大に繋がる。特に若い世代にこのトレンドは強まっている」と予見する。

すでにこのトレンドを含むサービスがオンライン上で台頭している。自分のしたい旅行プランを提示して同行者を募集する「トリッピース」や、ゴルフをしたい人が仲間を募集する「楽天GORA」なども、ある経験をしたい人が仲間を見つけられるサービスだ。「このようなコミュニティを活用してレジャーを活性化するのが今後の方向性」と述べ、今後の施策の重要なポイントとなることを示唆する。


▼ポイント4: 各業界の「危機感の共有」

継続で需要が積み重ねられることの理解を

「雪マジ!19」の2013-14シーズンは、前年度より約5万人増の15万874人に増加し、延べ動員数は前年比52.6%増の52.8万人に増加。1人平均3.5回来訪し、スキー場内や周辺の宿泊施設・店舗の利用による波及効果も果たした。翌年度以降もスキーに「是非行きたい」との意向を示した会員は9割超。スキー場も「参加してよかった」との回答が7割強となり、事業者・消費者ともに満足度の高いキャンペーンとなっている。

「雪マジ!19」をはじめ、これだけのインパクトをもたらした「マジ!シリーズ」だが、施策の巧妙さだけで広がったわけではない。加藤氏は「業界の協力がなければ実現せず、そこには危機感の共有が重要。一致団結しやすいタイミングで始まった」という。

特に第一弾の「雪!マジ19」の際に加藤氏が強く伝えたのは、「未来の投資だと思って、スキー場の意思として行なっていただく。1年だけではなく、5~10年続けないとマーケットボリュームは作れない」ということ。若者層の取り込みが将来の需要を左右する市場構造を理解した各スキー場の痛みを伴う努力があって、前年度は約22万人の新規需要を創出した。参加スキー場も当初の89か所から172か所に倍増し、毎年の継続で需要が積み重ねられている。

なお、加藤氏は各業界からのオファーが多いとして、今後も「マジ!シリーズ」を広げていく方針だ。どの業界も将来を見据え、現在の若者の取り込みに漠然とした不安を抱いているといい、まずは国内旅行市場の活性化に有益な分野を中心に、新しい企画を計画している。

  • 聞き手:トラベルボイス プロデューサー 山岡薫
  • 文:山田紀子

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