日本の宿泊産業の未来、この50年で起きた変化から「日本らしさ」を考える

千葉千枝子の観光ビジネス解説

世界があこがれる観光都市へ

受賞記念シンポジウムでみえたものとは(後編)

2014年、京都は影響力が大きいとされる富裕層向け旅行雑誌「TRAVEL+LEISURE(トラベル&レジャー)」で世界一の観光都市に選ばれた。その受賞記念シンポジウムでは、京都のみならずわが国の、宿泊産業界の今後について考えさせられる場面がいくつもあった。

本連載の後編では、外国人観光客であふれ、桜の季節はことさら予約がとりづらくなった日本の宿泊産業の未来をさぐってみたい。

 

宿泊産業、この50年で起きていること

五輪を迎える東京と外資参入が進む京都

数多くのホテル支援業務を手がけるジョーンズ ラング ラサール執行役員の沢柳知彦氏

「変化するホテル運営・開発環境と今後の展望」と題した特別講演で、ジョーンズ ラング ラサール執行役員の沢柳知彦氏は、興味深い数値を私たちに示した。

まず、五輪開催を前にした新規開業ホテルの客室数の比較である。1964年の東京五輪開催時、ホテルニューオータニ(同年開業1479室)に代表されるように部屋数が多い大型ホテルの開業ラッシュがあった。

ところが近年、東京に開業したホテルはいずれも小ぶりで、100~200室前後。なかには、2014年12月に開業したアマン東京のように84室しかないスモールラグジュアリーもある。2020年東京五輪の開催決定以降、都内新規開業のホテル客室数は、往時の約4分の1という少なさにある。

この50年で起きてきたこと――。

京都を例にみれば、旅館が減少してホテルが増えているが、シティホテルは限定的という。2014年に開業したザ・リッツ・カールトン京都は、かつてのホテルフジタ京都の再築物件であり新規供給物件ではない。全39室で2015年3月に開業した翠嵐 ラグジュアリーコレクション 京都(森トラスト・ホテルズ&リゾーツ・スターウッド ホテル&リゾート)も、以前はホテル嵐亭だった。客室数で増えているのは、平米数も小さなビジネスホテルだけと指摘する。

こうした変化の理由として、①接待等、企業需要の減少、②定年団塊世代の需要増、③長らくのデフレ圧力、さらに近年の、④建築費の高騰(東日本大震災の発生や2020年東京五輪の決定による建設業界の人手不足と需要過多、資材高騰)、⑤レジャー客の増加、⑥訪日外客の増加、⑦予約チャネルの変化(ネット予約の台頭)、⑧ホテルタイプの多様化、といった項目を沢柳氏は挙げている。

また、氏はわが国の有給休暇の消化率の低さや季節変動が緩和されてきたことなどを背景に挙げた。季節変動が小幅となり平準化されてきた背景については、団塊世代の大量定年や訪日外客の増加に加え、修学旅行の近年における国内回帰現象も理由にあると語る。

前回大会から半世紀ぶりに五輪を迎える東京と、外資参入が進む京都。ホテル運営・開発環境は、この50年で大きく様変わりしたことがうかがえる。


政府発動の緩和措置がホテルトレンドをつくる

外国人からみた“日本らしさ”が台頭


企業需要の減少については、改善の向きがある。2014年の税改正だ。接待交際費の損金算入が大企業も一部可能になった。消費税増税の副産物で、その昔、損金算入に不可を唱えたバブル期の接待水準にはいまだ戻っていないが、飲食・宴会部門を大きな収益源とする宿泊産業界にとっては朗報であった。

2016年夏、東京では赤プリ跡地にザ・プリンスギャラリー 東京紀尾井町がオープンする。先述したアマン東京と同様、複合施設高層階での開業だ。大阪・御堂筋のセント レジス ホテル 大阪や、虎ノ門ヒルズのアンダーズ 東京も、高層階にレセプションや客室を構えているから、もうおわかりだろう。土地の高度利用をはかるための法改正、割増容積率が適用されたことによる。

このように近年のホテルトレンドは、政府が発動した緩和措置の流れのなかで、時代に即応して変化をとげてきたことがわかる。新規参入外資のホテルコンセプトは、外国人からみた“日本らしさ”が主流になっているのをご存じだろうか。和を意識した、しかしモダンなつくりが特徴だ。

アマン東京のホームページを覗いてみるとよい。

摩天楼の東京は天空から、建築に高さ制限のある京都は雅の目線で、かつての旅館経営者らが大切に育んだ日本庭園が、ホテルプロパティに付加価値を生んでいる。外国人が求める“日本らしさ”が台頭しているのである。


マーケティングを捨てなさいと星野氏

グローバルだが最も日本らしい京都の美学に学ぶ


日本には4スターホテルの造り手がいないと、檀上で語る沢柳氏。それぞれの立ち位置での努力のありようと変化の必要性を訴えた。ホテル運営には徹底したポジショニングの確立を、そして開発業者やオーナーにはリスクをとりなさいと説く。

長い不況のトンネルにあった日本では、リスクをとらない手法のなかで時代に呼応した新たなホテルが誕生した。その陰で、廃業や転売を余儀なくされた老舗の旅館ホテルがあった。観光政策に誤りはなかったのか。補助金や減税、公共投資のさらなる規制緩和を沢柳氏は訴えた。


「マーケティングを捨てなさい」と語る星野リゾート代表の星野佳路氏

そのあとのパネルディスカッションには、コーネル大学で沢柳氏の先輩にあたる星野佳路氏が控えていた。

星野リゾート代表取締役社長で星のや 京都も展開する星野氏は、パネラーの一人として、近年の旅館ホテルにおけるコモデティ化(品質の差が曖昧で均一化すること)に警鐘を鳴らした。

星のやは、鳥のさえずりも聞こえないからと、テレビを客室に置かないことで知られる。地域特性やこだわりを大切に、伝えたいメッセージをはっきりと表していくことを、“勇気をもって”進めるべきだと説いた。そして「マーケティングを捨てること(星野氏)」と語り、聴衆を驚かせた。旅館REITで世界の投資家の目にさらされる星野氏は、製造業の現場で用いられるマルチタスクの概念を宿泊産業界にもたらしたことでも知られている。

星野氏はベルマンという職種を一例に、「いずれ世界でベルマンは、インドネシアであろうと日本であろうと同じ地位・給料になるだろう」と語った。世界標準のベルマンでは、キャリアのさらなる高みを望めない。それがマルチタスク導入の真の理由という。


京都府京都市長の門川大作氏は「日本に、京都があってよかった」と題したスライドでベストシティ受賞の背景を語った

今、われわれは、おもてなしという言葉に自己陶酔する時代でないことを物語る。「小さな東京にならない」という決意をもった京都の、京都人らしさや生き抜くさまと通じている。

こだわりもまた、尊い。だが何より、京都は進取の気性にもある。変えるところはかえていき、変わらないものはかえない。「日本に、京都があってよかった(門川大作京都市長)」。京都の美学は、グローバルでありながら最も日本らしい点(スタンダード)に尽きる。日本の宿泊産業界の未来に大きなヒントを与えている。

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