インバウンド旅行者へ医療の「オンライン診療」を提供、24時間体制、立ち上げの背景と仕組みを聞いてきた

訪日外国人旅行者が増えるなか、受け入れ体制の課題のひとつとして挙げられているのが日本滞在中に体調を崩した旅行者への対応だ。観光庁の2023年度の調査によると、訪日旅行中に「病気・ケガになった」ことがあると回答した割合は全体の4%。今後、訪日客が増えるにつれて、そのボリューム(人数)が増えることが懸念されている。一方で、医療制度の違いや言語の壁などから、病院側の対応が追いついていない現状がある。

その解決策として、医療⼈材ビジネスを展開するエムスリーキャリア社は、2025年4月から、訪⽇外国⼈向けオンライン診療サービス「HOTEL de DOCTOR 24」を本格始動した。その開発の背景とサービスの仕組みを聞いてきた。

医療現場から見た背景とは

「HOTEL de DOCTOR 24」は、患者である外国人と看護師、医師、医療通訳をオンライン上で仲介する医療サービス。患者は、ホテルの客室などに設置されたQRコードからサービスに直接アクセスし、診療や薬の処方を受けられる。

サービスを提供するエムスリーキャリアの基幹事業は、医療人材の派遣や病院経営の支援。そのなかで、訪日インバウンド市場の拡大に伴って、病院の外国人旅行者の受け入れに大きな課題があることがわかったという。同社事業開発グループ・グループリーダーの岩井眞琴氏は、「(外国人旅行者の増加にあわせて)医療機関が人員や診療時間を調整して受け入れるのは現実的ではない」と明かす。同社がおこなった病院へのアンケートでは、47%の病院が外国人旅行者の患者の受け入れを「困難」と回答したという。

特に、地方ではその傾向が顕著だ。例えば、外国人旅行者に人気の高山市の人口は約8万人。そこに2024年は約77万人の外国人旅行者が訪れた。医療体制は定住する人口によって決まるため、77万人に対応する医療体制の受け皿は整っていない。

一方で、同社の調査によると、ほとんどの医師が日本国内で外国人患者の診察経験があり、オンライン診療のスポット求人(業務)に「興味がある」と答えた医師は58%。オンラインでの外国人旅行者診察に対して積極的な姿勢が見られた。その背景には、「日本の医師のほとんどが勤務病院以外での業務を行なっており、また、出産や育児などで職場を一時的に離れている女性医師も多く、オンラインであればスポットで仕事ができる」(岩井氏)こともあるようだ。

ただ、日本のオンライン診療の普及率は15%程度にとどまり、主要先進国に比べると、はるかに低いのが現状。その背景には患者側のITリテラシーに加えて、日本のオンライン診療の医療報酬が通常よりも低い点もあげられる。システムの導入コストや利用料を考慮すると、外来との併用に二の足を踏む医療機関も多いという。

こうした現状から、岩井氏は、「『HOTEL de DOCTOR 24』の立ち上げの背景には、外国人旅行者がオンライン診療に対して抵抗感が少なく、慣れているという点に加えて、医療現場での負担軽減に向けて日本でのオンライン診療の普及を促進する側面もある」と明かす。

現在のところ、約3000人の医師が「HOTEL de DOCTOR 24」に登録。24時間体制でオンラインでスタンバイしている。

(左から)ユニバーサルメディカルグループの西野杏実氏、事業開発グループリーダーの岩井氏、広報グループリーダーの椿山氏ホテル側から見た背景とは

ホテル側も体調を崩した外国人宿泊者への対応に課題を抱えている。

観光庁の調査では、「通訳が十分にできない」「保険適用の医療機関がわからない」「外国人に対応する医療機関がわからない」などホテルの負担感の大きさが明らかになっている。岩井氏は、「言語の問題に加えて、緊急かどうか医療判断をするのは極めて難しい」と指摘する。

さらに、ホテルのスタッフが通訳として病院に同行する、診療代を一時的に立て替えるなどのケースもあり、時間的にも労力的にもかなり大きな負担になる。

加えて、岩井氏は、災害発生時の対応でも懸念を示す。災害など緊急時には、国籍を問わず体調を崩しやすい。その対応として、地域の枠を超えて全国の医師と看護師につながるオンライン診療があれば、宿泊施設、宿泊者双方にとってメリットが大きい。場所に関わらず利用することが可能なため、「ホスピタリティの選択肢の一つとして、平時に利用してもらいながら、緊急時にすぐに患者対応できる体制を整えてもらえれば」と話す。

現在、「HOTEL de DOCTOR 24」を導入しているホテルは、「西武プリンスホテルズ&リゾーツ」「東急リゾーツ&ステイ」などの大手チェーンホテルの各施設を含めて23都道府県150施設以上に広がっている。

患者側のメリットは

オンライン診療による負担軽減は、医療体制の違いに不安を覚える外国人患者側にも言えることだ。外国人患者の不安は、言語のほか、病院での待ち時間、診療が終わるまで明確にならない診療費、どこで薬を受け取ればよいかなど、尽きない。

「HOTEL de DOCTOR 24」では、その不安を解消するサービスを整えた。言語対応では通訳会社との連携で、現在22か国語に対応する。オンライン診療のため、病院に行く必要がない。また、診療費は、医師の意見も聞きながら一人一律5万5000円に設定した。岩井氏は、患者にとっても「保険適用金額や海外の医療費事情、来院する必要もないことを考えると、納得感がある金額ではないか」と話す。

患者の症状は、風邪の諸症状、胃腸炎などが多く、特に常備薬の補充の依頼も多いという。処方箋が必要な薬の場合、日本では診療が必要となり、オンライン診療で処方ができれば旅行者の負担は大きく軽減される。薬の受け取りは、処方箋の原本を患者が希望するエリアの薬局に送り、患者がそのコピーを持って、薬を受け取りに行く流れ。次の移動先にある薬局で薬を受け取ることも可能だ。

現在のところ、利用者はオンライン診療に慣れていて長期滞在型の欧米豪からの旅行者が多い。宿泊中に病状が悪化した場合に備えて、ホテルとも診療内容の一部を共有しているという。

「Hotel de DOCTOR 24」 の仕組み(同社資料より)今後は観光案内所での設置やガイドとの連携も

「HOTEL de DOCTOR 24」が本格的にサービスを開始してから半年あまり、現在は、旅行者の認知度がまだ低いため、需要よりも医師登録の供給の方が多い状況だという。それでも、岩井氏は、「当初は、若い旅行者の利用が多いと思っていたが、40代以上の利用も多い」と明かし、海外のオンライン診療の普及度を目の当たりにして手応えを示す。

今後、訪日客と医療機関との接点という点で様々な可能性が考えられる。クルーズ船から「HOTEL de DOCTOR 24」にアクセスし、常備薬の処方を依頼。国内寄港地の薬局で薬を受け取ることができたという事例もあったという。

同社広報グループ・グループリーダーの椿山えみ氏は、「訪日外国人が多く訪れる地方都市は、医療体制について同じような課題を抱えている」と話し、今後はホテルだけでなく、地方自治体との関係強化にも力を入れていきたい考えを示す。

また、ホテルに加えて旅館、訪日外国人との接点という意味では空港や観光案内所との連携にも意欲を示す。さらに、富裕層などは全行程に同行するガイド付きのツアーに参加することもあることから、最も訪日外国人に近いガイドとの連携も検討していく考えだ。

緊急時のホスピタリティのひとつというだけでなく、訪日外国人旅行者受け入れの負担軽減や日本の医療サービスの高度化にもつながる「HOTEL de DOCTOR 24」。岩井氏は、「インバウンドが拡大していくなかで、どこかが始めなければならないサービス。まずは、日本の医療課題の解決を基幹事業としているエムスリーキャリアがやるべきことと認識している」と話し、この新しいマッチングサービスの意義を強調した。

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