5棟で1つのホテル、京都に開業した初の「分散型ホテル」の取り組みを取材した - 地域生活と共存する観光のカタチを考える

京都に今秋、ユニークなホテルが誕生した。町内の離れた場所に建つ5棟で1つのホテルとする分散型ホテル「ENSO ANGO」(エンソウ・アンゴ)だ。

特徴は大きく分けて2つ。1つは、日比野克彦氏ら世界的なアーティスト5者が各棟のアートを担当し、1つのホテルでありながら5棟それぞれが個性的なホテルとなっていること。もう1つが、あわせて約200の客室を地域に供給しながら地域に溶け込み、観光と地域生活の共存共栄を目指していくことだ。

本物の体験を求める旅行志向の変化とデジタル化で、観光地と生活圏との境目が曖昧になるなか、地域住民が困惑する新たな課題が聞かれるようになってきた。その課題にどう向き合い、どのように個性を発揮しようとしているのか。同ホテルの取り組みを聞いてきた。

京都の暮らしのなかにオープン

ホテルが立地するのは、市内きっての繁華街・河原町の南側、四条通と五条通に挟まれた地域。老舗などの個人商店や住宅が並び、寺院や小学校、生鮮食品を売るスーパーマーケットなどが建つ。四条通りとは一線を画し、観光客の出入りが少ない、京都市民の生活が営まれているエリアだ。

ここに、同ホテルを形成する「ENSO ANGO(以下同)麩屋町通Ⅰ(FUYAⅠ)」(16室)、「同麩屋町通 II(FUYA II)」(86室)、「同富小路通Ⅰ(TOMI I)」(29室)、「同富小路通II(TOMI II)」(75室)と、川向こうの南座の南側にある「同大和大路Ⅰ(YAMATO I)」(23室)の新築5棟が建つ。

それぞれの棟が旅館業法の営業許可を取り、フロントや朝の軽食を出すラウンジなどを設置。1棟だけで完結する宿泊機能を有するが、規模の大きな「FUYA II」には茶室やジム、各種プログラムの会場にもなる和室「Tatami Salon」を、「TOMI II」にはレストラン、バー、中庭テラスもある。宿泊客の相互利用を可能とし、他の棟の利用を促すことで街への回遊も促すのがその狙いだ。

「各棟を訪れながら人々の日常に溶け込む、新しい旅を体験していただきたい。生活文化を守りながらこのエリアの面白さを感じ、暮らすように旅を楽しんでいただける環境を提供したい」。運営会社のアンゴホテルズ代表取締役社長の十枝裕美子氏は、地域と宿泊客に対する思いを説明する。


京都に息づく本物を体験

地域と宿泊客を結ぶ機会として力を入れているのが、文化交流プログラムだ。「FUYA II」のTatami Salonでは、京都最古の禅寺である建仁寺内の両足院副住職による座禅や、地域で150年営む藤井畳店6代目など職人を招聘してのトークプログラムを開催。

ホテルを飛び出し、街を舞台にしたプログラムにも積極的で、前出の畳職人のプログラムでは店の仕事場に行き、イグサの香りや作業の音を感じながら職人の技を見学できる機会を提供する。

同じく地域で150年の歴史を持つ茶道具販売店の吉田宗兵衛商店では、京都市の景観重要建造物に指定されている店主の町家住宅にあがり、自宅内にある茶室見学とともにお茶のおもてなしをしながら茶道や茶道具に関する話をすることも企画する。

店主の吉田宗弘氏が自宅内部を旅行者に公開するのは、これが初めて。ホテル担当者からの提案がきっかけだが、これに呼応して自身の暮らしの空間を観光客に開くには、大きな決心が必要だっただろう。

これについて吉田氏は、日本人旅行者には茶道を再認識するきっかけに、外国人旅行者には本物の日本文化を体験してほしいと話す。「茶道はいま、特別なもののように思われているが、以前は習い事などで嗜む人も多く、一般的に親しまれていたものだった。おもてなしや礼儀作法が受け継がれている文化を、多くの人に知っていただきたい」。吉田氏はずっと抱いているこの思いを、声を上げて伝えたいと語る。

地域との調和のために

とはいえ、商売をする人と地域に住む住民とは、一度に200室を地域内に開業するホテルに対する印象は異なるだろう。十枝氏に地域住民への対応を聞いてみると、同社設立の2か月後には町内会長と自治会長に挨拶をし、地域住民として貢献したいとの意向と共同での取り組みを申し出た。

すでに道路の清掃活動のほか、ホテルが地域の防災訓練の集合場所となり、訓練にも参加。地域行事にも積極的に参加をしたい考えで、例えば、地域が行なう京都ならではの子供が主役の夏祭り「地蔵盆」については、来年にはホテルとして滞在客も参加できるよう、地域と協調していきたい考えも伝えている。

「地域文化を無理に演出するのではなく、そこにある本物の暮らしを感じられる旅」(十枝氏)を重視する同ホテルにとって、地域と協調し、暮らしを守ることはホテル運営の前提条件でもあるのだ。

「そのためには、各棟が地域の家のように感じられる拠点になることが必要。ハードはもちろんだが、その形を作るのはサービス。弊社とホテルのスタッフ、ゲスト、そして地域など、全てのパートナーとの共同作業で実現していくものだと思う」(十枝氏)。

地域が期待する観光の姿とは

今年10月12日に開催したホテルのレセプションでは、前出の藤井畳店6代目・藤井資久氏が参加する地域の祇園祭鶏鉾囃子保存会が協力し、お囃子を披露。地域住民も集まった。ホテルの取り組みに応える藤井氏に、暮らしの中に観光が入り込むことについて聞いてみると、「街は時とともに変わるもので、新しいものが入ってくる。この街にはこのホテルが開業したということ」と話し、この機に「日本独自の文化である畳の良さを伝えたい。触れて、こんな風に使えるんだと感じてほしい」と前を向く。

イグサを使用する本物の畳が日常生活から姿を消していくなか、藤井氏は1年半前、とある旅行ガイドの依頼で畳体験ツアーに協力する機会を得た。そこで初めて、観光客に畳の話をし、技術を見せる経験をしたのだが、それが藤井氏にとっても楽しい時間になったという。街の文化や伝統、受け継がれる仕事を理解してもらうことは、この地域の人にとっても喜ばしいことなのだ。

その一方、藤井氏は「京都の現状を見てほしい」と、もう一つの心の内を吐露した。観光に沸く京都では空物件は宿や店舗となり、観光客を受け入れる施設が増えている。ただし、街中で観光客が並ぶ店のなかには、実は京都の由来ではないものが名物となりつつあることも。

取材後、筆者が立ち寄った伝統料理の店で雑談に応じてくれた女将が「私らは『行列を作ってはいけない』と教えられました。お客様を待たせて焦ってしまってはいつもの仕事ができず、きちんとした料理を提供できないから」といいながら、「観光でいらしていただくのは大歓迎。ぜひ本当の京都に来てほしい」という言葉からは、京都の街を誇りとする人々のジレンマが感じられた。

十枝氏は「人生を変えるような体験の提供と地域づくり。この2点について、ホテル運営を通じて挑戦したい。ホテルは街に対してどうあるべきか、旅行者に何ができるのか、真実を語れるホテルが目標」と話す。来年中にも、規模拡大の予定があるというENSO ANGO。目指すビジョンをどう実現していくのか、注目していきたい。

取材:山田紀子

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