観光分野の最新デジタルマーケティングを聞いてきた、USJの事例からスーパーアプリの台頭まで

猛スピードで変化が続く世界のデジタル化を味方にするには、人材育成や幅広い視野が必要――。2019年10月に大阪で開催されたツーリズムEXPOジャパンの「デジタルマーケティング・シンポジウム」では、登壇者らの様々な知見が披露された。それぞれの専門分野の視点からのデータ活用の具体例や近未来に向けた提言を聞いてきた。

  • パネリスト
    • 金澤亮氏 ユー・エス・ジェイ セールス&アライアンスマーケティング部部長
    • 柴田啓氏 ベンチャーリパブリック代表取締役社長
    • 綱川明美氏 ビースポーク代表取締役
  • コメンテーター
    • 亀山秀一氏 日本政府観光局(JNTO)理事長代理
  • モデレーター
    • 鶴本浩司 トラベルボイス代表取締役社長

目的は明確に、ターゲット層は徹底的に理解

ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)の金澤亮セールス&アライアンスマーケティング部部長は、同社で実施しているSNSを使ったソーシャルメディア・マーケティングの手法について紹介した。

まず、すべての大前提として、「最も重要なのは目的を見失わないことと、それからターゲット層の設定。集客ビジネスでは、徹底的なターゲット層の理解がソーシャルメディア戦略においても重要」とした。

そして、ターゲット理解の一策として、同社が重視しているのが「インサイト」。これは「ニーズに少し似ているが、全く同じではない。ターゲット自身も、普段は意識していないようなニーズで、言われてみて、はっと驚き、確かにそうだと気付くようなもの」(金澤氏)と定義している。深層心理までつかむために、USJではグループインタビューを行ったり、ターゲット層に近い従業員を集めて仮説を立てたりしている。

その後、USJが提供できる感情便益(例・楽しい、ストレス解消など)を設定し、それをどうやって消費者に届けるのか、具体的プランを立案するなかで、ソーシャルメディア・マーケティングを活用している。

では、なぜソーシャルメディアなのか?

金澤氏は「スマホの普及により、情報の供給量が爆発的に増えてしまい、人々が消化できる量を越えてしまった。ターゲット層に情報をきちっと届けるためには、純広告など、企業側から一方的な情報発信では不十分。消費者が自らの意思で、情報をとりに行くメディア、例えばソーシャルメディアの活用が重要」との考えだ。同社ではここ3~4年、ソーシャルメディア・マーケティングをメディアミックスの中心に据えている。

2020年オープンの「スーパー任天堂ワールド」など、新プロダクトの認知アップには、TVコマーシャルや純広告の展開が効果的だが、その次の段階で、「絶対行きたい!」「うちの子供たちが楽しめそう」など、具体的に検討してもらったり、最終的に購買へつなげるには、ソーシャルメディア・マーケティングの効果が大きい。金澤氏は「カスタマージャーニーのファネルでは、中間から下の部分を広げるのに役立つ」との見方だ。

ユー・エス・ジェイ 金澤亮氏

SNSコミュニティは宝の山

具体的な取り組みの一例が、2019年1月から開始したコミュニティ「#USJファン」だ。一般ゲストが参加し、自由に投稿して盛り上がる場で、参加するには「USJ検定」というパークに関するクイズに答える必要があるが、すでに登録者数は万単位。ここから得たヒントをもとに開発された新商品やサービスもあるが、「何よりも、USJファンが自ら発信するSNS情報は、企業ではなく利用者の生の声で、他の消費者からの信頼度が高い。さきほどのファネルの中間における動機付けに効果的だ」と金澤氏は評価している。

もう一つのUSJにおける事例は、データドリブン・マーケティングだ。USJにとって、パーク内での来場者の行動をデータ化するは長年の課題だったが、屋外施設であるため、難しかったという。だが地面が発する磁力を活用したジオ・マグネティック・センサーを活用することでこれを解決。閉園後にパーク内の各場所の磁紋を一年かけて採集し、これをゲストのアプリと組み合わせ、パーク内での時間と位置情報がデータ化できるようになった。

現在、収集した行動データをもとに来場者の楽しみ方をセグメンテーションしている。これをもとに、一回目はアトラクションを中心に回った人が、二回目の来場時はどんな楽しみ方をするかなどをデータで把握、来場者一人ひとりに適したパーソナル・レコメンド・サービスを充実し、リピート促進に活かしていく。

台頭するアジア発スーパーアプリ

続いて登壇したベンチャーリパブリックの柴田啓代表取締役社長は、世界のデジタル最新事情について、同社が資本業務提携するLINEなど、スーパーアプリの動向を含めて取り上げた。

柴田氏は「今、世界で何が起きているのは、流通における主役交代」と力説した。オフラインからオンラインへのシフトは周知の通りだが、この流れの中で、モバイルやアプリが登場し、さらにOTAを脅かす存在として、デジタル・プラットフォームが台頭。その代表例がグーグルで、「旅行分野を手掛けるようになっており、世界的には、グーグルが旅行のシェアを取り始めたと言われている」と話した。

同様に台頭してきたのがスーパーアプリだ。日本のLINE、中国のWeChat、韓国のカカオトークなど、「いずれもチャット機能だけでなく、色々なサービスや機能を提供している。アジア発というのも共通点」。柴田氏はスーパーアプリについて「あらゆるユーザーが、毎日、あらゆることに使うサービスを提供している、圧倒的なモバイルアプリ・プラットフォーム」と定義している。

「WeChatは、ほとんど用事がこなせる生活アプリとなり、中国のユーザーによる利用時間がどんどん伸びている。LINEでも月間アクティブユーザー約2億人のうち79%が毎日、ラインを使っている」(柴田氏)。

スーパーアプリは、旅行事業者と提携する形で、旅行ビジネスにも進出。ベンチャーリパブリックでは2018年、ラインと資本業務提携し、LINEアプリ上で「LINEトラベルjp」として旅行サービスを開始した。その後、わずか1年ほどで、アプリ内には1900万人の「おともだち」ができた。

柴田氏自身も「アプリで旅行の予約をするのだろうか?」と疑問視していた時期もあったという。だが同社では現在、LINEアプリ経由で、毎日数千件の旅行予約が発生している。さらに先行する中国のWeChatでは、毎日ホテル10万泊以上、航空券10万件以上の予約があるようだ。

アプリの強みとして、柴田氏は、企業側からユーザーに呼びかけられる「プッシュ機能」と、スーパーアプリならではの幅広い分野で利用できるポイントプログラムを挙げた。「メルマガの開封率は減っており1%ほどだが、プッシュ通知の開封率は7~15%とメルマガより高い」。最近では、観光局などからPRのプラットフォームとして注目されている。

また同社では、旅行を予約した人に、LINEポイントで10%還元するなどのキャンペーンを展開。これが予約拡大の起爆剤になったと振り返る。たまったポイントはLINE Pay(ラインペイ)で使えるため使い勝手がよく、こうした価値に敏感なユーザーに支持されている。

柴田氏は「スーパーアプリ各社には、旅行ビジネスだけに特化した会社には持てない資産がある。位置情報、自社決済プラットフォーム、汎用性の高いポイント制度、旅行以外の分野も含めたユーザーのビッグデータなど。これを当社が持つ旅行コンテンツや価格情報と組み合わせることで、それぞれのカスタマージャーニーで最適なサービスを展開していく」と話した。

ベンチャーリパブリック代表 柴田啓氏

予想外な活用法も登場しているAIチャットボット

ビースポークの綱川明美代表取締役は、同社が訪日外国人の利用が多い空港、駅、ホテル、自治体などに提供している多言語AIチャットボットについて、代表的な利用方法から想定外の発展形まで、最新の事例を紹介した。

スマホで旅行者から寄せられるFAQ(よくある質問)は、対応するのがAIでも人間でも、相手の満足度に大差はないとの考えから、同サービスの担い手としてチャットボットを開発。一番多いのは、やはりFAQ対応の自動化だ。内容は、ホテルや空港でのフライト情報が最も多く、他には交通手段などルート案内など。ただし、フライト情報では、到着地の天気やフライトステータスも回答に加えるなど、質問者の知りたい情報をあらかじめ想定しながらの設計は欠かせないという。

昨今、問題となっている観光地や交通機関の混雑緩和にも、AIボットが役立っている。京都の観光地や、成田空港の交通機関などで、時間帯などを考慮し、空いているところを案内、「人が一カ所に集中するのを防ぎ、分散を図ることができる」(綱川氏)。ただし、案内した通りに相手が動いてくれるかは分からない。「案内文の書き方がマーケティングやコピーライティングと同様に重要になる。使う単語のチョイスから絵文字の色までが結果を左右する」(同氏)。

一方、綱川氏や同社スタッフにとって意外だった活用法が、消費者の動向調査だ。紙のアンケートと違い、チャットなら自然な会話風に質問できるのが利点となっている。サービス評価や満足度について、相手が答えやすいよう、簡単な選択肢を用意して送り、クリックがあれば自動的に集計できるよう設計している。空港利用者調査や、人気のお土産調査などで利用されており、「テナントの入れ替え時など、さまざまな意思決定の場でこうした調査結果が役立っている」(綱川氏)と話した。

チャット履歴は文字データとして蓄積できるため、これを分析することで、さまざまな活用方法も広がっている。夏休みを控えたある時期、「10泊以上のホテル予約できない」という質問が外国人から多く、調べてみると、国内ホテルの多くで、公式サイトでの予約泊数は一桁までしか入力できないことが原因だった。長期滞在したい外国人は、仕方なくOTAに移動していたようだ。チャットのデータ分析は、こうしたビジネス機会損失の特定にもつながっている。

災害対応でも、AIチャットボット活用が進んでいる。綱川氏によると、自治体が抱える共通の悩みは、情報を届ける相手がわからない、相手が分かってもアクセス手段がない、など。「当社が手掛けている事例では、災害時に施設や街のWi-Fiに接続すると、チャットページが自動的に現れ、災害時FAQが表示される。災害後の状況分析にもチャットのデータが活躍する」(綱川氏)。世界的にも注目されている分野であり、AIのさらなる活躍が期待されている。

ビースポーク代表 綱川明美氏

データ・ドリブンで検証を重ねる

最後に、訪日インバウンド振興の旗振り役である日本府観光局(JNTO)の亀山秀一理事長代理が、データから読み取れる最近の旅行者動向や、デジタルマーケティングにおけるターゲティングの検証結果について紹介した。

JNTOグローバルウェブサイトのデータによると、閲覧数が一番多い国は米国(全体の23.7%)。次いで多いのが日本(22.4%)で、「日本に到着してから外国人旅行者がアクセスしているタビナカ需要と推察している。毎月のおすすめ情報を紹介しているページでも、当月情報を見る人は一定数あり、やはりタビナカ需要が広がっている」と亀山氏は指摘した。

SNSやウェブサイトのコンテンツ選びでも、データを活用し、効果を検証しながら、内容を取捨選択している。ここ2年ほど実施している欧米豪向けキャンペーンでは、「Enjoy my Japan」サイトに誘導するバナー広告を展開しているが、バナー広告のクリック数で意外だったのは、「リラクゼーション」「アウトドア」など、これまでJNTOがそれほど力を入れてPRしていなかったコンテンツのクリック率が高かったことだ。

同様に、フェイスブックで、7つのテーマ別の投稿と、ユーザーからの「いいね」などエンゲージメント数を比べたところ、「食」は投稿数が多い割に反応は薄め。「リラクゼーション」は、投稿数は少ないのにエンゲージメントが高い結果となった。「このようにデータで反応を確かめながら、日々、投稿するコンテンツの中身まで検討している」と亀山氏は話した。

JNTO公式アプリでは、これまでに100万人以上のダウンロードがあり、この層については日本滞在中の動向データも把握している。こうして蓄積した各種データと、JNTOが外部から購入したデータなどを一元管理するDMP(データマネジメントプラットフォーム)を構築。自治体やDMOから相談を受ける際のコンサルティングや、広告配信のターゲティングの精度アップなどに役立てている。

DMPに保有するオーディエンス・データの検証も行った。同データを活用して配信したデジタル広告と、外部のデジタル広告商品で結果を比較すると、ウェブサイトへの誘因数は、後者の方が多かったものの、サイト訪問後の航空券やホテルの検索・購買は、前者の方が多かった。このことから「すでにある程度、日本に関心ある人を動かすのに、JNTOデータを使ったターゲット配信が有効」と亀山氏は分析している。

JNTOでは、こうした様々な取り組み結果を踏まえて、フェイスブック、インスタグラム、ウェブサイト展開に関するマニュアルを作成している。同サイトから無料でダウンロードできるので「ぜひ役立ててほしい」と呼びかけた。

JNTO理事長代理 亀山秀一氏(コメンテーター)

猛スピードで変化する時代に必要なこと

シンポジウムの後半では、デジタルと旅行トレンドの5年後や、今すぐ取り組むべきことについて意見交換が行われた。

金澤氏は、テーマパークでは、間もなくスマホで順番をとる“バーチャル列”が登場し、来場者が並ぶ必要はなくなると予告。また旅でもテーマパークでも、楽しみ方の細分化、個人化がさらに進むとの見方を示した。すでにUSJでは、工事中の壁面に描かれたキャラクターを背景に写真とり、インスタグラムにアップする人の待ち列ができるなど、まったく想定外の楽しみ方を、消費者自身が見つけている。「そこを意識しながら、5年後はどんなサービスを展開するべきか、考えていきたい」(金澤氏)。

柴田氏は、「主役の交代が進むので、旅行という観点だけで状況を見ていると判断を誤る。グーグルやスーパーアプリは、日常的に利用するものだけに、デジタル化のスピードが速い。世界のデジタル潮流がどう変わっていくのか、勉強する必要があるし、自社組織の中で、デジタルに強い人材を育成することが大切。外部からの人材獲得もよい」と話した。

綱川氏は「私の考える5年後は、AI活用が進み、空港やホテル利用もフリクションレスな体験になっている。データが十分蓄積され、運用力がアップすることで、AI の対応領域もスーパーアプリ並みに幅広く、日常的なものになる」との世界観を語った。一方、気になる傾向として「データがほしいと言いつつ、データを使って何をするか決めていない企業も多い」と指摘。自社の目指すゴールを決めた上で問題点を特定し、その解決にデータを活用するのが本来の姿と説いた。

亀山氏は、日本特有の事情として、最後まで「言葉の壁」が残るのではと懸念しており、「個人的な希望」と断りつつ、「ガイドの話す日本語が、即時通訳できる技術に期待している。欧州などに、こうしたニーズはないので、日本発で登場してほしい。また障害のある方でも旅行しやすくなるような、移動や行動に活用できる技術の開発も願っている。これもぜひ日本発で期待したい」と、未来への想いを語った。

トラベルボイス代表 鶴本浩司(モデレーター)

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