
健康な人も、体の不自由な人も、誰もが楽しめる大阪・関西万博の実現を目指す関西イノベーションセンター(MUIC Kansai)らの「LET'S EXPO(レッツエキスポ)」プロジェクト。万博開幕後、自力での移動が難しい来場者の会場内での移動を支援する「会場内サポート」に加えて、高齢や障害があるなどの理由で会場へ足を運ぶのが難しい人向けに、パビリオンの様子をライブ配信などで伝えるオンラインツアーを実施している。2025年4月におこなわれた第1回オンラインツアーの様子を、大阪市内の高齢者施設で取材した。
双方向でやり取りしながらパビリオンの様子を配信
「皆さんこんにちは。本日は大阪・関西万博の三菱未来館をお届けさせていただきます」
2025年4月23日、大阪市西淀川区の高齢者施設「ユーアイデイサービスセンターなごみ」。パソコンに接続されたテレビの画面から、万博会場にいるリポーターの女性2人が視聴者に呼びかけ、ライブ配信のチャットに寄せられた施設の名前やコメントを読み上げていく。第1回のツアーに参加した利用者は約20人。リポーターが「なごみ」の名前を読み上げ、画面の向こうから手を振ると、利用者らも笑顔で手を振り返した。
「楽しみでわくわくです」「どきどきが止まりません」。リポーターはチャットのコメントを拾いながら、三菱グループのパビリオン「三菱未来館」へと向かっていく。バックには万博のシンボルである大屋根(リング)や、会場内を散策する来場者が映る。未来館に着くと、事前に収録した映像を織り交ぜながら、建物が宇宙船をイメージした形状であることや、万博終了後も再利用できるようにパイプや足場板、ブルーシートなどの仮設資材を使っていることなどを解説した。
万博会場にいるリポーターからのクイズに答える参加者
ツアーは1時間。途中でクイズや体操を挟みながら、「いのち輝く地球を未来に繋ぐ」をコンセプトにしたパビリオンの内容を紹介した。配信では、パビリオンで流れるメインショーを一部公開。また、ツアー前には1970年の大阪万博の様子を伝える映像を配信。「なごみ」では大学生のボランティアも利用者に当時の様子をたずねるなどして配信を盛り上げ、利用者からは「月の石を見に行った」などと当時を懐かしむ声が上がった。
利用者に感想を聞いてみた。1970年の万博は九州から着物を着て行ったという90代の女性は「70年万博で覚えているのは太陽の塔と、混んでいたこと。(配信を見て)当時のことを思い出しました。三菱未来館からは当時と同じような雰囲気を感じました」。80代の女性は「(配信で会場の様子を見て)あれだけのものを作り上げるとはすごいなと思いました。三菱未来館のことを娘に話そうと、忘れないようにメモを取りました」と話した。
MUICによると、この日のオンラインツアーに参加したのは458アカウント。そのうち219アカウントは福祉施設や特別支援学校などの法人アカウントで、神奈川や静岡、石川、広島など全国各地の施設が参加した。
1970年の大阪万博の様子を伝える映像も配信された
リモート観光プラットフォームを活用、番組を無料提供
「LET'S EXPO」は、三菱UFJフィナンシャル・グループと三菱UFJ銀行が開設したイノベーション創出拠点、MUICと介護施設向けに旅行やオンラインツアーサービスなどを提供する東京トラベルパートナーズ、住友電気工業がタッグを組んだプロジェクトだ。万博の運営参加(会場内アクセシブルサポート業務)サプライヤーとして、「会場内サポート」と会場外からのオンライン参加支援「バーチャル体験サポート」などに取り組んでいる。
オンラインツアーは、直接会場に足を運ぶのが難しい人にも万博を楽しんでもらおうと企画した。ツアーでは、MUICと東京トラベルパートナーズ、住友電気工業が実証事業として進めているリモート観光プラットフォーム「旅介(たびすけ)TV」を活用。リポーターらによる現地からの生中継や事前に収録した映像を交えてパビリオンの魅力を伝える。
MUICによると、2025年4月現在、三菱未来館や住友グループの「住友館」、「関西パビリオン」など9つのパビリオンを紹介する予定だ。配信は週1回程度おこない、パビリオンによっては1日2回、昼と夜に配信する。配信時間帯によって内容を工夫し、福祉施設のレクリエーション時間などでの活用を想定した昼の回では、リポーターはゆっくり話し、クイズや体操などを間に入れる。夜の回は、一般の人の視聴も想定した内容で配信する。配信後にアーカイブを見られるパビリオンもある。
「なごみ」のスタッフの男性は「皆さん集中して見られていました。普段おこなっているレクリエーションより時間が長いですが、クイズや体操でインターバルを入れてくれたので良かったです」と評価する。5月に開催されるツアーも視聴する予定だという。
ツアーの参加希望者は、旅介TVに利用者登録をして映像を視聴する。氏名または施設名やメールアドレス、地域などの入力が必要だが、個人・法人のいずれでも登録できる。旅介TVには有料プランもあるが、万博のオンラインツアーは無料プランで視聴できる。
参加者に配られた「旅のしおり」
「オンラインとリアル、ともに万博を楽しんで」
「LET'S EXPO」は、10月までの万博会期中、「会場内サポート」と「バーチャル体験サポート」で35万人にリアルとバーチャルの両面で万博を楽しんでもらうことを目標に掲げる。オンラインツアーを見て万博会場に行きたくなった場合は、体が不自由な人や視覚障害がある人の移動を支援する「会場内サポート」を利用することも可能だ。
プロジェクトリーダーの村上弘祐氏は「リアルとバーチャル、それぞれの取り組みは連動しています。ツアーを視聴した方が万博に行きたくなって、(参加人数により)施設のスタッフだけで対応できない場合でも、会場にいる『LET'S EXPO』のボランティアスタッフが車いすを押すなど広い会場で楽しむためにサポートできるよう準備もしています」と話す。
「オンラインツアーの対象は、高齢の方や障害をお持ちの方など万博に行きたくても行けない方がメインではありますが、それ以外の方にも視聴していただければうれしいです。ぜひ幅広い方にオンライン、リアルともに万博を楽しんでいただきたい」(村上氏)
「LET'S EXPO」プロジェクトリーダーの村上弘祐氏
万博会場に行けなくても、オンラインツアーを通して、施設や自宅などでパビリオンの魅力に触れることはできる。状況によっては、思い切って足を運ぶことも夢ではない。「LET'S EXPO」では、配信を予定しているパビリオン以外のパビリオンにもツアーへの協力を求めている。日本で万博が開催されるのは20年ぶり。この機会を多くの人が体験することで、ユニバーサルツーリズム、アクセシブルツーリズムの輪が広がる契機となることに期待したい。
取材・記事 ライター 南文枝