シンガポール政府が描く2040年の観光戦略、「質の高い旅行先」への進化と未来志向の都市づくり

シンガポール政府は、2040年に向けた長期的な観光の成長戦略を描いている。その中心にあるのは、量の拡大ではなく質の高い旅行体験の提供。ビジネス・レジャーの両分野において「世界が集う都市」としての地位を強化する構想だ。

アジア最大の観光商談展示会「ITBアジア2025」で、シンガポールのアルヴィン・タン貿易産業省兼国家開発省国務大臣(写真)が「Tourism 2040」戦略を説明した。観光の将来像に向けたもので、「私たちの目標は、観光収入を470億~500億シンガポールドル(5兆5000億~5兆8400億円)に拡大することだ。その核となるのは“質の向上”であり、数ではなく価値を追求する」と述べた。

タン氏は、世界的な旅行動向の変化を背景に、シンガポール観光の次の段階を見据えている。旅行者の嗜好は体験価値や持続可能性へとシフトしており、それに応えるべく、クオリティを重視していることを強調。「成長著しい市場と高品質な旅行者層を重視することで、経済を強化し、将来に備える国家を築く」と語った。

MICE強国を支えるハード整備とパートナーシップ

こうした方針の下、政府はビジネスイベントを核とするMICE産業の強化にも注力する。シンガポールは2019年に14億シンガポールドル(1638億円)であったMICE収入を、2040年までに45億シンガポールドル(5258億円)へと3倍に成長させる目標を掲げている。その実現に向け、同国は新たな国際イベントの誘致と長期的なパイプラインの構築を進めている。

具体的には、航空・宿泊・都市空間の一体的な開発が進む。その象徴が、現在、2030年代前半に完成を見込んで建設中のチャンギ空港第5ターミナルだ。完成後は、既存の第1~4ターミナルを合わせた規模となり、年間旅客処理能力は55%以上拡大する見込み。タン氏は「私たちはチャンギ空港を世界最高のハブ空港であり続ける存在にしたい」と語り、航空インフラの拡張が観光基盤の強化につながるとの見通しを示した。

さらに、都心部では新たな複合エリア「マリーナ・サウス」の開発も進行している。同氏によると、ここでは「観光、ウェルネス、都市生活を融合した世界的なアトラクション」が整備される予定だという。

加えて、ドイツのメッセ・ベルリン社とのパートナーシップを継続することで、国際見本市や業界展示会を強化。両者は2026年から3年間の協定を更新し、「Smart Health Asia」や「EnoTrends Asia」など新イベントを立ち上げる。タン氏は「こうした決定は、シンガポールがアジア太平洋地域における成長産業のゲートウェイであることの証だ」と述べた。

ウェルネス観光の新展開、「都市の中の自然」へ

シンガポール政府は観光を経済の柱とするだけでなく、国民の幸福度を高める「ウェルネス国家」としての道も模索している。タン氏は「グローバル・ウェルネス・エコノミー・モニターによれば、2023年には世界で10億件以上のウェルネス旅行が行われ、そのうち40%以上がアジア太平洋地域によるものだった。シンガポールはこの潮流を取り込みたい」と語った。

その実現に向けて掲げられたキーワードが、「City in Nature(都市の中の自然)」。チャンギ空港に降り立つ旅行者が目にする豊かな緑は、この理念を体現している。市街地だけでなく、パークコネクターやガーデン、リバーサイドといった自然空間が都市と共存し、観光資源として活用されているのが特徴だ。

タン氏は、自身が国家開発省を兼務していることにも触れ、「私は公園と庭園の整備を担当している。市街地を離れれば、シンガポールの“隠れた宝石”が見える」と語り、自然と都市機能を融合させた観光開発の方向性を示した。

この構想のもと、政府は医療スパや長寿クリニック、ウェルネス・ワークショップなどの新事業を推進し、シンガポール人と旅行者の双方に「健康と再生の体験」を提供していく方針だ。

2040年、「未来を共創する」観光立国へ

2040年のシンガポール観光は、単なる観光地の拡大ではなく、「世界の人と知が交わる都市」を目指している。タン氏は講演の最後に「私たちは自信を持って未来に挑む。観光産業のパートナーと共に、より多くの成果を生み出していきたい」と語った。

同国の観光政策は、MICE、航空、ウェルネス、都市デザインのすべてを一体的に再構築するものであり、観光を国家の競争力の源泉へと高める構想だ。量から質へ、そして消費から体験へ。シンガポールの「Tourism 2040」は、アジアの観光都市モデルを次の時代へ導く指針となりつつある。

取材・文: 鶴本浩司

※ドル円換算は1シンガポールドル116.85円でトラベルボイス編集部が算出

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