
地域の事業者や組織が主体となり、地域の観光周遊を促進するタビナカ販売が全国各地に広がりを見せている。地域の中核となる事業者が地域の観光事業者を取りまとめ、地域のタビナカ商品をひとつのサイトに掲載し、地域が観光客に直接販売するもの。代表的な成功事例が、「ひがし北海道観光DXプロジェクト」だ。
同プロジェクトは、人口減少が続く道東の生活交通に観光需要を取り込み、運行維持につなげようと、釧路市の阿寒バスが中心となって始まった。現在、釧路から網走や知床、帯広エリアまで広がっている。
なぜ、同プロジェクトに賛同し、参加する事業者が増えているのか。今回は、プロジェクトに参加する知床の事業者に成果を聞いた。
「観光+移動」を一緒にアピールすべき理由
ひがし北海道観光DXプロジェクトの特徴は、道東のバス事業者が連携し、公共交通で広域周遊を促す仕組みを実現することだ。体験や飲食など地域の事業者も巻き込み、「観光+移動」をあわせた情報を提供することで、観光客の利便性向上にもつながっている。
具体的には、地域のバス事業者と観光事業者がNECソリューションイノベータ(NEC)のオンライン販売システム「NECガイド予約支援」を導入。バス事業者が地域事業者の観光商品を取りまとめ、「観光+移動」のショーケースとなる販売サイトを展開している。また、観光情報サイト「ひがし北海道観光ナビ」も立ち上げ、観光商品と移動手段の予約リンクを含めたモデルコースや観光情報を紹介している。
知床の冬の風物詩・流氷の上を歩く体験ツアーを提供する「LANTOKO流氷遊ウォーク(ラントコ)」がプロジェクトに参加した決め手の1つが、「観光+移動」の情報発信と周遊促進の仕組みがあることだった。代表の藍屏芳氏は「ひがし北海道を周遊するための情報は不十分で、観光客、特に訪日客が困っている。その情報が、きれいにまとまっている」と話す。
観光情報サイト「ひがし北海道観光ナビ」では、モデルコースとともに利用する交通機関の時間や予約リンクを掲載台湾出身の藍氏と、冬の休漁期にガイド業をおこなう漁師の計4名が運営するラントコは、知床で唯一の中国語ネイチャーガイドである藍氏の存在と、地元の海をよく知る漁師が、その時々のベストな流氷の位置を察知してツアーを実施することが強み。2023年10月の事業開始時から自社サイト上でオンライン予約・決済を受け付けていたが、予約とともに知床への行き方に関する質問も多く寄せられ、旅行者の不便を感じていたという。
観光客にとって、現地へのアクセス方法は重要な情報だ。知床など、ひがし北海道の各地へ公共交通機関で行く場合は、バスが有効な移動手段となるが、各バス会社のサイトで案内している情報や予約の方法はそれぞれ。日本語のみというケースも少なくない。
しかし、ひがし北海道観光プロジェクトでは観光商品と移動手段が同じサイト内で販売されており、アクセス情報の確認から予約まで完結できる。アクセスの問い合わせ対応も、該当ページのリンクを送るだけで済む。
一方、集客では「もう少し日本人客を増やしたい」(漁師兼ガイドの圓子瑞樹氏)と考えていた。ラントコの情報発信は、SNSなどオウンドメディアのみ。TikTokで2.4万人のフォロワー数を有する圓子氏は、自身の経験から「SNSをちょっと動かしただけでは集客につながらない。とことんやるべきだが、そのリソースはなく、手が付けられなかった」という。
ラントコは2025年1月、プロジェクトに参加。「NECガイド予約支援」で販売サイトを開設し、阿寒バスの販売サイトへの商品掲載や観光情報サイトへの予約リンクによって、流氷期でも集客が弱くなる3月に予約を獲得できた。販売期間が約2カ月に限定されていたなか、圓子氏は「この時期に、初年度からお客様を引きこんでいただいたのは、非常にありがたかった」と手ごたえを感じている。
LANTOKO流氷遊ウォーク(ICEAGE有限責任事業組合)は2024年10月にプロジェクトに参加。圓子瑞樹氏(左)と藍屏芳氏
開始1年で予約の約7割がオンライン販売に
知床エリアの斜里町を拠点とする斜里バス。定期観光バスや女満別空港発着の知床エアポートライナーなどを運行する同社は、2023年10月にひがし北海道観光DXプロジェクトに参加した。
同社の予約受付は電話が主で、乗車当日に窓口で清算するシステムだったが、阿寒バスの紹介を受け、わずか1カ月でNECガイド予約支援を導入。自社の販売サイトを開設するとともに、プロジェクトの観光情報サイトのモデルコースやガイド記事に、バス予約のリンクを入れた。代表取締役社長の下山誠氏は「これからは事前決済・キャッシュレス化が必須と考えていた」とスピード決断の背景を説明する。
プロジェクトでは、知床五湖の夏季開園期間に運行する「定期観光バス」のオンライン販売を開始。下山氏は、通期販売した2024年シーズンの実績を振り返り「目に見えてお客様が増えた実感がある」と手ごたえを語る。
同社の定期観光バスは、斜里/知床五湖エリア間の移動を兼ねて見どころを巡る人気の商品だ。利用客を積み増しできた要因は「事前決済が大きい。特に訪日客は安心して利用できることが一番だと思う」(下山氏)。2024年は、全体の7割近くが販売サイトでの予約となり、当日、乗り場に現れない客も減った。
この成果を受け、斜里バスでは網走バスと共同運行する知床エアポートライナーも、網走バスの協力も得て、2025年4月から販売開始。利用者数の増加に加え、事前決済によって運転士が車内清算に対応する負担を軽減した。さらに、当日の利用者数を事前に把握することで、バスの効率的な配車計画にも活用したい考えだ。
斜里バスがNECガイド予約支援で立ち上げた販売サイトの商品画面。既存の斜里バスのサイトや、観光情報サイト「ひがし北海道観光ナビ」のモデルコースや記事からもリンクしている下山氏は、今後、「観光MaaS」のように、ひがし北海道の交通をスムーズに予約、乗車ができるような商品や仕組みへ進化することに期待している。
斜里バスでは阿寒バス、網走バスとともに、各社路線を自由に乗降できるフリーパスポートを販売していたことがあるが、「プロジェクトを介し、テクノロジーで結びついて復活したら面白いと思う」と展望する。地域のバスがつながっていくことで、ひがし北海道のさらなる周遊促進にも期待がかかる。
斜里バス代表取締役社長の下山誠氏
観光協会もプロジェクトに期待
知床斜里町観光協会は地域の事業者に、ひがし北海道観光DXプロジェクトを紹介している。同事務局長の新村武志氏は「今後は、ますます観光客の満足度を上げることが重要になる。各事業者の考えを尊重しながらも、オンライン販売を推奨し、プロジェクトを勧めたい」と話した。
人口1万人余の斜里町。観光は、農業、漁業に並び地域経済を支える3本柱の1つだ。一方で、世界自然遺産にも登録された知床では、自然・環境の保護と観光振興のバランスに関しての議論も活発で、2014年には観光振興のKPIを人数ではなく満足度にシフトした。2023年には知床五湖エリアで、利用者数や滞在日数の基準を設定する「利用調整地区制度」を導入した。
「結果的に、観光客の満足度は上がった」(新村氏)。制度によって入場料が課されるが「エリアの自然資源、保護活動の資金として理解され、受け入れられた」と説明する。そして、さらなる満足度向上を図るためには、旅行者の動きや嗜好分析することが重要になると考えている。そのためには旅行者のデータが必要で、地域事業者のオンライン販売やデジタル化を推奨する考えだ。
新村氏は「知床は、デジタル化の分野は遅れているかもしれない。事業者間で温度差がある」としたうえで、プロジェクトをサポートするNECソリューションイノベータについて「事業者の事情に寄り添い、必要な支援をしてくれる」と信頼を寄せる。
「今の情報発信は、完全にCtoCの時代」と新村氏。消費者は良いと思ったものを発信し、それを見た消費者に影響を及ぼす。「だからこそ、観光客の満足度を上げることに注力したい。そして、事業者は正当な対価を得て、収益性を高めてほしい」。地域の事業者がプロジェクトを活用し、知床の観光がさらに良くなっていくことを期待している。
知床斜里町観光協会 事務局長の新村武志氏
地域の実態に沿った広域データの収集と活用を可能に
ひがし北海道観光DXプロジェクトを支援するNECは今後、「観光+移動」の広域周遊の仕組みから収集できるデータ活用を強化していく方針だ。
地域のバス事業者や観光事業者が共通のオンライン販売システムを活用することで、エリア全体の統一データの収集が可能になる。このデータ(エビデンス)に基づいた仮説検証と意思決定を高頻度かつ高速に繰り返すことで、各エリアの旅行実態に即した誘客施策が策定しやすくなる。これを、地域の事業者が自走してできるためのサポートに全力を注ぐ。
NECでは、こうした取り組みによって、地域の事業者間の交流が活性化し、地域の事業性が拡大すると考える。そして、将来的には北海道全体での取り組みへと広げていくことを目指している。
問合せ先:gias-support@nes.jp.nec.com
本記事で紹介したNECガイド予約支援サービスでの販売ページ例:
記事:トラベルボイス企画部