
世界の観光名所では、増え続ける需要に対応するために、政府当局やDMO、旅行事業者らが、価格や流通の見直しを迫られている。文化遺産を訪れる人々を受け入れつつ、そのインパクトとのバランスをどう取るか、模索が続く。パンデミックが終息して観光産業が拡大するなか、自治体、事業者、政策当局が入場券販売のあり方や、誰をどう受け入れるのが公平なのか考えるべき時だ。
イタリアの独占禁止法当局(AutoritàGarante della Concorrenza e del Mercato/AGCM)は、2025年4月、遺跡の公式チケット販売サイトを管理しているCoopCulture社および6社のツアー事業者に対し、ローマの遺跡、コロッセオの入場券をめぐり問題行為があったとして2000万ユーロ(約340億円)の罰金を科した。訴えによると、同社はボット(自動プログラム)によるチケット買い占めへの対処を怠り、その結果、一般向けのチケット販売に悪影響が出たという。
「まず、(コンピューターによって自動化された)チケット買い占めへの対応策を講じていなかった。さらに、かなりの数を自社が催行する教育旅行のためにキープして大きな利益を得ていた」(AGCM)としている。
AGCMが罰金を科したチケット再販事業者はチケッツ、ゲットユアガイド、ウォークス、イタリー・ウィズ・ファミリー、シティワンダー、ミューズメント。
「これらの事業者は、チケットが常に入手不可な状況になることで、メリットを享受していた。コロッセオに行きたい人は、各社から購入するしか方法がなかった。しかも、追加サービスと組み合わせてパッケージ化されているので、入場券だけ買うよりずっと高い価格になっていた」とAGCMは指摘する。
ヨーロッパの他エリアでも、観光名所は、同じようなストレスにあえいでいる。6月16日、パリのルーヴル美術館の従業員が、マスツーリズムに起因する「耐え難い」労働環境に抗議してストライキをおこなった。ルーヴル美術館への年間訪問者数は870万人超となり、同美術館の建築設計における収容人数の倍以上に達している。
2025年初め、マクロン仏大統領は、7億3000万ユーロ(約1241億円)から8億3400万ユーロ(約1418億円)を投じる改修予算案を発表し、超満員となっている「モナリザ」の展示室を他から独立させる計画などを明らかにした。実現までには数年かかるため、この間、欧州連合(EU)域外からの訪問者に対し、入館チケット価格を値上げする方針だ。これにより、同美術館の保全に必要な資金は確保できるかもしれないが、一方で、倫理的な問題点も指摘されている。ルーヴル美術館に展示されている工芸品がもともとあった国々からの来訪者に、制約を課すことにもなるからだ。
変動価格制とデータの活用
アメリカの博物館や動物園では、市場の相場に対応できるソリューションを導入しているところもある。例えば、ボストンのニューイングランド動物園ではDigonex社と契約し、需要動向に合わせてリアルタイムでチケット価格を変えるツール、ダイナミック・プライシングを導入している。
ゲットユアガイドの共同創設者、ヨハネス・レック氏は、ダイナミック・プライシングを観光分野でもっと活用するべきだと話す。
「ダイナミズム(変動制)は大成功を収めてきたメカニズムだが、タビナカ産業ではまだ十分に普及していない」とレック氏は最近のフォーカスワイヤのインタビューで指摘している。
同氏はダイナミック・プライシングが訪問者数の急増によるインパクトを抑えるのに役立つと説く。「ピーク時期でさえ、負荷がかかっているのはごく一部の特定エリアであり、都市全体で観光客が多すぎるわけではない」(同氏)。
またレック氏は、データ分析の改善と柔軟なチケット管理が必要だと話す。
「問題の根本は、きちんと管理されていない在庫がたくさんあることだ」と同氏。「オーバーツーリズムへの影響も非常に大きいと思う」。
ゲットユアガイドでは、訪問者の不均衡を解決する積極的な対応策に乗り出した。同社はバルセロナのランブラス通りや市庁舎など、地元のパートナーと一緒に「天体観測台」を立ち上げ、大通りエリアにおける観光のインパクトについてデータを収集している。プロジェクトの狙いは、観光産業がもたらす経済・社会的な影響を把握し、ステークホルダーによる政策作りに役立てることだ。
また同社では、イタリアのフィレンツェでのパブ巡りなど、いわゆる「アルコール・ツアー」をプラットフォームから削除した。これは地元当局との連携で実現した。ゲットユアガイドの広報責任者、カテリーヌ・トレイズ氏は、「これにより、地元住民の“住みやすさ”と訪問客の体験、どちらも良くなると思う」。
シビタティス(Civitatis)の最高執行責任者(COO)、エンリケ・エスピネル氏も、システム全体の改革が必要だと考えている。
「観光地の過剰な混雑は、旅行産業が抱えている大きな課題で、パンデミックを経て旅行者の行動が変わった後、一層ひどくなっている。主要都市や有名な島々など、人気デスティネーションでは、旅行のピーク・シーズンは厳しい状況だ」と同氏。大勢の人々で混雑することは、訪問者の満足度、観光名所の保全、そして地元住民の生活の質のすべてを悪化させると話す。
エスピネル氏は、シーズナリティ偏重の解決と、中小事業者を含めたバランス良い流通を提案する。
「チケットをより公平に流通させるためには、複数のアプローチが必要になる」との考えで、例えば、知名度の低い観光アトラクションへの需要の掘り起こしや、オフシーズンの旅行プロモーションなどを挙げる。
「さらに旅行シーズンを平準化し、年間を通じた需要へと多様化できれば、ピーク時の飽和状態を改善できる。同時並行して、ターゲットを絞ったキャンペーンやインフルエンサーとのコラボレーションなど、戦略的なマーケティング活動も、旅行者の関心を呼び、従来とは異なる体験や時期への誘導に効果があるはずだ。人の流れがスムーズになり、過密状態が起きにくくするのに役立つ」。
エスピネル氏は、チケット流通の公正化は、DMOと地域当局、観光アトラクション運営会社による共有責任だと話す。OTAやツアー催行会社には、責任ある事業運営と、価格設定の透明性が求められている。
「シビタティスでは、価値のないマークアップをして現地ツアーを販売し、直販チケットに対抗することはない。当社が目指すものではない」とエスピネル氏。「我々は、旅行者にとって意味のある価値、つまり高品質で、厳選された内容のガイド付きツアーを、旅行者の言語で提供している。もちろん観光施設が掲げる流通方針は常に尊重している」。
「観光施設を運営する側には、あらゆる規模のグループを受け入れられるように、公正な配分システムを導入してほしい」と同氏は付け加え、旅行者自身も、その一端を担うべきだと話す。「旅行者に対してきちんと情報開示し、持続可能な選択をするよう奨励するべきだ」。
テクノロジーの役割
エスピネル氏は、誰もが公平に訪問できる仕組みと、持続可能性のバランスをとるためのベースがテクノロジーだと考えている。
「デジタル発券システムならば、訪問者数をリアルタイムで管理し、施設の収容力超過を防ぐことができるし、オンライン・プラットフォームは知名度が低いデスティネーションも含めて、多彩な選択肢を提供できる」と同氏。「データ分析により、観光客の人流モニタリングの精度をアップすることで、ステークホルダーが事実に基づいた意思決定ができるようにサポートしたり、ピーク時間帯や人気アトラクションについて洞察を深められる。さらに、地域のローカル事業者をグローバル市場へとつなぎ、効率的に予約を管理するツールとして役立つのもテクノロジーだ」。
ツーリズム分野に詳しい専門家、ダグ・ランスキー氏は、ディズニーのテーマパークを参考にした「カルチャー・パス」を、世界各地のデスティネーションが導入するべきだと提案する。滞在中の消費額に応じて、人気観光施設へのアクセスに段階的な優待条件などを設定する手法だ。
「(ディズニーは)プレミアム商品の人気を最大限に生かして、売上を増やしている。観光産業も、参考にすべきではないか」という。
人気の観光名所の訪問と、高付加価値の宿泊体験や旅行パッケージなどの組み合わせを、各地域が考案することもできる。
「例えば、特定のエアビーアンドビー施設やホテルを予約した人には、自動的に(カルチャー・パスを)付与する」(ランスキー氏)。それ以外の人は、カルチャー・パスを購入する必要がある。最上位クラスのカルチャー・パスの売上は、低所得者、高齢者、学生、地元の居住者向けの入場料金を助成するのに充てて、公平性を担保する。
ランスキー氏は、入場の可否が市場原理だけで決まる状況に異を唱える。「エリート主義を防ごうという考えだけではない。今は学生だったり、低所得であっても、やがて高額消費の旅行者になる可能性もあるからだ」。
何よりも肝心なことは、能動的なデスティネーション・マネジメントだとランスキー氏は話す。
「私たちは、国立公園と同じように、デスティネーションを扱うべき時代に入りつつある。旅行者にとって訪れる価値がある地域とは、今後も同じ体験が提供できるように、守るべき価値があるということだ。過ぎたるは及ばざるがごとし。チーズケーキでも観光客でも、多くなりすぎると有害になる」。
※ユーロ円換算は1ユーロ170円でトラベルボイス編集部が算出
※この記事は、世界的な旅行調査フォーカスライト社が運営する「フォーカスワイヤ(PhocusWire)」から届いた英文記事を、同社との正式提携に基づいて、トラベルボイス編集部が日本語翻訳・編集したものです。
オリジナル記事:How the tourism industry can manage attractions overcrowding
筆者:マリサ・ガルシア氏