生成AIが旅行者の情報収集や意思決定を塗り替えつつあるなか、2026年の観光産業は大きな転換点を迎えている。検索行動は急速に変化し、法人旅行ではAIによる自律化が進み、スタートアップの競争環境も様変わりしつつある。こうした構造変化に、観光事業者はどう向き合うべきか?
米観光調査会社フォーカスライト(Phocuswright)が数々の独自調査をもとに近未来を展望したレポート「トラベル・フォワード(Travel Forward: Data, Insights and Trends for 2026)」から、AI時代の旅行産業に突きつけられる本質的な問いを読み解いた。
様変わりする旅行者の検索行動
2025年下期の調査では、米国のアクティブ旅行者層の半分以上(58%)が、AIを何かしらの用事で利用しており、旅行のプランニングや体験でのAI利用も同39%を占めた。チャットGPT、グーグルのGemini、そのほかのAI搭載検索エンジンを使っている。欧州に関する同年上期の調査では、英国では22%、フランスでは19%、ドイツでは15%の旅行者がAIを利用しているとの結果だ。
過去12か月間に旅行計画や体験にAIを利用した旅行者:フォーカスライトより観光産業は、オンライン化、モバイルやソーシャルメディアを介したソーシャルエコノミーの台頭など、様々な変革を経験してきたが、今回は、これまで以上に大きな影響を受けることになりそうだ。自律型のAIエージェント時代は始まったばかりの初期段階だが、生成AIやデジタルIDを活用することで、各社のプラットフォームを介した旅行プランニング、問い合わせのやり取り、購買、パーソナライズなどのサポートが格段に進化している。まだ発展途上ではあるが、予約の流れや意思決定のあり方が、従来とは全く違うものになっていくのは明らかだ。
変化のけん引役は、最も若い層ではなく、最も忙しいミレニアル世代の旅行者で、58%が「AIをつかって情報リサーチやプランニングをしている」と答えた。時間も予算も限られるなか、情報過多を避ける効率化ツールとしてAIを積極的に使っている。次いで旅行でのAI利用が多かったのはZ世代(45%)、X世代(39%)。最も少なかったのはベビーブーマー(11%)だった。
AIへの支持拡大に伴い、旅行者がリサーチや商品選択の際、利用するオンライン情報源も変化している。米国の旅行者を対象に実施した調査によると、2024年下期、全体の51%と圧倒的多数が利用していたのは「検索エンジン」だったが、2025年下期は36%に急降下。旅行レビューサイトの利用も、過去2年間で10ポイント減の27%となった。
これとは対照的に、利用が急増しているのが生成AIプラットフォームで、2024年下期の6%から2025年下期は15%へ。ソーシャルネットワークも、緩やかなプラス成長を維持している。こうしたデータからは、旅行者が静的な情報源よりも、動的かつパーソナライズできる情報源へとシフトしていることが分かる。
米国旅行者が旅行選びで利用する主要リソース(2023年下半期~2025年下半期):フォーカスライトより
Z世代はAIよりソーシャルネットワーク
ソーシャルネットワークを最も活発に利用している年齢層はZ世代で、検索エンジンとほぼ同等に活用している。この世代は生成AIの活用はミレニアル世代に次いで高いものの、AIよりもソーシャルネットワーク上のコミュニティを優先する傾向がある。アルゴリズム主導のレコメンドより、自分の仲間と感じる人が、自ら発信する情報への信頼感が強いことが一因とフォーカスライトでは分析している。
米国では、旅行プランニングでのソーシャルネットワーク利用率は上昇しており、2023年下期の16%から2025年上期は19%へ。同様に、英国では10%から16%、ドイツでは9%から15%とプラス基調で推移している。
このように、生成AI利用は全体として広がっているものの、信頼する情報源には世代間で違いも見られる。効率化とパーソナライゼーションを実現するAIは、忙しい人々から重宝されるが、ソーシャルネットワークのように生の声を届け、コミュニティと信頼を醸成することへのニーズもある。アルゴリズムだけで、すべての旅行者層を満足させることはまだ難しい。
旅行の予約では、世界各地で旅行者の3割前後が生成AIプラットフォームを使ったり、AIアシスタントが自分に代わって予約することに関心を示した。自律型のAIエージェント時代が幕を開け、Eコマース分野では、すでに生成AIプロダクトが登場している。ただし、観光産業はより複雑であるため、すべてをAIエージェントに任せることは難しく、長期戦になるとの見通しだ。
旅行計画におけるソーシャルネットワークの利用:フォーカスライトより法人旅行の自律化とAIによる再定義
法人旅行市場においても、AI革命は静かに進行している。ビジネス旅行者の半数以上は、旅程作成から予約の変更まで、様々な業務ですでにAIを利用しており、例えば、予約ツールにはAIによるリアルタイム・サポート機能、財務経理プラットフォームではAIによるレシートの監査や異常検知フラグが搭載されている。
次は、出張費の管理業務でも、自動化が始まる見込みだ。RampやNavanなど、法人旅行マネジメントのプラットフォームでは、2026年末までに、旅費申請の承認や却下をAIエージェントが担うとの見通しを明らかにしている。経理業務は、ライブ・システム上でのやり取りへと移行し、複数の人が同時並行でチェックできるようになる。
決済手段はどうなるのか。フォーカスライトの米国市場調査によると、最も多く利用されている決済手段は、引き続きコーポレートカードで、トラベルマネジメント契約下の出張者では、全体の45%が利用していた。次いで「専用のオンライン・ツール」(42%)、「自分の個人カード」(40%)。マネジメント契約なしの出張者では、個人カードで決済し、精算して払い戻しを受ける人が最も多く、全体の42%。次いでコーポレートカード(33%)となった。
ワンタイム方式のバーチャル・カード利用は減っている。2019年時点では、マネジメント契約者のうち36%が利用していたが、2025年の調査では26%まで縮小。すべての支出を一つの旅費管理システム内に統合し、管理する企業が増えている。
法人旅行の未来については、AIによるガイド機能と出張規約にもとづく枠組みを提供することで、出張者が自律的に動くようになり、これをデータが支える構図になるとの見方だ。こうした時代に勝ち残っていくために必要なことは、ユーザーから支持される自動化機能、ストレスのないコンプライアンス遵守、使いやすいパーソナライゼーション機能、そして無理なく生産性を維持できる体制になるとしている。
逆境下のスタートアップにAIは追い風
最後にイノベーションの最前線、旅行系スタートアップ動向について。
フォーカスライトがアジア太平洋、欧州、北南米、中東アフリカを対象に実施した調査によると、2025年は調達資金額が過去10年で最も低調だった。投資家の関心は、確実に将来性が見込める一部の事業に集中しており、慎重姿勢がうかがえる。投資先の事業領域別では、「法人旅行」が圧倒的で、次に続く「ホテル・ホステル」の3倍以上。投資ラウンドの数では「ホテル・ホステル」が最多だったが、8億5000万ドル(約1317億5000万円)を調達したRampが法人旅行への投資総額を押し上げた格好だ。
逆風下にあるスタートアップの味方はAIで、回答者の86%は、AIが自社の事業にポジティブなインパクトを与えたと答えた。具体的には、生成AIが手の届く価格になったことで活用しやすくなり、新商品開発やプロトタイプ製作にかかる時間が短縮できる、効率的な事業のスケール化が可能になるなど、起業における「守備」に貢献している。
旅行系スタートアップのうち、AIを使用していない企業は全体のわずか5%にとどまり、同81%はAIを重要な部分で活用。生成AIの活用領域で最も多かったのは「社内業務での生産性向上(コード生成、データ要約、社内向けツールなど)」(65%)。続いて「コンテンツ作り(マーケティング用のコピー、ブログ投稿、画像の作成など)」(52%)、「中核プロダクトへの搭載やユーザー体験の向上」(50%)、「顧客のサポート(チャットボット、自動応対など)」(31%)だった。
AI活用は、競争を優位にするための武器というより、もはや必須条件であり、特に、業務の効率化とパーソナライゼーションを実現する上で、強力なツールとなっていく。とはいえ、若年層の旅行者が、アルゴリズムよりソーシャルメディアを信頼する姿に象徴されるように、人が「コミュニティと信頼」を求めていることに変わりはない。「効率化(AI)」と「信頼(人間・コミュニティ)」、どちらも提供できる仕組みを構築することが、旅行産業の未来に欠かせない。
※ドル円換算は1ドル155円でトラベルボイス編集部が算出
※この記事は、世界的な旅行調査フォーカスライト社が運営する「フォーカスライト(Phocuswright)」から届いた英語レポート(トラベル・ガード社が協賛)を、同社との提携に基づいて、トラベルボイス編集部が日本語翻訳・編集したものです。
オリジナル記事:Travel Forward Data, Insights & Trends for 2026

