ALL-JAPAN観光立国ファンドを運営する地域創生ソリューションの代表取締役社長に、日本観光振興協会の前常務理事の檜垣克己氏が2026年6月26日に就任した。JTBを経て、日本観光振興協会では国と民間、地域をつなぎ、観光政策や地域づくりに携わってきた。今度は「投資」の立場から、観光産業と地域創生に向き合う。
同社は、2018年に三菱UFJ銀行、日本航空(JAL)、積水ハウス、三菱地所、明治安田生命保険らが共同で設立したファンド運営会社。「人をつなぎ、地域をつなぎ、日本と世界をつなぐ」を理念に掲げ、日本全国で観光関連投資をおこない、産業再生を手がけている。
新たな社長に就任した檜垣氏が掲げるキーワードは「投資してよし」だ。「訪れてよし、住んでよし、働いてよし」に「投資」を加え、地域への投資によって魅力や受け入れ環境を高め、それが再訪や居住、雇用につながり、さらなる投資を呼び込む循環を描く。
「『投資してよし』というサイクルができて初めて、しっかり観光立国の先進国と言えるのではないか。今度はそれを実際に実行してみたい」。これまで政策や地域の現場で抱いてきた問題意識を、ファンドを通じて具体化していく考えだ。
地域課題は「データ、人材、地域づくり」
日本観光振興協会では約2年間、観光庁との日常的な接点を増やし、民間事業者が考えていることを政策側に伝える一方、国が進めようとしている施策を事業として具体化することに力を入れた。
そのなかで、地域の課題として強く感じたのが、「データ」「人材育成」「地域づくり」の3点だったという。
企業側でデジタルマーケティングが浸透する一方、地域では「データが重要だということは分かっていても、使える人がいない」との声が多かった。檜垣氏は、「単なるIT人材ではなく、観光をよく知り、観光政策を考えたうえでデジタルマーケティングができる人材」が必要だと話す。
加えて、地域経営の中心的な役割が期待されるDMOについても、それを支える仕組みが不足しているとの課題感を持ってきた。日本観光振興協会では、この3分野を事業推進の柱に据え、政策提言にもつなげてきた。
こうした地域の現場と向き合うなかで、もう一つ強く感じたのが、構想を実現するための「投資」の必要性だった。
「欧米の人たちを呼びたいと言っても、その人たちが満足して、また日本に来たいと思ってもらえる施設や環境を考えられているか。ホテルもないのにどうするのか。夢物語を語るのか、本当に実行するのかだ」
誘客を目標に掲げるだけではなく、地域の戦略を実装するためには、施設やサービスへの投資まで含めて考える必要がある。前職で抱いてきたその問題意識を、今度は投資の立場から具体化していく。
全国を対象に、不動産とスタートアップへ投資
ALL-JAPAN観光立国ファンドの特徴について、檜垣氏は、特定地域に限定せず全国を対象としていることに加え、宿泊施設などの不動産だけでなく、観光領域のスタートアップにも投資する点を挙げる。
「全国をベースに、オールジャパンで地域に投資していくファンドはなかなかない。不動産だけでなく、観光を軸にベンチャーも対象になっているところが特徴だ」と語る。
自身はJTB時代からスタートアップとの接点があった一方、不動産ファンドは新しい領域だという。「新たな領域に携わることは楽しい。地域の願い、LP投資家や株主の思いなど、いろいろな思いがあって一つのものをつくり上げていくところに醍醐味がある」と意欲を示す。
ファンドは組成から5年間を新規投資期間と位置づけ、存続期間10年間のなかで投資回収までを進める。同社は現在、1号、2号の2つのファンドを運用している。1号ファンドは2023年4月に投資期間を終え、投資回収(EXIT)のフェーズに入った。2023年5月31日に組成した2号ファンドも、1号と同様に投資期間5年間、存続期間10年間を予定しており、現在は新規投資を進めている。
いずれも特定エリアを投資対象として定めず、全国から寄せられる案件を検討してきた。その一方で、観光立国や地方創生への貢献と、投資家へのリターンを両立させる必要がある。
案件ごとに情報収集や関係者へのヒアリングをおこない、事業性やリスクなどを精査したうえで、最終的には「プロジェクトとして経済性が成り立つか」を判断する。高いリターンだけを追うものではないものの、投資元本を毀損すればファンドを継続できない。地域創生を目的としながらも、経済性は外せない条件となる。
足元では投資環境にも変化が出ている。建築コストの上昇によって新規開発案件は減少傾向にあり、既存施設のリノベーションやコンバージョンに関する相談が増えているという。金利も上昇するなか、地域への投資と経済性をどう両立させるか、投資判断は一段と難しくなっている。
地域創生ソリューション代表取締役社長、檜垣克己氏
「熱量」と実行する人、スタートアップと地域をつなぐ
そこで、経済性とともに重視するのが、地域側の「本気度」だ。檜垣氏は、「ここをこうしたいという思いは、人と人で話せば伝わる。本気度があるところは違う」と話す。
これまでの投資でも、同社は地域の民間事業者にやる気があるか、地元金融機関が支援する意思を持っているか、行政の支援体制があるかを重視してきた。ファンド側が現地に常駐することはできないだけに、地元でプロジェクトを動かす人の存在は欠かせない。
スタートアップ投資でも「人」は重要な判断材料になる。計画通りに進まないことも多いベンチャーだからこそ、約束したことを着実に実行し、必要に応じて計画を修正しながら前に進められる経営者かどうかを見るという。
最近は、観光・宿泊産業の人手不足を背景に、省人化や無人運営を支援するサービスなどの相談が増えている。交通、MaaS、SaaSなどの案件も持ち込まれるが、地域交通のように社会的な必要性が高くても、事業性を確保することが難しい分野もある。
一方、スタートアップへの投資では、資金提供にとどまらず、地域との接点をつくることも同社の役割となっている。東京を中心に生まれるスタートアップのなかには、地方創生に役立つ技術やサービスを持ちながら、地域とのパイプを持たない企業も少なくない。そうした企業を実際の地域につなぎ、実証や事業展開のフィールドを提供する「ハブ」の役割を担っている。
不動産への投資でも考え方は共通する。建物だけを新しくすれば旅行者が来るわけではない。宿泊施設への投資だけでなく、周辺を含めて地域の魅力を「面」で高めていくことが、滞在や再訪につながるとの考えだ。
3号ファンドを視野に、この秋に新たな方針
今後はまず、運用期間10年の1号ファンドの回収を進め、そのめどが立った段階で次のファンド組成を検討する。3号ファンドの具体的な組成時期や規模はこれからだが、檜垣氏は次の展開に向けて、この秋に会社としての方針を固めていく考えを示す。
その前に取り組みたいとするのが、ファンドの存在意義を改めて明確にすることだ。立ち上げから8年以上が経過したことを踏まえ、「今一度、このファンドのミッション、そしてビジョン、バリューを投資家および株主の皆さんと議論して決めたい」と話す。
就任後1カ月で社員全員との面談も終えた。そこで聞いた会社側の考えを踏まえながら、今後は株主や投資家などステークホルダーの意思も取り込み、会社として目指す方向と統合しながら、次のファンドへとつなげていく。
その根底にあるのは、観光産業を日本の基幹産業にしたいとの思いだ。
「日本の観光は真似されない、唯一無二のものだと思っている。もっと世界の人たちに発信すべきだし、もっと良くするためには投資もしなければならない」
さらに、「日本の観光に投資していきたい。日本の観光のレベルを上げるために、何への投資が必要なのかをもっと追求したい」と話す。
「訪れてよし、住んでよし、働いてよし」に「投資してよし」を加え、その循環を実際の投資によってつくる。政策と地域の現場をつないできた檜垣氏は、その経験を投資の領域へと広げ、3号ファンドも視野にALL-JAPAN観光立国ファンドの次のステージを描こうとしている。




