1915年、東京駅の中に開業し、国内外の賓客を迎え入れてきた「東京ステーションホテル」。100年以上の歴史とホスピタリティで名門ホテルとして評価される一方で、その運営基盤には宿泊施設のクチコミ管理「TrustYou(トラストユー)」を組み込み、レピュテーションマネジメントを実践している。
そこにあるのは、単なるレビュー管理ではなく、ゲストの声を通してホテルとしての本質を磨き続ける真摯な姿勢だ。同ホテルを運営する日本ホテルの常務取締役で、東京ステーションホテル総支配人の藤崎斉氏に、クチコミデータとの向き合い方から、レベニューマネジメントとの関係、AI活用の展望まで聞いた。
藤崎氏は、日本のホテル業界でいち早くデジタル化の影響に着目し、レピュテーションマネジメントやレベニューマネジメントを経営に取り入れてきた第一人者としても知られている。
お客様が価値を決めるという原点
藤崎氏がオンライン上のレビュー、いわゆる“クチコミ”に着目したのは、2010年頃。ネット上に散在する評価やコメントを集約し、ホテル運営やマーケティングに生かす考え方が、世界で広がりはじめた頃だった。
それまで、ホテルがゲストの隠れた声を知る主な手段は、客室に置く紙のアンケートだった。ネット上には様々なコメントが発信され、消費者がホテル選びの参考にするなか、ホテル側はそれらを十分に把握しきれていなかった頃だ。
藤崎氏は「最終的にブランドやサービスの価値を決めるのはマーケットであり、ゲストだ。ならば、ネット上に出ている率直な感想や評価に向き合う必要があると理解した」と、当時を振り返る。
東京ステーションホテルがクチコミ分析の仕組みを取り入れたのは、2013年8月。東京駅丸の内駅舎の保存・復原工事を経た2012年10月の再開業後、オペレーションが軌道に乗った時期だった。「ここで改めて自分たちのマーケットからの評価をデータで可視化し、把握する必要があると考えた」(藤崎氏)
その後、ホテルにおける実運用での機能性と効果、特に多言語解析の実力が、日本ホテルグループの標準ツールとしての選定にもつながったという。
日本ホテル 常務取締役 東京ステーションホテル 総支配人 藤崎斉氏
“瞬間評価”に向き合い、“球際”の対応をサポート
藤崎氏はホテル業を「瞬間生産、瞬間消費、瞬間評価のビジネス」と表現する。館内で一杯のコーヒーを提供すれば、即座に消費と評価が発生する。今では、ゲストがその場でスマートフォンからコメントや画像を投稿し、その評価が瞬時に世界に公開される。プレッシャーのかかる現場だからこそ「テクノロジーのサポートが不可欠であり、オペレーションをプラットフォームに乗せる必要がある」と話す。
同館では、藤崎氏や副総支配人をはじめ、客室、レストラン・バーや、24時間対応が必要なフロント、ロビーなど主要部門を中心にトラストユーを10アカウントで運用している。注意すべき投稿をリアルタイムで通知するアラート機能を活用し、今起きていることをタイムリーに共有して、必要なアクションがとれる体制を敷いている。
例えば、ある晩、ネガティブな体験がネット上に投稿されたとする。アラートを検知した担当者が、その内容からゲストがまだ滞在中だと気づけば、その瞬間からゲストをフォローするための態勢に入る。必要な情報を、すぐに翌朝の朝食会場を担当するレストランチームへ共有すれば、そのゲストの来店時にスタッフが先んじて話しかけ、お詫びとともに不備への対応ができる。
「紙の引き継ぎ帳では、ここまで素早い対応は不可能だった。私はスタッフに、ゲスト一人ひとりの“球際”まで踏み込んだアプローチをしようと伝えている。ゲストの感情や行動、その瞬間のプロセス(いわゆるインサイト)まで想像して動くためのヒントを、クチコミのデータが教えてくれる」
クチコミは中長期的な改善にも使われる。総合スコアから評価項目、具体的なコメントまで確認し、インテリアや備品の設置場所や形状などの検証にも活用する。良かれと思って導入したサービスが全く触れられていなければ、それも一つの評価だ。藤崎氏は「ゲストの価値判断に謙虚になるため、つまり自己満足に陥らないためにも、絶対に必要なツールである」と考えている。
滞在中のゲストがオンライン上にクチコミ投稿をすることもある。検知することで、館内で最善の対応ができる可能性が高まる
顧客評価=価格、ゲストと育てるブランドを経営の判断軸に
ホテル業界で「RM」といえば、一般的にはレベニューマネジメントを指す。藤崎氏は、レピュテーションマネジメントもRMと呼ぶ。
「レベニューマネジメントは、過去の実績など自社データでの需要予測による価格設定から、競合などマーケットの需給バランスを加味した最適化へと進んだ。そして今は、顧客の評価が価格に直結する。レピュテーションマネジメントをあわせたRMが、本当のレベニューマネジメントだ」
トラストユーが算出した同ホテルの総合評価は、約95%という高い水準で推移している。ただし、藤崎氏が重視するのはスコアそのものではない。商品やサービスがゲストにどう受け止められているか、価格に見合う価値を感じているかをクチコミから読み取り、価格設定や販売戦略の判断材料にする。
その考え方がわかるひとつの例がある。
同ホテルは、設定価格や年配の利用者が多いイメージなどから、20代や30代の若い世代には「敷居が高い」という印象を持たれやすい。しかし、若い世代が実際にホテルを利用すると、スタッフの親しみやすさやサービスを評価するコメントが寄せられる。藤崎氏はそこから「新しい世代にも価値が正しく届いている」と読み取った。
トラストユーで同ホテルを担当するキーアカウントマネージャーの相馬丁力氏によると、同ホテルに寄せられるクチコミの数は圧倒的に多い。内容も文章が長く、ゲストが思いを乗せて書いているのが特徴的だという。
藤崎氏は「なぜこれほど書いていただけるのか、はっきりとは分からない。書きたくなる何かがあるのだろう」と話しながら、その背景には、ホテルとゲストの間に生まれる「共感」があると考えている。
「ゲストもホテルの歴史とストーリーの一部。ブランドは、ゲストとともに作り上げていくものだ。ホテルとゲストは同じ空間を共有するからこそ、ゲストはスタッフとの接点や滞在時間を通じ、その思いをホテルに返してくれる」
ホテルにとって、共感で結ばれる相手は館内のゲストだけではない。遠方のファンも、一緒にブランドを共創している。藤崎氏にとってネット上のクチコミは、対面で伝えられた言葉や手紙・館内アンケートと同等であり、数値化できない部分を教えてくれる大切なメッセージだと話す。
トラストユー キーアカウントマネージャー 相馬丁力氏
次の100年へバトンをつなぐ
これまで、紙のアンケートに寄せられた意見やメッセージには、藤崎氏が自筆のサインを添えて、郵送で返信をしてきた。しかし、その量は多く、返送まで数カ月を要してきたのが実情だ。そのため、オンラインのクチコミへの返信まで手が回らなかった。藤崎氏は「一件一件に向き合う機会を増やすためにも、テクノロジーの力を借りたい」と話す。
この課題解決に向けて、同ホテルでは今後、トラストユーのAIによるクチコミ返信機能「responseAI(レスポンス・エーアイ)」の活用を予定している。目指すのは、定型文の自動生成ではない。同ホテルが大切にする考え方や言葉遣いをAIが学習し、同ホテルらしい返信の下書きを作成する。最終的には人が確認をし、より多くのゲストとの対話につなげる考えだ。
こうした導入施設の運用に対し、トラストユーでは有効活用に向けた支援をおこなっている。東京ステーションホテルも不明点や相談などがあれば都度、問い合わせをし、トラストユーはその内容に応じて、講習会の実施や機能を活用した課題解決の提案などをしているという。
ゲストとの接点を大切にするためにも、AIの力を活用するさらに、ゲストの声を共有する基盤であるトラストユーには、同ホテルが大切にしてきた思想を組織に浸透させ、次世代へ継承する後押しになると期待している。
組織は、スタッフの入れ替わりを避けることはできない。それでも、トラストユーを通じ、誰もが同じレポートを見てゲストの声を考え、対応方法を学んでいくことで、同ホテルが100年にわたり大切にしてきた不変のマインドを、次世代が引き継ぎやすくなると考えるからだ。
「100年先、丸の内の街並みは一変しているかもしれない。しかし、重要文化財であるこの東京駅丸の内駅舎の姿と、東京ステーションホテルという暖簾が市場から撤退することは許されない。次の世代へバトンを渡すためには、変えてはいけないものと、時代にあわせて加えていくもの、その両方の視点が必要だ。ゴールは常に、ゲストの幸せである。そのために、これからもゲストの声に対し、愚直に向き合い続けていく」。藤崎氏は、力を込めた。
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記事:トラベルボイス企画部





