日本観光振興協会の最明(さいみょう)です。
今夏も梅雨明けから連日猛暑が続いています。このコラムが掲載される頃には、少しは和らいでくれると良いのですが。今回は、暑さに負けない観光地域づくりを考えます。
※写真:観光客で賑わう熱海駅前(筆者撮影)
私はJR東日本で長く鉄道旅客営業を担当してきました。鉄道の運賃・料金収入は、沿線人口、通勤・通学客数、休日の配置、ダイヤ改正、大規模イベントなどに加え、天候にも左右されます。週末の雨で行楽客が減り、都心部の降雪で出控えが起こる一方、降雪地域では自動車や自転車から鉄道へのシフトで売り上げが伸びることもあります。
社内の定例報告ではこうした状況から説明に入るのですが、収入が振るわないと、幹部から「営業部門は天候や曜日配列ばかりを理由にしている」「天候に左右されない施策を打つべきだ」と厳しい意見をもらいました。同僚から、私の説明は「言い訳」にしか聞こえないと言われたこともあります。
夏は観光の最繁忙期です。しかし、ここまで暑さが厳しくなると外出する人の数にも影響が出ます。駅頭で人気のスタンプラリーに参加する家族連れを見ていると、子どもたちから「暑くてもう並びたくない」「家に帰りたい」と声が上がっていました。数年前までこんなことはありませんでした。
厳しい気候はこの先も繰り返されるでしょう。観光産業もこれを前提に備え、施策を打たなければなりません。
酷暑時代に問われる観光地域づくり
一方、全国には天候に左右されず観光客で活況を呈している地域があります。都市圏の屋内施設や軽井沢のような避暑地だけでなく、越後妻有大地の芸術祭や瀬戸内国際芸術祭、FUJI ROCK FESTIVALのような地方の野外イベントでも、回を重ねるごとに来場者を増やしているところがあります。音楽やアートを通じて交流人口を関係人口の拡大につなげた好事例です。
猛暑への備えとは、単に日陰や冷房施設を増やすことだけではありません。天候が悪くても、暑さが厳しくても、「それでも行きたい」「また帰りたい」と思える地域との関係をどう育てるかが問われています。そこで、暑すぎる夏、厳しさを増す気候にも負けない観光地域づくりのヒントを考えるため、静岡県熱海市に注目しました。
熱海市は、1969(昭和44)年度には530万人を超える宿泊客を記録しましたが、その後は減少しました。一時は多くの宿泊施設が姿を消し、海岸や市街地が寂れた時期もありました。ところが今では、1年を通じて多くの観光客でにぎわう人気の街に復活しています。
私はJR発足直後から東海道本線、伊東線の輸送計画や観光による販売促進などに関わりました。当時は熱海観光が下降線をたどる真の理由をつかめず、価格訴求型のパッケージツアーの販売や短期キャンペーンを繰り返し、とにかく来訪者数を増やそうとしていました。
しかし、当時の熱海では、花火大会や梅まつりなどイベント運営は市役所や観光協会に任せきりで、行政と産業、市民が一体となって観光を盛り立てる状況にはなく、施策も前例踏襲型でした。
私自身も短期滞在の交流人口を増やすことに主眼を置き、送客する側としての意識が強かったと思います。地域全体を商品化したかったものの、受け入れる側の地域連携がまだ十分に進んでいませんでした。その後、リーマンショックに端を発する不景気が団体客中心だった熱海を直撃し、観光交流客数は再び減少しました。一時的な需要回復だけでは、地域の持続的な活性化につながらないことを示したのです。
熱海再生を支えた2つの取り組みと「風土」
では、なぜ熱海は現在のような活況を取り戻せたのでしょうか。今回、熱海観光局(DMO)やJR、地元観光関係者からお話を伺いました。
現在の熱海では、「熱海という地域そのものを一つの観光資源として楽しんでもらおう」という考えが強くなっています。施設間で競うのではなく、地域全体の観光価値を高める。「自分の旅館に泊まってもらう」だけでなく、熱海に来てもらい、街を歩き、複数の施設や店、観光資源を利用してもらう。そして「また熱海に来たい」という関係をつくることに地域全体で取り組んでいます。
地元関係者によると、その転機には二つの取り組みと熱海らしい「風土」がありました。取り組みの一つは「ロケーションサービス」、もう一つが「リノベーションまちづくり」です。
2012(平成24)年度、一人の市職員が「ADさんいらっしゃい!」と称したテレビなどのロケを支援するロケーションサービスを立ち上げました。「365日24時間OK!」をうたい文句に、店舗やホテル、交通機関、道路使用などの交渉をワンストップで引き受け、マスコミから高い信頼を獲得。旅番組だけでなく、ドラマや映画、CMなどへの露出が激増し、特に若い女性層へのアピールにつながりました。
リノベーションまちづくりでは、シャッター通りとなった市街地の再生に着手しました。地域再発見イベント「オンたま(熱海温泉玉手箱)」やマルシェなどを開催し、熱海に関心を持つ移住者と古くからの地域住民を結びつけました。
さらに、空き家をリノベーションして簡易宿泊施設として開業し、移住してきた若者に運営を任せました。宿泊に特化し、飲食や入湯は地域の既存店舗が担うことで、「街全体がひとつの宿泊施設」となって宿泊客が街を回遊する仕組みをつくりました。コワーキングスペースやスクールも設け、若者を呼び込み、地域で活躍する「プレーヤー」を次々に生み出しました。
そして重要なのが、こうした動きを周囲が惜しみなくバックアップする熱海の「風土」です。
ロケーションサービスは、地元の飲食店やホテル、鉄道会社、警察などの全面的な協力があってこそ成り立ちます。リノベーションでも店舗オーナーが物件を積極的に提供し、市職員も休日に会場設営や受付を手伝います。市長、観光協会会長も積極的に観光を牽引しています。そこには「やらされ感」がありません。
一度寂れてリブートしたからこそ、変われたのかもしれません。
熱海市では2026年から2030年までの観光基本計画を策定しました。過去にはリゾートマンションの急増によって景観や住環境、地域コミュニティへの影響が懸念され、観光地としての持続性と定住人口とのバランスを図るため、観光政策と都市政策の統合的なアプローチも進められてきました。
また、地元の人の再発見からスタートし、市民全員が来訪者に「意外といい熱海」を勧め、満足度と再来訪率向上を目指す「意外と熱海」プロジェクトでは、市とJTBが事務局として中心になり、観光協会、旅館組合、商工会議所、交通事業者、まちづくり団体、旅行会社などが連携しました。市民・事業者・行政が一体となり、年間を通じて地域の魅力を磨き、発信し、届ける仕組みを構築したことが成功の鍵になっています。
起雲閣や足湯、梅園・糸川遊歩道、海岸線などの観光基盤整備も継続して進められ、ハード整備と戦略的プロモーションが両輪となって観光イメージを刷新しました。新しい観光基本計画には、ロケーションサービスやリノベーションまちづくりの考え方も盛り込まれています。
観光客数から「帰ってくる人」へ
ここで重要なのは、これらの取り組みが、単に観光客数を回復させるための施策ではなかったことです。熱海に関心を持った人が街に関わり、何度も訪れるだけでなく、店を開き、宿を営み、イベントを支え、地域の魅力を外へ伝える。そうした継続的な関わりを生み出した点に、熱海再生の大きな意味があります。
こうした取り組みで熱海と関わる人々は、住民ではありません。しかし、単なる一度きりの観光客でもありません。移住して店や宿を営む人、イベントを支える人、何度も訪れるファン、二拠点で関わる人。そうした多様な人々。まさに「関係人口」です。
「住んでいなくても、熱海のファンとして継続的に地域と関わる人を増やす」という発想は共通しています。
意識の高いプレーヤーの存在と、地元と移住者、官と民など、他者を排除しない「風土」によって関係人口や二拠点居住が増え、天候に左右されにくい強固な観光交流が生まれることを、熱海は証明してくれていると思います。
「観光客数を競う時代から、何度帰ってきてくれる人を育てられるかを競う時代へ。」猛暑に負けない観光地域づくりのヒントは、やはり熱海にありました。





