日本観光振興協会の最明(さいみょう)です。
旅先での出会いが、子どもの可能性を開き、社会を見る目を変える教育旅行。その価値を、観光産業はどう支え、育てていけるでしょうか。次期学習指導要領の検討が進む今、福島の「ホープツーリズム」を手がかりに、旅を「学びの社会基盤」にするために必要なことを考えます。
※写真:福島県双葉郡富岡町の「とみおかアーカイブミュージアム」(提供:同ミュージアム)
もう30年以上前のことになります。私は福島県矢祭町の町立中学校のオーストラリア・シドニーへの修学旅行に、添乗員として同行しました。
矢祭町では、竹下登内閣の「ふるさと創生事業」で交付された1億円を財源に、国際化時代を担う人材育成を目的として、町内の公立中学3年生全員を毎年オーストラリアへ送り出していました。当時としては先進的な取り組みだけに、町民から批判や不安の声も多く、実現までにはさまざまな苦労があったそうです。
しかし、海外への修学旅行をきっかけに英語や外国への関心を高め、成人後に海外で仕事をするようになった卒業生もいました。「将来を考える際の選択肢が広がった」という声も多く寄せられたと聞いています。
私自身、今でも忘れられない光景があります。現地校との交流で、一人の女子生徒が日本文化として書道を披露しました。普段は少しヤンチャなところのある生徒でしたが、その書は周囲を驚かせるほど見事でした。
それまで彼女に対して抱いていた教職員や同級生の見方が、その瞬間を境に変わりました。そして、賞賛を浴びた彼女自身の表情も変わりました。どこか自信に満ち、自分でも気づいていなかった一面を発揮したのです。
旅は、人の新しい可能性を発見する場にもなる。この経験は、私にとって教育旅行の意義を考える原点の一つになっています。
次期学習指導要領と「旅で学ぶ」ということ
2026年は、2028年度以降に順次実施予定の次期学習指導要領を検討する重要な年です。8月31日には中央教育審議会から中間報告が示され、10月5日に「次期学習指導要領等に向けた審議まとめ」が公表されました。
現在、中学校・高等学校の修学旅行は、特別活動の「旅行・集団宿泊的行事」に位置付けられています。次期学習指導要領に向けた審議では、総合的な学習・探究の時間との関係を整理し、探究として成立する部分を総合の学習として扱う方向が示されています。さらに「主体的・対話的で深い学び」「統合的な理解・総合的な発揮」といった考え方が示されました。これは、教育旅行を「学校の外で行う行事」から「探究のフィールド」へと捉え直す機会です。
その学びを旅行の事前学習・現地での体験・事後学習とつなげて考えると、次期学習指導要領が重視する「主体的・対話的で深い学び」と親和性が高いといえます。さらに、教科で学んだ知識を地域や社会の現実と結び付け、現地で得た他者の考えを自分なりの判断や提案につなげることは、「統合的な理解・総合的な発揮」に通じると考えています。
地域の人々と直接出会い、自然や産業に触れ、歴史や文化を肌で感じる。自分とは異なる環境や価値観に向き合い、ときには正解のない問いについて考える。こうした経験は、教室での学びを広げ、深めるものになると期待されます。
教育旅行(修学旅行、校外研修、現地研修、海外留学など)は、まさにそのためのフィールドになり得ます。もちろん、旅行に出かければ自動的に探究的な学びが生まれるわけではありません。何を問い、誰と対話し、何を持ち帰るのか。事前学習から現地での活動、帰校後の振り返りまでを一体的に設計することが重要です。
教育旅行の未来を先取り、福島県「ホープツーリズム」
教育旅行の可能性を考えるうえで、私が強く感銘を受けているのが、福島県の「ホープツーリズム」です。
ホープツーリズムとは、福島県が推進する学びの旅です。灘高校3年生の時に阪神・淡路大震災を経験し、その後、福島に移住した福島大学前准教授の前川直哉氏をはじめ多くの関係者が作り上げました。東日本大震災と原子力災害を「震災・防災学習」だけに限定せず、複合災害を経験した福島の「ありのままの姿」を見て、復興に挑戦する人々と対話し、そこから持続可能な社会や地域づくりについて自分自身の問題として考えるスタディツアーです。その特徴は、「正解のない問い」を持ち帰ることです。
提案されているモデルコースでは、被災地域を歩き、住民、農家、事業者、医療関係者、地域団体、東京電力の社員など、異なる立場の人々と対話し、そして夜には1日の「振り返り」をおこないます。最終日には、震災・原発事故によって顕在化した社会課題を「福島だけの問題」ではなく、自分たちの地域や日本社会の問題として考えるワークショップが開催されます。
数年前、私は双葉町にある「東日本大震災・原子力災害伝承館」と富岡町の「とみおかアーカイブ・ミュージアム」を訪問しました。同じ震災・原発事故を扱っていても、ひとつひとつの展示の解説に微妙な違いを感じました。所在する地域、執筆者の年代、震災・原発事故の経験などによって捉え方が異なるのかもしれません。とても重い感情を持ち帰った記憶が残っています。
同じ出来事でも、立場や経験によって見え方が違う。そこに「主体的・対話的で深い学び」の出発点があるのではないでしょうか。
実際に、筑波大学附属駒場中学校・高等学校や灘中学校・高等学校などが、このプログラムを教育旅行として実践しています。灘中・高は2016年から毎年「ふくしま学宿」を実施してきました。福島を、社会課題を通して過去・現在・未来を考える学びの場として位置づけているのです。
同校の教員は、ホープツーリズムについて「普段目立たないタイプの生徒が、真剣にグループ討議に参加して意見を述べる姿が印象的だった」と語っています。教室の外で心を動かされることで、生徒が思いもよらない姿を見せる。そして、福島で地域をよくしようと奮闘する大人や若者との出会いを通して、自分の生き方まで考える。これは、私が30年以上前のオーストラリアで目にした女子生徒の姿とも重なります。
さらに興味深いのが、福島大学での取り組みです。
福島大学には、学生が双葉郡川内村、大熊町、南相馬市小高区などを繰り返し訪問し、地域住民との交流や調査、地域課題の解決に向けた活動を行うフィールドワーク科目「むらの大学」があります。現地で学んで終わりではなく、大学での学習と地域での実践を往復しながら、一年間かけて学びを深める仕組みです。
つまり、福島ではすでに「地域そのものを教室にする」「人との対話を教材にする」という教育が始まっているのです。ここに教育旅行の大きな可能性があると思います。
ホープツーリズムの価値は、被災地を「悲惨な過去」として保存することではありません。復興途上にある地域の現在を見て、そこに暮らす人々の葛藤や挑戦を知り、「では自分ならどうするのか」と考えることです。
例えば、常磐炭鉱の産業遺産、再生可能エネルギー、廃炉、地域産業などをつなぎ、異なる立場の人々と対話すれば「エネルギーと地域社会のこれから」を多面的に考えられます。ひとつの地域に重なる産業、環境、人口減少などの課題を通じて「統合的な理解・総合的な発揮」につながる学びが生まれます。
福島県のホープツーリズムには、企業や行政機関向けの人材育成プログラムもあります。例えば、震災・原発事故の影響を受けた地域でのフィールドワーク、現地の人々との対話、ケーススタディを組み合わせ、危機管理や企業の社会的責任について考えます。最後には、自分の組織や社会に教訓をどう生かすかを考えるところまで進みます。
社会人にとっても、旅は組織の中だけでは得られない「越境的な学び」の場になります。私は、旅をこうした「学びの社会基盤」にしたいと思っています。
「福島県ホープツーリズム総合ガイドブック」と「福島県教育旅行総合ガイドブック」(筆者撮影)
観光産業は教育のパートナーに
こうした教育旅行を支えるのが観光産業です。
鉄道やバスなどの交通事業者、宿泊施設、旅行会社、DMO、地域の事業者や住民。私たちは子どもたちの移動や滞在を支えるだけでなく、地域の人々や社会と出会う機会をつくる役割も担っています。
そして、観光は、交通、環境、産業、文化、住民生活などを横断して理解し、対話を具体的な成果につなげる産業です。その経験を生かし、次期学習指導要領が目指す学びを社会実装するパートナーになれると思います。
次期学習指導要領の検討を契機に、3つの提案
教育旅行を「社会と未来を学ぶ機会」として充実させるには、学校教育と観光政策の双方から支える必要があります。次期学習指導要領の検討を機に、私は次の3点を提案します。
第一に、教育旅行を探究的な学びにつなげる具体的な設計を進めること。「総合的な探究の時間」や教科横断的な学びにつながる機会として明確に位置づけ、事前学習、現地での対話や体験、事後の振り返りを一体的に設計することが必要です。
第二に、学校と地域、観光産業を結ぶ連携体制を構築すること。DMOなどを地域の「探究学習の受け皿」として位置づけることが必要です。
第三に、教育旅行の成果を旅行者数や経済効果だけで測らないこと。子どもたちの学びや成長、地域への理解、継続的な交流、受入地域の持続可能性などを評価する視点が必要です。
そして、教育機会の公平性も忘れてはなりません。旅行代金の上昇によって沖縄など遠方への修学旅行を見直す学校が出ているほか、経済的な理由から修学旅行への参加を諦める子どもがいると、旅行会社から聞きました。
「旅を通じて学ぶ」機会を、家庭の経済状況によって失わせてはいけません。国においても、修学旅行を含む教育旅行への財政的な支援の充実を改めて検討していただきたいと思います。
次期学習指導要領の検討を契機に、学校、地域、観光産業が力を合わせ、教育旅行(修学旅行・現地研修・留学)、そして社会人研修までを「社会と接続する学び」として明確に位置づけていく。その議論を、今こそ始めるべきではないでしょうか。




