脱マスツーリズムで求められる「文化観光」、体験・交流で新しい価値を

千葉千枝子の観光ビジネス解説(9)

文化観光でアイデンティティを醸成する観光のあり方を


 

*ラオス世界遺産の街ルアンパバーン。托鉢の僧への施しは外国人に人気の文化観光だ

体験してもらう旅を提供していくことが、旅行会社や地域には求められて久しい。着地型旅行商品が数々、地域の側の努力で誕生しているが、まさに脱マスツーリズムの時代にあるといえよう。

昭和のマスツーリズムの時代は、画一的な団体旅行が主流だった。だがインターネットの登場で個人旅行が増えた今、他人がまだ経験したことのないコト、あたかもそこに暮らしているかのような日常的な体験や交流、触れあいが、旅の現場に求められている。

その最たるところに、「文化観光」がある。


京都で人気の舞妓体験。ホンモノになりきり街なかを散策する女性たちに、多くの外国人観光客がカメラのシャッターを切った。

日本における文化観光とは、「日本の歴史、伝統といった文化的な要素に対する知的欲求を満たすことを目的とする観光」と、観光庁は定義する。

世界におけるカルチュラルツーリズムはすでに細分化されており、その一つは、文化人類学的視点からエスニックツーリズムと呼ばれることもある。民俗的なものへの興味、憧憬や郷愁は、異国を旅したときに誰もが経験するはずだ。また、原風景に魅せられて祖国やふるさとへの想いを募らせ、望郷の念を抱くこともあるだろう。

これらに共通するのは“アイデンティティ”だ。日本人であることやふるさとへの誇り、それぞれの地域のアイデンティティを醸成するような観光のあり方が今、求められている。


▼脱マスツーリズムで求められる文化観光

体験や交流で旅の新価値を創出

貸衣裳の即席で韓流気分に。仁川・月尾公園のトラディショナル・ガーデンでインドネシアからの女性記者と筆者(右)

この変化の潮流は、観光に成熟した欧米からアジア諸国にもたらした。日本よりも早くにその潮流に乗った国々では、民族衣装を観光客向けに無料で着用させたり、エスニックフードの料理教室を招聘した記者に体験させるなど、さまざまな文化体験のメニューを用意した。

もっともわかりやすいプロモーションを行ったのが韓国である。歴史ドラマを大量に輸出したことで、日本に旋風を巻き起こした韓流ブームは、中国や東アジアにまで伝播した。色彩鮮やかなチマチョゴリから、歴史ドラマに登場する女官や武官に至るまで、そのエスニックで伝統的な衣装と撮影セットを、外国人観光客が訪れそうな場所、それも庶民が日ごろ利用する市場の休憩所にまで用意して、無料で撮影をうながした。

一般のツーリストたちはフェイスブックやツィッターで瞬時に、その姿を披露して、世界に向けて拡散がなされた。これ以上の観光親善大使、はたまた旅行ジャーナリストは存在しないであろう。旅をした誰もが旅の主役となり、情報発信者になっている。

これこそが韓国における国家のブランディングであり、経済競争――日本製に比べて安価な家電製品や自動車の輸出――にも、一役買ったのである。


▼文化観光の起源はグランドツアー

視るだけでなく体験させる

スパイシーなタイフードをバンコク・チャオプラヤー川の船上料理教室で手習いする筆者

旅の原型は、大きく3つあるといわれる。ひとつは西遊記に代表される仏典を求める旅、2つめは交易を目的にしたシルクロード(絹の道)の旅、そして宗教にもとづく巡礼旅(メッカ巡礼など)である。

それがやがて18世紀に入ると、グランドツアーと呼ばれるハイカルチャー(高級文化)な旅が登場した。グランドツアーとは、英国貴族の子弟が語学や教養、芸術、社交慣習の修得を目的に、従者や家庭教師をともないフランスやイタリアをめぐる体験的な学びの旅を意味する。経済学者のアダム・スミスも家庭教師として、グランドツアーの随行を経験したという。

このグランドツアーこそが、文化観光の起源であるといえる。ここで重要なのは単に視るだけでなく、本場で体験をするという点にある。百聞は一見にしかず。それを叶えるのが旅なのである。

日本もまた体験や交流で、旅に新たな価値を創出していくことが求められている。次号では、日本の具体的な取り組みについて詳しく紹介したい。


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