航空機で「赤ちゃんが泣かない」は実現するのか? ANAが着手した異業種コラボの調査飛行を密着取材してきた

赤ちゃんも機内で快適に過ごすことができるなら――。そんな全日空(ANA)の想いに共感し、ベビーグッズのコンビ株式会社、化学製品の東レ、そして通信事業のNTTと異業種企業が手を組んで、「赤ちゃんが泣かない!? ヒコーキ」プロジェクトを立ち上げた。その試験的なフライトがあったのは2017年10月1日。34組の赤ちゃん連れ旅客が成田/宮崎間を往復し、第一回目の“調査”に参加した。その全容をリポートする。

4社が異例のコラボ、乳幼児連れ旅行で機内の時間を快適に

ネットでも是非を含めて頻繁に話題になる「子連れ旅行」。騒ぐ子どもや赤ちゃんの泣き声が我慢ならないという人も多く、周囲への迷惑を考えて公共の乗り物、とりわけ飛行機での移動に消極的な家庭が多い。ANAのデータにも如実に表れており、乳幼児連れ利用客の占める割合は国内線で1.6%、国際線ではさらに半分の0.8%。非常に少ないことが見て取れる。乗客からも、周囲を気遣うあまり飛行機の利用を控えたいといった声はずっと聞こえていたという。

そこに対応すべくプロジェクトが立ち上がったのは、ちょっとした偶然だ。2015年に異業種間の会合でANA担当者がたまたま居合わせたNTT担当者との間でNTTと東レが共同開発した製品「hitoe(ヒトエ)」について話題になった。「hitoe」とはNTTの繊維導電化技術と東レのナノファイバー素材を組み合わせた機能素材であり、身に着けることで長時間にわたり心拍数や心電波形などの生体情報を取得することができるものだ。

トランスミッターを装着すればスマートフォンなどにデータを転送し手軽に身体の状態を把握することが可能。すでに商品化されており、マラソンランナーなどのアスリートや作業者安全用に一般利用されている。これを利用して機内の赤ちゃんの状態をモニターすることで、泣き出すタイミングなどを事前に察知できるのではないか、というところに注目した。つまり赤ちゃんの機嫌が悪くなってきたところでタイミングよくあやしたりすることができれば、ギャン泣きを防げるかもしれないというものだ。

赤ちゃんの胴に直接巻き付ける「hitoe」。心拍数などの生体情報から、眠い、安心している、といった赤ちゃんの状態や機嫌を把握することが可能に
hitoe装着。装着感から、号泣する子もいればケロッとしている子も

「当社には研究・開発機関がないので、共同で、ということになった」と話すのはANAホールディングス デジタル・デザイン・ラボのチーフディレクター津田佳明氏。「赤ちゃんが泣くことに否定的なのではなくて、あくまでもお客さまの機内での快適性を考えてのこと」という。子連れ客の数を増やすことを目指すより、子連れでも気軽に安心して航空機利用ができるようにすることを目的に置いた。

また、東レ機能製品事業部門長の鳥越和峰氏も「これまで赤ちゃんを対象にした研究がされてこなかった。このプロジェクトの結果が楽しみ」と意欲を見せる。赤ちゃん用にはhitoeを使って測定したデータから赤ちゃんの状態を推定し、機嫌の良し悪しや「眠い」といった状態を知らせるアプリを開発。今回のフライトには、赤ちゃんとの外出を支援するグッズを手掛けるコンビ株式会社も加わり、赤ちゃんが泣きだす原因の一つと見られる気圧変化による耳の痛みを和らげる赤ちゃん用マグでの水分補給、タブレットをなめるといった解消法をも試すなど試験運用が行われた。保護者には赤ちゃんが泣いたりむずかったりしたときにアプリにその都度記録してもらい、データをとるのだ。

プロジェクト参加の企業の面々。左からNTT先端技術総合研究所の塚田研究員、東レ 鳥越和峰氏、コンビ プロダクトセンター部長 小倉一直氏、モデルファミリー、NTT先端技術総合研究所 佐藤良明氏、ANA 津田佳明氏

搭乗前、離陸前に泣く子が続出

10月1日、成田空港の国内線ロビーに集まったのは34組114名の赤ちゃん連れ家族だ。3歳までの赤ちゃんが36名、ゲート前でhitoeを装着する。アプリを開発するNTTの作業員が細かな説明をしつつ赤ちゃんたちにhitoeのベルトを巻く――が、ここで号泣する赤ちゃんが続出。早くも難関に直面していた。

東レの開発したナノファイバー素材は肌への密着度が高く、かつ金属製の繊維を含まないため肌にやさしい。そのうえ水にも強いので汗や湿気にも強い。そうした利点は数多くあるものの、「締め付けられる」「違和感がある」のか、泣き出す赤ちゃんが多かった。テレビでふだん見ているような子ども向け番組を見せ、かつプレイスペースを利用するなどして赤ちゃんたちのご機嫌をとる両親。子連れ旅行ではおなじみの場面である。

搭乗が済み、いよいよ離陸。機内アナウンスでも、客室乗務員(CA)が「飲み物を飲ませるか、タブレットを与えてください」といつものフライトとは違う案内がある。ちなみに、この日の乗務員6名は全員ママCA。ANAではこのフライトの乗務のため社内公募をしたところ、70人以上のママCAが応募したというので、CAたちの関心も高いことがうかがわれる。

搭乗まではいっぱい遊ばせて疲れさせ、機内で眠ってくれれば。という保護者も多い。とはいえ、これだけ赤ちゃんばかりのフライトなら、気が楽泣かない子は旅慣れている子が多く、また、保護者による準備も万端ママCAさんゆえ、あちらこちらで「あ、ウチの子と同じ歳です~」というような会話が聴こえてくる。

筆者の座席近くには1歳2か月、2歳、1歳の赤ちゃんがいたが、離陸時に泣くことはなく、いたって静かなフライトとなった。話を聞くと、2歳、1歳の赤ちゃんはどちらも両親の実家が地方であるため飛行機に乗り慣れているという。「むしろ飛行機は大好きなんじゃないですかね」と両親も余裕だ。ただ、2時間あまりのフライトも後半になってくると退屈してくるようで、激しくぐずりはしないものの、2歳の子では時間を持て余す様子が見られた。1歳児はふたりとも時々ぐずるが、後半は爆睡。Hitoeとの連動アプリを見ると、「ねむ~い」との表示がされており、なかなか精度が高いようだ。

1歳2か月のイトウソウスケくんは今回が初の搭乗体験だったというが、「準備は近所に買い物に出る程度」と保護者が言うように、軽装での搭乗。しかし機内エンターテイメントもなく、おもちゃの持ち合わせもないのに特に手に負えないようなむずかりがなかったのが印象的だ。両親に話しを聞くと、「飛行機に乗ったときどんな反応になるのか心配だったけれど、このくらいなら安心。この先も飛行機を使った旅行も考えたい」とのこと。復路では特に、どの赤ちゃんも旅の疲れか眠っている子が多く、往路に比べ静かなフライトとなった。

慣れが重要? “泣かない子”に見られる特徴も

復路でもhitoeを装着するのだが、宮崎空港での装着シーンは赤ちゃんの号泣のオンパレードだった。往路でのことを覚えているのか、ベルトを見た瞬間泣き出す赤ちゃんも。装着感は快適、とされているものの、やはり「なにかを着けている」というだけで嫌がる赤ちゃんがいることは今後の改良計画のトップになることだろう。

また、離陸時の気圧変化に備え飲み物を飲ませる、あるいはタブレットをなめさせるといったことに関しても、実際は赤ちゃんに飲み物を与えてもタイミングよく飲んでくれないといったことが頻発し、これもまた課題の一つになったのではないかと思う。

意外なことに、気圧が変化し耳に圧がかかるタイミングで泣き出す子はあまりいない印象だ。赤ちゃんが泣きだす理由としては、やはり離着陸時など、大人も立ち歩くことができず行動を制限されることが大きいのではないだろうか。また、まったく泣かない、機嫌のいい子の保護者に話しを聞くと、これまでに何度か飛行機に乗った経験がある子がほとんどで、保護者もおもちゃやお菓子を用意するなど“慣れ”も赤ちゃんの機嫌に深く関係がありそうだ。

Hitoeとアプリによる赤ちゃんのモニタリングは、利用者によって差がある結果となった。赤ちゃんがむずかってベルトがずれるなどしてちゃんと測定できなかったケースもあったが、「それも想定内。今回の実際のデータと照らし合わせて、改良点などを検討していきたい」とアプリ開発チームのメンバーはいう。ANAの津田氏も「当然のことながら、今回のこのフライトだけで“赤ちゃんが泣かない”を実現するのはムリ。あくまでも試験であり、より快適な空の旅のための第一歩を踏み出したところ」といい、この先の展開に期待をかける。なにしろ、これまでこうした実際に赤ちゃんに搭乗してもらった実践的なデータがとれる試験はなかったのだ。プロジェクトに参加する各社とも今回のフライトを非常に有意義なものとして高く評価していた。

参加者からは「来年の夏の旅行に向けて練習ができた」「赤ちゃんの機内での様子がわかったので、(旅に出る)自信がついた」といったコメントが聞かれ、ベビ連れ旅に対して前向きな気持ちになった人も多かったようだ。

まだ実際の運用には程遠いが、ANAではhitoeとアプリを用いた赤ちゃんモニターをサービス化する場合、希望があれば誰でも無償で利用できるものとして導入する意向だ。また、耳が痛くなりにくいマグなどのケア商品についても、機内アメニティとして提供することも考えていく可能性があるという。

赤ちゃんの機嫌が手に取るようにわかったところで、荷物を減らしたりあやしたりする手間が省けるわけではないが、言葉をまだ発することができない赤ちゃんとのコミュニケーションツールとなることは間違いない。

チェックインに訪れた各社の社員ファミリー。この日は34家族、36名の3歳までの赤ちゃんに総勢114名が集まった

取材・記事 トラベルジャーナリスト 岩佐史絵

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