大気汚染による観光産業の機会損失の実態は? アジアの現状と対応を聞いてきた ―前編【外電】

ホテルのアップグレードサービスに「室内空気清浄機の設置」が含まれていることで、大気汚染が度を越してひどくなってしまった。あるいは、子供を持つ企業幹部社員などが、ひどいスモッグがある場所で生活したり働くことを避けるため拒み、仕事のオファーを断ったり、新しい勤務地を要求したりし始めている。これも、大気汚染の深刻さを物語っている――。

アジアは「世界で最も大気汚染がひどい国」リストの上位を占めている。大気汚染測定ツールなどを手掛けるIQAirエアビジュアル社が発表した2018年度「世界大気品質レポート」によれば、上位25カ国の中にはバングラデシュ、パキスタン、インド、インドネシア、中国、ベトナム、スリランカ、タイといったアジアの主要国が入っている。

アジアにとって望ましくないこのランキングは、観光業界にとって多くの意味を持つ。大気汚染レベルに対して、旅行者や業界従事者が注意を払うようになっているからだ。

中東のランクも高く、上位10カ国中にバーレーン、クウェート、アラブ首長国連邦が入る。

※この記事は、米・観光専門ニュースメディア「スキフト(skift)」に掲載された英文記事を、同社との提携に基づいてトラベルボイス編集部が日本語翻訳・編集したものです。

最大の原因は「野焼き」、都市化による影響も

デリーは2018年度のランキングで「世界で最も大気汚染がひどい首都」になった。東南アジアの首都では、ジャカルタとハノイが最も不名誉な結果に。タイでも多くの都市が上位にランキングされている。事実、タイで最も多くの人が訪れる都市の1つであるチェンマイは、2019年3月の一時期、ランキングでデリーを上回るというありがたくない記録を残している。その時期、チェンマイでは季節的な野焼きがおこなわれ、これまでにないほどの最悪な大気汚染を生み出したとされる。

これから育てる作物に対して栄養豊かな環境を与えるために土地を焼く野焼きは、東南アジア、特にインドネシアにおける大気汚染の大きな発生源となっている。2015年には同国の大気汚染が国境を超えて近隣諸国にまで広がり、1997年以来最悪の「スモッグ危機」を引き起こした。このスモッグが原因で約10万人の寿命を縮めたとも推計されている。また、外交的緊張を刺激し、観光訪問客の拡大も阻害している。

タイのチェンマイは今年も、2月から4月まで続く野焼きの影響に悩まされている。「少なくとも過去10年間、毎年続いており、少しも改善されていない。今年はこれまでの経験の中でも最悪」と、20年以上チェンマイに住むある観光業界ベテラン退職者は言う。

「全ての山腹に火がつけられる。森の堆積物や枯れ葉が大量の有毒ガスを排出する。それらはくすぶり、そして何日も続く。チェンマイ県やチェンライ県に限ったことではない」と語るのは、チェンマイ産業界の要人のひとり。「数年前にチェンマイからナンまで300キロをドライブしたことがある。その時、国立公園を除いて焼かれていない森は1区画として見られなかった。基本的にタイ北部では全て野焼きをおこなう。小さな動物や昆虫、まだ若い木、そして地面に生えた植物は全て殺される。年々進行する環境へのダメージは計り知れない」。

「野焼きは価値の高いキノコ類の成長を促進し、収穫を簡単にするためにおこなわれる。それらのキノコは、どうやら実入りのいい中国市場に販売されているようだ。強欲さがこの事態を招いている」。

一方、IQAirエアビジュアルは、オートバイなどの小型車両がたくさん走る都市部では、輸送業や工業が大気汚染の主な原因になっていると分析する。「(東南アジアでは)都市化と大気汚染の間に高い相関関係がある。ジャカルタとハノイの大気汚染は同地域で最も高い数値が記録されたこともあり、大気汚染がひどい都市ランキングの中にも入っている」。

野焼きやバイオマス燃料の燃焼以外で南アジアに共通する大気汚染の原因には、車の排気ガス、産業排出物、石炭燃焼が含まれるというのが同社の見解だ。

大気汚染による旅行業の機会損失額は?

インドでシタ・トラベルズ社、トラベル・コーポレーション・インディア社、およびディスタント・フロンティアズ社でマネージング・ディレクターを務めるディパク・デヴァ氏は、「この国はひどい状態にある」と発言。観光客が徐々に質の高い体験を求めるようになり、デヴァ氏のような業界関係者たちは苛立ちを隠せない状況になっている。

デヴァ氏が経営する3つのインバウンド向け旅行代理店では、大気汚染が原因でインドへの旅行がキャンセルされているようなことはない。しかし同氏は、そうならないようにするため、すぐにでも何か手を打つ必要があると主張する。大気汚染への懸念から予約されなかったことによるビジネス上の機会損失額は、確かめようがないのだ。

「すでに多くの顧客から大気汚染について問い合わせが入っている。幸いなことに、汚染されているのはデリーだけで、14日間の旅行中、首都には2日しかいない。そうだとしても、2日間もデリーに来ることを人には勧められない。肺がトラブルを起こさないうちに外に連れ出すだろう」。

「さらに、デリーだけでなくインド北部全体が汚染されていると認識されている。それが問題」と、デヴァ氏。

「誰でも汚染レベルを確認できる。いま現在のPM2.5は237。今日は良い方だ。400のこともよくあり、500を超えたことすら何回かあった。もし政府や専門家たちが何かしなければ、渡航注意勧告や本格的な危機が引き起こされるだろう」と、さらなる懸念にも言及する。

PM2.5は広く認識されている汚染物質として特に問題視されている。IQAirエアビジュアルの説明によれば、最大2.5ミクロンという小さな粒子は人間の呼吸器系に深く入り込むことができ、そこから体全体へと広がるため健康への影響が最も大きい。

実際、どんな大規模な報酬旅行グループや企業会議も、5日間のイベントをデリーで開こうとは考えもしないだろうとデヴァ氏は確信する。

興味深いことに、デリーはさまざまなメディアやソーシャルメディアでその環境汚染が非難されているにも関わらず、IQAirエアビジュアルの「最も大気汚染がひどい南アジアの都市」リストでは10位にとどまっている。最も順位が高いのはグルグラムで、ノイダとラクナウもPM2.5の濃度がデリーより高い。

スキフトが接触した欧州の2人のツアーオペレーターによれば、「デリーのスモッグは依然として厚いのに、この首都に対するメディアの注目は薄くなっている」。欧州でツアーオペレーター事業を展開するマルコポーロ・レイゼン・ドイツ社でマネージング・ディレクターを務めるホルガー・バルダス氏は、ドイツのメディアはトランプ氏とブレグジット、そしてメルケル時代の終焉に夢中になっていると説明。しかし一方で、「ドイツ外務省など公の機関から渡航禁止勧告が出されれば、我々はいつでも、直ちに適切な対応を取るだろう」と断言する。

同氏によれば、現在のところ、デリーの大気汚染は「時々」小さな営業上の不都合を引き起こしているだけ。

「当社で最も売れているデリー観光ツアーの1つが、オールドデリーの早朝バイクツアー。間違いなく本物の素晴らしい体験ができるが、大気汚染がひどすぎる場合はツアーを中止せざるを得ない。中止の決定と通知が直前になってしまうことも時々あり、お客様の間で不満が出ている」と、バルダス氏。「大気汚染指数がマスクの使用を推奨するまで上がった場合に備え、私たちは、大量の大気汚染対策用マスクを常に保管している」。

「しかし、そのような場合もデリーでの滞在を短くするという選択はできないことが多い。当社では主にグループ旅行を扱っており、代わりとなる訪問先を見つけるのが通常は難しいからだ。また、そのような状況でもお客様の大部分は全てのプログラムの実施を望む」。

プレミア・ホリデイズUK社でインドでのプロダクトマネージャーを務めるティム・グレートヘッド氏によれば、同社はインドで小規模な特注のガイド付きツアーを提供している。現場で柔軟な対応ができるようにするためだ。「当社のガイドは常に旅程を調整し、大気汚染がひどい時間帯やエリアを避けるようにしている」。(後編に続く)

後編では「大気汚染問題」に着目した活動を行う観光業者やアジア諸国の取り組み事例などを紹介する。

※編集部注:この記事は、米・観光専門ニュースメディア「スキフト(skift)」に掲載された英文記事を、同社との提携に基づいてトラベルボイス編集部が日本語翻訳・編集したものです。

※オリジナル記事:Asia’s Persistent Pollution Problems Weigh on Tourism Opportunities


著者:スキフト ライニ・ハムディ(Raini Hamdi)氏

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