ANAグループで、非航空事業として「旅とマイル」に関わるサービスを開発・展開するANA X。「ANA Pocket」や「ANA Pay」、ECモール「ANA Mall」など、さまざまな生活に関わるサービスで一般消費者向けに「マイルで生活できる世界」を構築している。そして、その基盤をもとに注力しているのがBtoB/BtoG事業だ。その具体的な事業内容と事業パートナーと目指す世界観を、同社社長の神田真也氏に聞いた。
同社が目指すのは、約4400万人のANAマイレージクラブ(AMC)の「移動データ」を基盤とする「ANA経済圏」の確立。そして、航空予約データを活用した広告事業や、人流データに基づく地域マーケティング支援などBtoB/BtoG領域で独自のサービスとして展開している。
移動前にわかる情報をもとに展開する「ANA Moment Ads」
ANA Xは、2023年11月にインターネット広告事業を展開するサイバーエージェントとの協業で、広告配信サービス「ANA Moment Ads」を立ち上げた。企業や自治体からのAMC会員に向けたデジタル広告プラットフォームだ。航空券の予約データなどを活用し、旅行者によって異なる“モーメント(瞬間)”を捉えた広告配信をおこなっている。
このサービス立ち上げの背景について、神田氏は「AMC会員の旅行情報を、移動する前からわかっていること、それは大きな価値」と話す。航空券を予約した段階で、いつ、どこに移動(旅)するかは明白だ。確実に訪れる旅行者をターゲットに広告を打つことができるのは、目的地や事業者にとっては大きな効果が見込める。
2025年5月には、新たに「ANA Moment Ads CR(クリエイティブ)」にアップグレード。将来の移動データ(予約情報)を活用し、搭乗時期、目的地などの予約状況や、航空券予約、空席照会などの行動にあわせて、より最適な広告の出し分けを可能にした。たとえば、「北海道行きの旅行者」と「沖縄行きの旅行者」、「来月の旅行者」と「半年後の旅行者」など予約状況が異なる利用者それぞれにあわせて、最適なメッセージを届けられる。広告主にとっては、さらに効率的なターゲティングができるようになった。
ANA Xによると、先行して導入した広告主は、従来の広告配信と比較して、クリック率が1.3倍~1.7倍に伸長した。神田氏は「立ち上げて2年ほどだが、さまざまなクライアントから引き合いが来ている。売上規模はまだ小さいが、利益が出始めている。このスピード感でいくと、十分に採算は取れる」と自信を示す。
広告の内容は、物理的なモノやサービスの案内だけでなく、3分の1から半分ほどが自治体からの情報だという。自治体からは地元誘致に向けた販促・プロモーションというよりも、先々来訪する旅行者に対しての注意事項や旅行者に影響がある条例施行の案内などで利用されている。
潜在的な広告主としては、宿泊事業者、域内交通、現地の名産なども考えられる。海外旅行中のAMC会員に向けては、帰国時のデジタル税関申告の案内・誘導などとも親和性が高いと考えているという。
現在、広告を受け取ることができるのは、日本国内居住、かつ承認を得ているAMC会員。一方で、神田氏は「航空会社のサービスとして、インバウンドでの潜在性は高い。これをどのように突破していくかは、次のステージに上がるための課題」との認識を示す。個人情報の取り扱いは、各国で法律が異なるため、全網羅的なサービス展開には障壁があるのが実情だ。
それでも、ANA XのBtoBビジネスとして、「ANA Moment Ads CR」への期待は大きい。神田氏は「人間は絶対に移動をする。その中で質の高い情報を効果的に伝えていくニーズは高い」と話し、今後のサービス拡大に意欲を示した。
移動データを地域のマーケティング支援に
移動することでマイルが貯まる「ANA Pocket」は、健康増進などを一つの目的としたBtoCサービスとして展開されている。ユーザーが増えることで、「今では社会課題の解決に向けたBtoBサービスの基盤にもなっている」という。
「ANA Pocket」では、ユーザーの位置情報を捕捉できるため、移動手段、行動履歴などで収集された人流データは、地域の周遊促進など観光振興策の貴重なベースとなり得る。「データはもちろん匿名となっているが、それを分析することで、自治体などにとっては、施策に反映させることができる」と神田氏。「ANA Pocket」を基点とした地域との連携を強化していると話す。
例えば、島根県の萩・石見空港利用拡大促進協議会は、ANA XとANAあきんどと連携し、「ANA Pocket」を活用した萩・石見空港の利用を促進。近隣からの萩・石見圏域への誘客を促進する「チャレンジプラン」を実施した。
また、ANA便が運航していない地域でも「ANA Pocket」を活用している例もある。2024年4月からは、東京都の離島、神津島でパートナー企業とともに関係人口の増加と持続的な観光モデルを構築する目的で、「東京宝島 サステナブル・アイランド創造事業」を展開。「ANA Pocket」では、神津島の観光情報などをまとめた「神津島観光アプリ」を提供した。宿泊、島外・島内の交通情報を集約し、デジタル地図を用いて島内の観光スポットや飲食店などを可視化するとともに、島内の観光スポットへのチェックイン機能やユーザーの移動に合わせた神津島観光アプリの認知施策を実施している。
神田氏によると、これまでチェックインチャレンジにエントリーした人の4分の1が実際に現地を訪れ、観光スポットにチェックイン(2025年10月時点)。現地では、想定以上の成果と評価されているという。
ANA XとAIソリューション・サービスを提供するアポロ社は、データベースマーケティングを主業とする新会社「Orbitics(オービティクス)」を設立。ANAグループのデータ分析・ソリューション開発などを進めていることから、現在約270万人のユーザー数を持つ「ANA Pocket」で得られた人流データの分析も進めることで、地域のマーケティングを支援していく考えだ。
インタビューに答える神田社長。ANA Xは航空・旅行の「非日常」領域と「日常生活」領域の幅広い商品・サービスを展開する
様々なパートナーとの連携で構築するTaaS
BtoCサービスでは、ANA Xが進めているスマホアプリでシームレスに完結する旅のサービス「TaaS (Travel as a Service)プラットフォーム」への期待も大きい。TaaSでは、航空券に加えて、宿泊、アクティビティ、レンタカーなどの旅のサービスのクロスセルを拡大させていくのが狙いだ。
同社では、さまざまな事業者との接続で規模を拡充し、2026年度中の完成を目指している。QRコードによるEチケットサービスを手掛ける「リンクティビティ」と連携し、二次交通や観光施設の入場券をオンライン販売。宿泊施設ではOTA「アゴダ」、「じゃらん」とAPI連携し、2025年10月にはタビナカ予約では「ベルトラ」と提携した。
このTaaSでも、AMC会員の情報をもとに、タビナカでの観光コンテンツをリコメンドしていく計画だ。また、マイルを使った旅も提案していく。そのなかで、蓄積されるデータが今後のBtoBでの展開でも活かされていく可能性がある。
神田氏は「マイルと旅の両軸でANA経済圏をつくり上げていく。このなかで、航空券単品だけでなく、それと組み合わせた旅行コンテンツを提案していくことで、地域への送客が強化され、関係人口の創出などにもつながる」として、TaaSプラットフォームに期待している。
重要性を増す顧客データと非航空事業
ANAグループは、コロナ禍で航空事業の一本足打法からの脱却を掲げ、非航空事業の拡大に努めてきた。しかし、神田氏は「航空に人が戻り始めているなか、実は軸は航空、非航空の2軸ではなく、1軸なのではないか」と考えている。「ANAのサービスを利用する人は1軸で、そこに航空があり、非航空事業のサービスがある」ことを改めて認識したという。
航空利用者が年間延べ約5000万人、現在のAMC会員数は約4400万人。 そのなかで、非航空事業のライフサービスからのAMC会員登録が増えており、獲得マイレージで見ても、航空1に対して非航空2の割合になっている。
ANA経済圏へのロイヤルティが高まり、サービス間の回遊性も高まっているなか、神田氏は「顧客データが、本当にグループにとってかけがえのない存在になっている」と強調する。
さらに、「ANAのポートフォリオを考えたときに、このデータが欲しいから、この取引先とつながっていくという作戦もあっていいのではないか」と明かす。
ANA Xは、「マイル × 旅行 × デジタル」というユニークな会社。その基盤となるのが顧客データで、BtoB、BtoGの事業に活かしていく。「目的地とともに、エアラインビジネスがある。地域の観光振興は重要」と神田氏。ANA Xは、データを基盤にした様々なソリューションやサービスで目的地を元気にしていく。
聞き手:トラベルボイス編集長 山岡薫
記事:トラベルジャーナリスト 山田友樹
