JTBのヨーロッパ事業の変遷を山北常務に聞いてきた、成熟市場から学ぶべき視点とは?

JTBは、世界各地域でグローバルDMCを構築している。DMC(Destination Management Company)とは、地域の観光資源を活用して地域とともに観光地域作りを行う組織。世界中から旅行者が集まるヨーロッパでは、現地企業のM&Aなどを通じて事業領域を広げ、交流創造事業を進めてきた。

その中心にいたのが、今年1月に常務執行役員に就任した山北栄二郎氏だ。アムステルダムをはじめとして、コンペンハーゲン、ブタペストなどに赴任。ヨーロッパ在住は通算11年になる。欧州のマーケット特性からトーマス・クックの破綻まで、ヨーロッパ市場に対する山北氏の「肌感覚」を聞いてみた。

グローバルDMCとして、ヨーロッパ発着需要を開拓

山北氏の経歴は、JTBのヨーロッパ事業発展の歴史でもある。2007年3月に旅行事業本部グローバル戦略担当部長に就いたのち、2008年2月には買収した北欧の現地手配会社「ツムラーレ」の社長に就任した。その後、グローバル事業本部で副本部長を務めたあと、2017年には、ヨーロッパ各国の子会社を統括する「Travel Plaza (ヨーロッパ)」の社長に就任。直近では、JTB欧州本社代表を務めた。

山北氏は、これまでのJTBグループの事業展開について、「以前は、どちらかといえば発地のソリューション提供に重きを置いていたが、世界で最大の旅行市場であるヨーロッパという受け地でも価値を作ろうとした」と振り返る。ツムラーレやクオニの買収も、グローバルDMCを構築していくうえでのビジネス判断だった。

ツムラーレは主に北欧で、クオニはヨーロッパ全体で、世界から旅行者を受け入れる基盤がしっかりしている。ツムラーレの買収から12年、クオニの買収から3年。山北氏は「DMCとして地元のサプライヤーなどと連携して、地域興しをしている。これまでうまくいっていると思う」と評価する。

JTBは、DMCとして事業展開していくなかで、マーケットごとのポートフォリオを手に入れてきた。一口にアジアからの旅行者と言っても、国によって旅行者の特性は異なる。山北氏は「旅程やオペレーションなどを、国によって分けることができるのがJTBの強み。地球を舞台として、世界の多様性を理解しながら、それぞれのマーケットに対応できている」と自信を示す。それが可能なのは、受け地として基本的な仕組みが整っているからだ。

一方、ヨーロッパから日本への送客にも力を入れている。JTBはヨーロッパ各地に15支店を展開しており、それぞれに「日本人より日本に詳しい現地スタッフ」(山北氏)が顧客の要望に応えているという。「強みはJTBというブランド力」だ。受け地である日本の体制も強化してきた。ヨーロッパのアウトバウンド市場で日本の存在感が増しているなか、リピーターも増えてきているという。

ヨーロッパのビジネスモデルを日本で応用も

ヨーロッパでのビジネスモデルを日本のインバウンドとアウトバウンドに応用する取り組みも出てきた。JTBは2014年7月にスペインの旅行会社「ヨーロッパ・ムンド・バケーションズ」を子会社化。ムンドは主に南米からの旅行者向けに、乗り降り自由のバスの周遊ツアーを提供しているが、「アクティビティでもエクスカーションでもない、新しいシートインコーチというカテゴリー」(山北氏)で人気を集めている。

ムンドは2017年、訪日外国人向けに乗り合い型観光バスを始めた。日本各地を5ルートに分け、計48コースを設定。ヨーロッパと同様に観光バスにはガイドが同乗し、参加者1人でも催行する。

一方、日本人海外旅行者向けには、JTBがこのモデルを応用し、2019年4月にシートインコーチ型の周遊観光バス「ランドクルーズ」のサービスを始めた。欧州12ヶ国で総延長1万4000キロメートル以上の区間を運行。旅行者は好きな区間を1区間から選んで利用することができる商品で、BtoC販売だけでなく、ホールセール販売も行っている。

激動のヨーロッパ、それでも「バランスがいい」旅行産業

山北氏がヨーロッパに在任中、ヨーロッパの旅行市場は大きく動いた。流通の変化、テロの発生、環境への意識の高まり、世界最古の旅行会社の破綻など、多くのヨーロッパ発の旅行関連ニュースが世界を賑わせた。

流通ではOTAが興隆。オランダで生まれたブッキングドットコムは設立当初は小さな会社だったが、その利便性が広まるとともに、一気にビジネスを世界に拡大した。しかし、山北氏は「もちろんヨーロッパでも広まったが、みんながそうはならない。Airbnbも広まったが、その反対のサービスも盛り返してくる」と話し、ヨーロッパのサービスの多様性を指摘した。

また、2016年に発生したフランス・ニースでトラックテロ事件について、「各国の政府が具体的な対応にすぐに動いた。情報開示が進んでおり、透明性が高いことが安心感につながっている。だから回復は早い」と振り返る。

オーバーツーリズム対策として、アムステルダムのレッドライト(飾り窓)地区ではガイドツアーの禁止を決めた。「その施策に反対の声もある一方、また違うサービスも出てくる。その内容がよければ、ユーザーに利用される」という。

いずれの場合でもヨーロッパでは「バランスがいい」という。そのうえで、山北氏はそのベースにあるのが「一緒に街をよくしてこうとする住民の意識」だと指摘した。文化的生活に価値を置く意識は、観光の促進でも広く共有されており、その考え方は、持続可能な社会の形成に向けたSDGsの点でもヨーロッパは他地域よりも先んじている。

最近のヨーロッパ発の大きなニュースといえば、トーマス・クックの破綻。その原因としてデジタル化の遅れを指摘する声も多いが、長年ヨーロッパの旅行流通を間近に見てきた山北氏は「ビジネスモデルの破綻というよりも、(航空機、ホテルなどの)資産保有のコントロールの問題の方が大きい」と話す。実際のところ、トーマス・クックと双璧をなすドイツのTUIは引き続き強力な旅行会社で、ホリデーパッケージの人気も依然として高い。そのうえで、「マーケットやデスティネーションパートナーの一極集中を避け、多様なポートフォリオを作っていくことが大切」と付け加えた。

多様性の理解を大切に、サステナブルな旅行産業を

山北氏は今年1月に常務執行役員に就任した。今後は、大局的な視点でJTBの「第3の創業」を支えていくことになる。「ヨーロッパでは多様性の理解が大切だと学んだ。インバウンドでは、日本が世界の多様性を理解すれば、フランスと同じくらいまで伸びるポテンシャルがある。アウトバウンドでも、日本人がもっと世界にいろいろなものがあることを実感すれば、伸びると思う」。

JTBは第3の創業として、ソリューションモデルの提供を追求している。しかし、山北氏は「最初に旅行クーポン、次に旅行パッケージと、JTBは創業以来ソリューションを提供してきたことに変わりはない」と話す。いずれにせよ、大切なのは「旅行がサステナブルなものでなければならない」ことだ。


聞き手 トラベルボイス編集部 山岡薫

記事 トラベルジャーナリスト 山田友樹

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