国交大臣賞を受賞した「奄美イノベーション」代表に聞いてきた、住民と旅行者が共存する新たな観光のカタチ、「伝泊」やテクノロジー活用も

コロナ禍で、地域経済と地域住民にとっての観光の価値が改めて問われた。これからの時代、観光と地域はどうあるべきか――。

その1つの事例に、奄美イノベーション社の「集落文化×『伝泊+まーぐん広場』が創る『日常の観光化』を国内外へ展開」がある。今年の「ジャパン・ツーリズム・アワード」で、大賞の国土交通大臣賞とUNWTO倫理賞の2つを受賞した取り組みだ。

廃業したスーパーを、ホテルやレストラン、特産品販売所だけではなく、学童保育や高齢者の介護施設もある場所に改装し、観光客と地域の人々が訪れ、交わる場を作った。仕掛けたのは、同社代表取締役社長の山下保博氏。建築設計事務所のアトリエ・天工人を率いる建築家で、街づくりのプロだ。

奄美出身で、地元の地域と観光の持続可能性をこのように表現した山下氏に、取り組みの特徴から日常を観光化するポイントなどを聞いた。

集落・文化の継承には新風=観光客が必要

ジャパン・ツーリズム・アワードは、奄美イノベーション社の受賞理由について「空き家等を活用して集落の中に宿泊する『集落文化の日常を観光化』した新しい旅のカタチの提案であること。観光誘致だけでなく、地域住民の雇用促進や観光客と地域住民が集う場を設けることで、住民と観光の垣根をなくす等の社会性の高さを評価した」と発表した。山下氏はダブル受賞となったことに、「1番をもらったことはもちろん、コンセプトを評価するUNWTO倫理賞を受賞できたのが本当にうれしい」と喜びを話す。

山下氏は建築家といっても、観光に関して全くの門外漢ではない。街づくりに携わる過程で、2016年には本取組の宿泊部分である「伝泊」を開始した。伝泊とは山下氏の造語で、古民家などの空き家を改装し、伝統的な建築と集落を次世代に繋げるための宿泊施設のこと。現在までに30棟44室を展開している。これ以外にも、長崎県平戸市など「城泊」のデザイン、武家屋敷の再生事業など、観光側から見ても名の知られた案件を手掛けている。

もちろん、こうした再生事業は、宿泊や観光系の事業者によるものも多い。しかし、「僕らは建築家なので立ち位置が違う」と、視点の違いを強調する。山下氏の基本は街づくり。そのため、交流を目的に「伝泊」という宿泊施設を作り、人が訪れる拠点の「まーぐん広場」を作った。そして、街に必要なものとして、観光を取り入れた。

その理由を、「観光客は地域に、違うエネルギーを伝え、新たなアクティビティを生み出すきっかけをつくる。そして外貨を持ってくる。集落の文化を維持するためには、多少のお金と人の流入、変化が必要」と力強く語る。

奄美イノベーション代表取締役社長の山下保博氏

住民と観光客が共存する発想の原点

山下氏が観光に携わったきっかけは、街づくりを学ぶ中でドイツのベーテルという街を知ったことに始まる。人口の約4割が障がい者で、健常者と非健常者が分け隔てなく暮らしているこの街を訪れ、「これからの日本の街づくりにすごくあっている。人と人が互助的に支えあう結(ゆい)思想があり、集落単位で物事が作られてきた日本には理想の街だ」と確信した。このバーテルの街に観光をプラスしたのが、山下氏の街づくりの下絵だ。

その後、奄美に建つリゾート設計を請け負うことになり、地元へ戻る機会が増えると、地元の行政や人々から山下氏に、「何とかしてよ」と声がかかることが増えてきた。奄美も日本の多くの観光地と同様に、増加する空き家の課題を解決し、外資を取得する手段とする検討がすすんでいた。

そこで山下氏は、伝泊に取り組むようになる。山下氏によると、奄美群島には360もの集落が残り、2キロ先の集落で言葉が違うほどそれぞれに個性がある。「奄美は自然が有名だが、文化もすごい。そんな奄美の個性をつくる集落文化を残したい。世界に誇る宝物だと思っている」との強い思いが、取り組みの原動力だ。

地域住民と協調できた理由

テーマである「日常の観光化」。それには地域の住民が観光に関心を持ち、同意を得ることが欠かせないが、「伝泊+まーぐん広場」ではどのように取り組んでいるのか。山下氏の話から垣間見えたのは主に3つの背景だ。

1つはやはり、山下氏が奄美の地元出身であるということ。地域の人々の信頼感が強く「普通の場所よりも伝泊やまーぐん広場にコミットしてくれている」と話す。また、山下氏が奄美の集落文化自体をよく理解しており、案件を進める際には集落の長に計画をしっかり伝えたうえで、住民の意志に従う。集落からのNOで計画を中止したり、コロナ禍では再開後の需要の急増に驚いた集落からの要請で、一時休館にも応じたという。

2つ目は、山下氏が高齢者支援施設のオーナーであること。実は、まーぐん広場の高齢者支援施設は、山下氏が自費を投じて設置したもの。開業後、すぐに回収できない高齢者施設は赤字になりがちで、だから「本気でやっているのが伝わっている」という。理想と資金面の両輪で運営する。だからこそ山下氏は伝泊に力を入れ、その収益を街づくりに投資していくのだという。

最後の3つ目は、地域の利益を地域住民にも波及させ、数字を地域住民にも伝えること。観光が自分たちの街や雇用への影響など、自分事として捉えてもらうことが大切だという。空き家で収入ゼロが続いていた物件が、今ではどれくらいの売上をオーナーやそこで働く地域の人々にもたらしているのか。

伝伯+まーぐん広場・赤名木。廃業したスーパーを改装。スーパーはもともと街の人が集まる場だった

山下氏は「僕は観光では、ひよっこのひよっこ」と謙遜しながらも、観光産業に「今までの観光業は、地域を守り、地域住民のためになっていたのか。地元の人々の利益となっていたのか、真剣に考えてほしい。そのために少し視点を変えてみてはどうか」と問う。

山下氏は、数年前に家族との海外旅行で、空き家を活用した分散型宿泊施設の街づくりの発祥といわれるイタリアの「アルベルゴ・ディフーゾ」を訪れ、自ら思いに自信を持った。現地の街に入り込んだ体験はとても気持ちが良いもので、その時に「こうやって彼らの日常に寄り添っていくことだ」と実感した。多くの住民が住む街に、1人の観光客が入っていくのだから、「その地が持つ文化伝統に寄り添うことかが、観光なのだと思う」と話す。

機会を得て先ごろ、「まーぐん広場」を実際に訪れてみた。残念ながらコロナ発生後は、レストランのランチ営業を中止したり、感染防止と健康を守る観点で、店内と高齢者支援施設を繋ぐ扉は締切にしており、訪問時は地域住民と観光客が同じ場所で集う姿を見ることはできなかった。

しかし、スタッフによると、コロナ以前は館内に高齢者が運動できるコーナーを設置し、島唄教室や子供向け英語教室なども開催。ランチをとりながら話を弾ませる地域住民も多かった。今春には近隣にある高校の授業の一環として、まーぐん広場のさらなる活性化に向けた企画に取り組む予定だったという。まさに街の拠点であり、地域住民の日常に観光客が入りこめる接点であることが、うかがい知れた。

まーぐん広場に入って左側にあるのが、高齢者支援施設の入口。平時は黒板の後ろに運動器具が置かれ、営業時間中にお年寄りが自由に使用していたという(11/1撮影)

カヌーが置かれている舞台では、島唄教室やライブイベント、各種セミナーなども実施(11/1撮影)

まーぐん広場内の中央から右側は、レストランスペース。フリーマーケットを行なうことも(11/1撮影)

奄美特産品の販売コーナーでは、商品の特徴や生産者のこだわりが丁寧に紹介されているのも印象的(11/1撮影)

全国展開、おもてなしの温もりつくるテクノロジー活用も

いま、山下氏が取り組んでいるのは、こうした地域づくりの全国展開。そして、テクノロジーを活用した奄美らしいおもてなしの提供だ。

伝泊+まーぐん広場では、観光客向けの体験プログラムを用意するが、そのプログラムのほとんどが、奄美の人々の日常の体験のいわば「切り売り」というのも、本取り組みの特徴。例えば、魚釣りが好きなAさんが趣味で行なう釣りに行く時間に、観光客が同行して一緒に楽しむ。サツマイモ畑を持つBさんが芋堀をしててんぷらを揚げる時間に、観光客が参加し、一緒に調理しながら話を楽しむという具合。

ここにテクノロジーを用いることで、奄美空港に到着したらCさんの軽トラックが迎えに来て、ホテルに荷物を届け、アクティビティに連れていく。ゆるいおもてなしを提供するための、居心地の良いタイミング調整するソリューションを開発中だという。

山下氏は、建築家としては、一般的には不要と見られる資材に光をあて、その素材を活かす構造構法を開発して建築化する手法に自負を持ち、世界的な評価が高いという。観光分野でも「どの地域にも必ず光がある」と言い切る。観光開発では、よく自分たちの地域に何もない」などという悩みが多く聞かれるが、山下氏はそんな不安を吹き飛ばすようにこう断言した。

「外から見れば、宝がいっぱいある。もちろんそこに住む人々にも魅力がある」

魅力は地域とそこに生きる人々にある

聞き手:トラベルボイス編集長 山岡薫

記事:山田紀子

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