NTTデータがホテル事業に参入、睡眠解析に特化したカプセルホテル、その狙いと展望を聞いてきた

2024年7月、NTTデータがJR品川駅近くに睡眠解析に特化したカプセルホテルを開業する。データ通信サービスや情報システムの構築といったBtoB事業を展開してきた同社にとって、ホテル事業は初の試みだ。なぜ今、NTTデータがホテル事業に挑むのか。その狙いと展望を担当者に聞いてきた。

※写真:右から、NTTデータ 第二インダストリ統括事業本部 食品・飲料・CPG事業部 横堀涼氏、佐治響氏、大西友香氏

協業で生まれる「スリープテック」ホテル

東海道新幹線の停車駅であり、羽田空港からのアクセスも良いJR品川駅。港南口を出てすぐの商業施設・アレア品川に70床のカプセルホテル「Sleep Tech Hotel Shinagawa(仮称)」が誕生する。カプセルホテルを運営するナインアワーズ、ウェアラブルデバイスを提供するFitbitとの協業によるもので、事業主はNTTデータという座組み。新ホテルの最大の特徴は、宿泊者の「睡眠解析」をおこなうことだ。

運営を担当するナインアワーズでは、もともと一部店舗で睡眠解析サービス「ナインアワーズスリープ・フィットスキャン(9h sleep fitscan)」を提供してきた。これは、カプセルベッドに設置されたセンサーで睡眠時間や寝返り、心拍数や呼吸が止まっていた時間などを測定し、睡眠を分析するというもの。“カプセル”という形状を活かして、宿泊客が眠っている間に精度の高い測定をおこなう。

新たに誕生するホテルでは、この睡眠解析サービスにNTTデータが蓄積している健康診断データを統合するほか、手軽に深部体温を測定できる新たなテクノロジーも導入。個人の健康状態や体内リズムに合わせた睡眠環境を把握できるサービスとして提供し、睡眠と健康に焦点を当てた宿泊施設となる。

健康と睡眠への高い関心、生活者情報として高い価値

そもそも、なぜNTTデータがこうしたホテルを手がけるのか。

そのヒントは、ホテル事業を担当する「第二インダストリ統括事業本部 食品・飲料・CPG事業部」という部署名にある。部長の横堀涼氏はこう話す。

「私たちが目指すのは、強みである情報技術の活用を通じて生活者のウェルビーイングを実現すること。私たちの主な顧客である食品メーカーは生活者の情報を求めていますが、購買情報などは、なかなか手に入りません。そこで弊社では社員をモニターにしてPoC(Proof of Concept)ができるFood & Wellness PoC環境提供サービスを立ち上げ、弊社社員1200名の匿名化された健康診断データ等を提供してきました」

同社にとって顧客に当たる食品メーカーが今、関心を寄せているのが健康と睡眠だという。特に睡眠に関しては世界的に注目が集まっているが、OECD(経済協力開発機構)の調査では日本の睡眠時間は最下位。そこでNTTデータでは、2023年8月からナインアワーズと共同で睡眠に関するデータを集める事業を始めた。

この事業にはNTTデータの社員が参加。Food & Wellness PoC環境提供サービスで蓄積したデータを基盤とし、参加者はナインアワーズに宿泊して睡眠解析を受けたほか、Fitbitを使って自宅での日常的な睡眠計測、脳波計測(日中の眠気)も実施した。

同社第二インダストリ統括事業本部 食品・飲料・CPG事業部の佐治響氏はこのモニター事業についてこう説明する。

「睡眠を日常的に計測する機会はなく、無呼吸症候群などは健診でも見つかりにくいもの。そのため、行動変容が起こりにくいのが実情です。だからこそ、睡眠データの計測と蓄積により、『この人には寝具の買い替えを提案すべき』といった知見を蓄積できればと考えました。計測した睡眠データを健康診断データと組み合わせることも想定しており、肥満度、肝機能と睡眠効率がどう関係するかなどを調べていけたらいいですね。睡眠に関するデータの蓄積は、将来的に医学的に活用できるようになるのではないかと考えています」

NTTデータ資料より

ユーザー体験を損なわない睡眠計測

このような段階を経て実現した今回のホテル事業への進出。ただし、開業するホテルは医療機関ではないため、提供される睡眠解析サービスはあくまでも客観的データの提供と解析にとどまる。

モニター参加者から聞いた感想について佐治氏はこう話す。「参加者からは、『今まで自分の睡眠が可視化されることはなかったので、睡眠解析データを見て寝る前のお酒を控えるようになった』といった声が聞かれ、行動変容につながっていることがわかります。行動変容が起こるとFitbitで計測するデータの数値にも変化が現れ、それがさらに行動変容につながっています。日常生活に関わるデータを取る際、食事の記録などはどうしてもユーザーに負担をかけてしまいますが、ホテルで睡眠データを計測する場合、ただ寝ていただくだけなのでユーザー体験を損なうことがありませんし、毎日計測することもできます」

ホテルの特徴は睡眠解析だけにとどまらない。スリープテックにフードテックを掛け合わせたサービスの提供も予定している。NTTデータの顧客である食品メーカーのサプリメントや飲料などを無料で提供し、簡易アンケートに答えてもらう宿泊プランや、これに「Fitbit Charge5」本体が付くプランも登場する見込みだ。

ホテル事業はテストフィールド

NTTデータにとって、新たな事業領域となるホテル事業。NTTデータとして今後、本格的にホテル事業に進出していく予定なのだろうか。横堀氏はこう語る。

「このホテルはFood & Wellness事業におけるデータ蓄積の手段の一つ。ホテルであり、BtoB向けの食品メーカーさんとのテストフィールドでもあります。そのため、睡眠計測やFitbitを使った体内リズム計測を行わない宿泊のみのプランも用意しますが、宿泊のみの方が割高になる予定です」

飲食だけでなく、照明をはじめとした安眠環境に関わるサービスにもつなげていきたい考えだ。

ホテルは同社が目指すFood & Wellnessプラットフォーム実現のための手段ではあるが、ホテル事業への本気度は高い。

「今後は、グループ企業のビルなどを活用しての拡大も視野にいれて検討していく予定です。データを収集するにはホテルの稼働率を上げることが重要になるため、高い稼働率が見込める首都圏が中心になるでしょう」

その最初の一歩となる品川の顧客ターゲットとして想定しているのは出張で訪れるビジネスマンや観光客だ。

「旅館業法では共同浴室や共同トイレは男女別に設ける必要があります。しかし、品川の店舗で男女別のトイレやシャワールームをつくると40床しか確保できず、収益が確保できません。場所柄、男性客の方が多く見込まれることもあり、70床の男性限定の施設としました。今後、スペースが確保できれば女性エリアを設けたいと考えています」

さらに横堀氏はホテル事業についてこう語った。「事業として成り立つことが大切ですが、多くの方が睡眠負債を抱えるなど、睡眠が社会課題になっている中、睡眠解析サービスという事業を通して社会課題の解決を目指したいと考えています。ここで蓄積した(個人情報を含まない)睡眠データを企業や大学などに活用していただければ。将来的にこの事業が大きくなり、かつ次世代医療基盤法の改訂があるのであれば、医療との連携も行っていきたいですね。ナインアワーズは外国人の方に人気が高いこともあり、ホテル開業のニュースには海外からの反響も大きく、注目されていることを感じます。将来的に広げていきたいと思っていますので、まずは品川の稼働率を上げていきたいです」

同社では、日本で熱を帯びつつあるウェルネスツーリズムについても「やりたい気持ちはある」と意欲的。他の事業者や自治体、デベロッパーと組むことも可能性のひとつとして示唆した。

睡眠計測というホテルでの新たな体験をユーザーの行動変容に繋げるとともに、社会課題を解決しようというNTTデータのホテル事業。既存の観光産業とはまったく異なる視点から生まれる新しいホテルのあり方は、開業後も注目を集めそうだ。

聞き手:トラベルボイス編集部 山岡薫

記事:フリーライター 吉田渓

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