
好調な推移が続く訪日インバウンド。過去最高の数値を次々と更新し、今年はわずか3カ月という史上最速のペースで年間1000万人を突破した。今後も観光立国が国の方針である限り、訪日客数が年間1億人になるという展望は現実的なものといえるだろう。観光大国フランスでは、すでに2023年に1億人の大台を突破し、スペイン、イタリアもそれに続く勢いで伸長している。
そこでトラベルボイスでは、これからの訪日インバウンドの受け入れをテーマに、トークショーイベント「トラベルボイスLIVE」を開催。インバウンドコンサルタントの坪井泰博氏(IBリーディング代表、元JTB取締役)が、訪日外国人観光客が1億人に達する理由と課題を整理し、今から準備したい事項を示した。
坪井氏は、2023年の「観光立国推進基本計画」の発表以降、観光産業で「量から質への転換」が偏重されていることに警鐘を鳴らす。「受け入れ国として取り組まなければならないのは、量と質の双方への対応」と主張した。
訪日インバウンドが1億人になる理由とチャンス
坪井氏は、訪日インバウンドが1億人になる根拠として、5つの理由を示した。ただし、現在ある観光の課題解決が前提となる。
- 主要マーケット、アジアの経済成長とビザ緩和
- 47都道府県すべてに魅力の観光地
- リピーター化のさらなる伸長
- 日本版IRと大型MICE施設の増加
- 新市場の成長(長期滞在・スポーツマーケット)
例えば、1つ目の「主要マーケット、アジアの経済成長とビザ緩和」。ここでいう、1億人時代の主要マーケットとは、経済成長率が高い中国とASEAN諸国だ。
訪日市場を牽引してきた韓国、台湾、香港の2024年の客数は、3市場合計で1756万人となり、16年前(2008年)から約4倍に拡大した。この16年間の成長率を中国とタイ、インドネシアなどASEAN5カ国からの2024年の訪日客数に当てはめた場合、2040年には6カ国合計で4240万人になる。これは6カ国の人口合計のわずか3.5%で、推計は「極めて現実的な数字」と坪井氏。「これらの国々の訪日ビザが緩和されることで、さらに訪日客数が拡大する」と説明した。
インバウンドが1億人に達する予想が現実的な数字であることがわかる
2つ目の「47都道府県すべてに魅力の観光地」では、キーワードとして「城下町(キャッスルタウン)」「スノーシーズン」をあげた。例えば「城下町」は、ニューヨークタイムズ紙の「行くべき世界の52カ所」で過去3年選ばれた日本の都市(2025年:富山市、2024年:山口市、2023年:盛岡市)の共通点の1つであり、日本各地に200以上もの城下町がある。古民家を改修するなど宿泊施設を増やすことや、インバウンドガイドを育成することで、地方誘客にも繋がるという。
「スノーシーズン」に関しては、東南アジアの旅行者にとって、雪そのものが観光資源であることに加え、日本のスキー場の設備や環境面の優位性を強調。東京などの大都市や温泉などの観光を組み合わせがしやすい利点もある。坪井氏は「日本は過去、冬は旅行の閑散期だった。それが、今年の1月は378万人が訪日し、単月の過去最高を更新した」と、すでに冬の訪日需要の増加が好影響をもたらしていることを説明する。
さらに、他の観光との組み合わせがしやすいという強みは、4つ目の「日本版IRと大型MICE施設の増加」にも当てはまる。「カジノだけならマカオに行けばいい。日本ではカジノと観光が楽しめる」と坪井氏。カジノとバケーション、またはカジノとレジャーの組み合わせが日本ならではの魅力とし、それぞれ「カジケーション」「カレジャー」といった造語を作って期待を寄せている。
閑散期を繁忙期に変えた冬の日本観光の強み
「量」を適切に伸ばしていくために
では、インバウンド1億人の実現へ、必要な条件と解決すべき課題は何か。坪井氏が指摘したのは「受け入れ体制の進化」。単に、受け入れ体制を整備(用意)するのではなく、文字通り進化させることが必要だという。坪井氏はそれこそが、インバウンドの拡大に不可欠な「地方誘客の切り札になる」と主張した。
坪井氏は、各種アンケート調査の結果から、観光客が旅行の目的地を決める大きな理由の1つが「直行便があること」と紹介。「このままインバウンドが拡大すると、羽田や成田など主要空港はパンクする。そうなると、地方空港への国際線就航が増え、その地方への訪日客も増える」(坪井氏)。国内には、国際線の就航が可能な滑走路を有する空港が30以上あるといい、「インバウンド1億人の受け入れ余地は、地方空港にある」と考える。
地方空港への乗り入れ促進と受け入れの円滑化が地方誘客のカギ
ただし、課題もある。それは、税関や出入国管理、検疫(CIQ)や空港職員をはじめとする人手不足の対応。そして、空港から各地へ行く地方の2次交通だ。
空港の人手不足に関して坪井氏は、オーストラリアなどで実施されている出入国のスマートゲートや電子渡航認証を紹介し、「日本もそうなるべき」と言及した。なお、日本政府は、電子渡航認証に関して制度導入の見込み時期を「2030年度まで」から「2028年度」に前倒しした。
また、人手不足は観光全般にいえること。特に、二次交通を担う運転士の不足が顕著だ。坪井氏は対策として、ニセコや白馬など一部地域で実施されているタクシーの営業区域の柔軟化に加え、「無人の自動運転バスやタクシーの認可を含め、進めていく必要がある」と言及。インバウンド対応が可能なガイドの確保・育成も急務で、坪井氏は「観光ガイドができるライドシェアドライバーが多い地域は、インバウンドが増える」と、その育成を推奨した。
さらに、観光分野の人手不足は「すでに海外の人材に頼らざるを得ない状況」と話し、その確保にも課題があることを指摘。例えば、日本は特定技能実習生に対するビザの発給が遅いため、発給の早い韓国や台湾に人材が流れている。また、対象業種は16業種に限られ、旅行業や小売業には認められていない。対象である宿泊業でも、従事できる職種が限られているといったことだ。坪井氏は、海外の人材活用に係る制限を「もう少し柔らかくしたほうがいい」と改善を提案。あわせて、人手不足を補えるAIの進化にも期待した。
インバウンドコンサルタントの坪井泰博氏(IBリーディング代表、元JTB取締役)
オーバーツーリズム、正しく把握して対策を
インバウンドの拡大によって課題となっているオーバーツーリズムについて、坪井氏は「オーバーツーリズムは、受け入れ側の工夫で解決できる」との考えだ。例えば、予約制や入場制限を設ける地域や施設が増えているほか、客数に比例して増加するゴミ処理の対策として5倍の容量を収容できるゴミ箱を設置する取り組みもある。
観光客のマナー違反については、日本人の旅行者もかつて、海外でひんしゅくを買う迷惑な行為をしていた時期があった。沈静化したのはマスコミが事態を発信し、日本人がその姿と現地の受け止め方を認識したからだ。坪井氏によると、現在、訪日旅行が人気の国で「迷惑行為」という日本語とともに、自国の旅行者の振る舞いがSNSで発信され、注目されているという。
オーバーツーリズム対策は世界各国で進み、日本でも導入がはじまっている
また、坪井氏は、日本はオーバーツーリズムとは無縁の地域が多いことも強調した。例えば、東京ディズニーリゾートの来場者数は1日8000人~1万人だが、岩手県全体では1日900人(2023年データ)程度だ。すでに8500万人のインバウンド客を受け入れているイタリアが、観光潜在力をいかし切れていないとして、さらに5000万人の誘致に意欲的な発信をしたことも紹介した。
とはいえ、対策が必要な地域はあり、取り組みにはコストがかかる。坪井氏は、入場料はもちろん、宿泊税の収受も賛成だ。さらに、消費税も訪日外国人観光客への還付は半分の5%に留め、残りはオーバーツーリズム対策や出入国管理の整備など、訪日外国人が快適に滞在するための施策に充てることを提案。「法律を改正して実現させたらどうかと提言している」と話した。
講演後、坪井氏とトラベルボイス代表の鶴本浩司は、成長が期待される新市場の1つ「スポーツマーケット」を取り上げ、中国からのウィンタースポーツ需要についてトークを交わした。中国政府は2022年の冬季・北京オリンピックにあわせて国内のウィンタースポーツ市場を3億人にすると宣言・達成しており、2025年2月には冬季アジア競技大会が中国・ハルビンで開催されたところ。坪井氏は「今後、さらに火が付く」と展望した。
鶴本は、中国のウィンタースポーツだけで、日本の総人口の2~3倍以上のマーケットがあることを強調。今後のインバウンド拡大に向け、坪井氏が示した電子渡航認証システムや国際人材の確保などへの対応が「今後、重要なものになる」と話した。
トラベルボイス代表の鶴本浩司