AIブームが広がるなか、企業のテクノロジー開発に伴うコストはすでに顕在化し、その影響は従業員にも及んでいる。米大手人材コンサルティングChallenger, Gray & Christmas社の推計によると、経営幹部は今年、米国で4万8000人以上の人員削減がおこなわれた理由として、AIを具体的に挙げた。トラベル業界でも影響はさまざまな形で現れている。
現時点で、AI開発に関連すると考えられる人員削減について、経営者の立場はそれぞれだ。
AIが解雇の理由、明確に挙げた企業
欧州航空大手ルフトハンザグループは、2025年9月、2030年までに事務職員の約20%に相当する4000人の人員削減計画を発表した。その理由として「自動化とAIなどのデジタルツールの活用拡大」による効率化を明確に挙げている。パイロットや乗務員などの運航職員を削減するのではなく、業務プロセスの簡素化、重複業務の削減、事務負担の軽減を目指している。
米ユナイテッド航空は、2025年に管理職の人員を4%削減し、さらに2026年には4%削減する予定。2025年第3四半期の決算説明会で、マイク・レスキネンCFOは、AIによる計画、収益管理、報告における「手作業」かつ「反復的な」作業の自動化で、人員の削減を推進していると述べた。
トリップアドバイザーは、タビナカ予約「ヴィアター(Viator)」の事業統合の一環として、2025年11月に全世界の従業員の20%、最大600人を解雇すると発表した。マット・ゴールドバーグCEOは決算説明会で、この組織再編は「体験主導型でAI対応」の企業になるための戦略的動きだと認めた。この解雇は、8500万ドル(約132億円)規模のコスト削減策の一環となる。
AIを解雇の理由としない企業
一部の旅行系の企業は、従業員の解雇を行う際に「AI」という言葉を避け、業務の最適化という観点から説明している。しかし、コスト削減手段としての人員削減と、AIへの投資拡大や業績向上を結びつける経営者もいる。
ブッキング・ドットコムは、2025年7月に段階的なレイオフ計画を発表。主にアムステルダム本社を中心に、世界中で最大1000人の人員削減を実施した。ブッキング・ホールディングスが2024年後半に導入した効率化施策「変革プログラム」によるもので、人員削減や、その他のリストラ策によって得られた資金を、生成AI機能、コネクテッドトリップ、フィンテックへの取り組みに再投資する。このプログラムによって、同社では年間4億5000万ドル(約698億円)のコスト削減を見込んでいる。
同社アメリカ大陸担当コミュニケーションディレクターのアンジェラ・ケイビス氏は、スキフト(Skift)の質問に対して、今回の人員削減は変革プログラムに関連した「組織構造の見直し」によるものであり、このプログラムは「イノベーションの機会拡大、効率性の向上、長期的な財務状況の強化を目的としている」と答えた。
エクスペディア・グループは、さまざまなサービスにおけるマーケティング、コミュニケーション、その他のスタッフを対象とした大規模な人員削減に続き、2025年4月に中堅社員の3%(推定500人)を削減した。同社はこの人員削減は組織的な「合理化」の一環であると説明した。2025年第3四半期の決算発表で、スコット・シェンケルCFOは「バーチャルエージェントは現在、旅行者からの問い合わせの50%以上を解決している」と述べ、必要に応じて人間のスタッフに引き継いでいると付け加えた。
同社広報担当者は、スキフトの質問に対して、人員削減とシェンケルCFOの発言は「別々の話題」であり、AIが人間に置き換わるのではなく、どのように部門を補強するかを示したかったと答えた。シェンケルCFOは「AIエージェントは定型的な問い合わせを処理することで、人間のエージェントの負担を軽減し、電話をかけてきた人への応答時間を短縮するのに役立つ」と説明した。
アメリカン航空は、2025年11月に会社の規模を「適正化する」とした措置を発表。米フォートワース本社の管理職とサポートスタッフの「少数」を削減するとしているが、具体的な数字は明らかにしていない。同社は声明の中で、この措置は業績を最適化し「さらなる効率化」を図るためであり、「長期的な事業目標」への投資計画があると説明している。
AIを人員削減の道具にしているわけでない
サウスウエスト航空も2025年2月に人員削減を行い、全従業員の約15%にあたる1750人を削減した。これは同社史上で初めての大量解雇。しかし、同社広報担当者は、スキフトの質問に対して、「人員削減はAIが原因ではない」と答えた。
AI推進派は、AIは価値の高い職務をターゲットにするのではなく、非効率性を明らかにするものと主張する。一方で、AIは、コンピューターや数学関連の職種、AIに精通した人材需要を高めている。
歴史的に、トラベル業界、特に航空会社とホテルは、テクノロジー人材への投資を積極的におこなってこなかった。航空会社とホテルのテクノロジー人材の雇用は、それぞれ0.8%と0.2%で、旅行会社の6.5%を下回っている。しかし、AIが成熟し、業界に深く浸透するにつれて、この状況は変化していくだろう。
この進化は、より多くの雇用とより良い旅行体験につながる可能性がある。しかし、その道のりには痛みが伴い、その痛みを強く感じる人もいれば、そうでない人もいることは明らかだ。
テクノロジーによって、入門レベルの職が多く失われれば、トラベル業界の労働力は空洞化してしまうのだろうか?
Airbnbのブライアン・チェスキーCEOは、ABCニュースに対して、「AIは多くの低レベル、入門レベルの仕事をこなすことができる。しかし、若者が仕事に就けなければ、将来、戦略的なリーダーシップのポジションを担う人材がいなくなってしまうだろう」と警鐘を鳴らしている。
同社は顧客向け機能やホストサポートなどにAIを多用している。しかし、チェスキーCEOは、「それらには、戦略的かつ意図的な選択であり、AIをビジネスのあらゆる悩みの解決策とみなしている企業とは違う」と主張した。
ドイツのTUIグループは、職場におけるAIの役割についてさらに率直な姿勢を示している。最高人事責任者のシビル・ライス氏は声明の中で、「AIは仕事を置き換えるのではなく、特定のタスクを置き換えるものと信じている」と述べている。この考えに基づき、同社は従業員のリスキリングとして、AI研修を提供することを決めた。
テクノロジーによる最適化を急ぐトラベル業界にとって、課題は明らかだ。従業員を積極的に巻き込まなければ、未来の旅行リーダーの成長を阻害してしまうリスクがある。
※ドル円換算は1ドル155円でトラベルボイス編集部が算出
※編集部注:この記事は、米・観光専門ニュースメディア「スキフト(Skift)」 から届いた英文記事を、同社との正式提携に基づいて、トラベルボイス編集部が日本語翻訳・編集したものです。
オリジナル記事: The Travel Jobs Hit by AI
著者:Adriana Lee氏


