地域一体で支える観光従事者向け「福利厚生」の仕組みとは? 観光人材の定着・確保へ、那須町観光協会の取り組みを取材した

全国的に知名度の高い那須御用邸を擁し、豊かな自然とブランド力を誇る栃木県・那須町で、今、DMOによる「人づくり」の改革が進んでいる。那須町観光協会は、2025年6月から地域の福利厚生制度「那須ワークコミュニティ(なすワク)」を本格始動させた。観光産業の担い手不足が深刻化するなか、同協会が打ち出したのは、地域全体を一つの企業に見立てて従業員を支えるという仕組みだ。

現在、同協会では那須町観光振興基本計画に基づき、5つの基本戦略からなる「持続可能な観光地域づくりアクションプラン」を進めている。その中でも、現在、注力しているのが「観光産業を持続・発展させるための人材支援と仕組みづくり」。観光人材の定着を一義的な目的として、新たな枠組みの本格運用を始めた。なすワクは、その一環の取り組みとなる。

さらに、将来の観光人材の育成にも力を入れるなど、DMOとして観光産業の地盤を固める取り組みを強化している。その背景と具体的な取り組み、見据える将来を取材した。

地域の福利厚生制度「なすワク」とは?

なすワクとは、那須町の観光産業で働く人たちが「もっと楽しく、働きやすく」なる環境を地域全体で支援する仕組み。会員事業者の従業員が、会員事業者が提供する割引などさまざまな特典を受けられるというものだ。

なすワクの発案者である「那須高原の宿 山水閣」の宿主で那須町観光協会副会長も務める片岡孝夫氏は、この取り組みについて「地域を一つの企業と見立てて、那須町に住んでいる人たちと訪れる観光客の幸せを両立させようとするもの」と説明する。その目的は町内で働く観光人材の定着と確保だ。

那須町には「那須御用邸」があり、以前から観光地としてのブランド力は高く、町外や県外からの就職者も多い。一方で、観光関連事業者のあいだでは離職や新たな人材の雇用が課題となっている。また、10代や20代の若者が那須町からの流出する傾向も続いており、生産年齢人口の減少も頭の痛い問題だ。

「旅館山快」の宿主で同協会会長を務める阿久津千陽氏は「コロナ禍で離職が相次ぎ、その後も人材がなかなか戻らない。特にGoToトラベルキャンペーンのときに、人材不足の危機感は大きくなった」と振り返る。

同協会常務理事・事務局長の伊藤美香氏は「那須町が観光地として発展していくためには、観光従事者をしっかり育成・定着させていく必要がある。観光地としての環境があっても、もてなす人がいなければ、受け入れ態勢は整っているとは言えない」と説明する。DMOとして観光客誘致のプロモーションは展開していくが、2027年度までのアクションプランの中では人材の定着と育成に注力。「将来を見据えた時、それは今やるべきこと」と位置付ける。

那須町観光協会の阿久津氏(左)と伊藤氏(右)

「なすワク」の中身と活用実績は?

なすワクは、2024年12月に実証を開始した。当初は5、6店舗の参画を想定していたが、すぐに30店舗ほどから協力の申し出があったという。同協会戦略企画室次長の岩渕英人氏は「那須町は、以前から観光としての一体感が強く、地域ぐるみで応援しようという空気がある」と話す。本格始動から半年余りで、協力店は72店・施設、参加従業員は618人(2025年12月初旬時点)まで拡大した。目標は協力店300店・施設、参加従業員3000人だ。

なすワクのプラットフォームとしては、那須町のLINE公式アカウントを活用。そこで、那須町従業員会員証を発行するほか、各協力店・施設の特典情報やイベント情報を従業員向けに配信する。

LINE公式アカウントを活用した「なすワク」特典は、人気の「那須プリン」10%オフ(3個以上の箱入り購入)、「山水閣」で日帰り入浴半額や空き状況によって割引価格での宿泊、「那須とりっくあーとぴあ」で入館料無料・同行の家族や友人3人まで半額、「ローソン那須インター店」でガソリンクーポンなど、レジャーから物販、日常生活まで幅広い。

また、期間限定の特別サービス「クローズドイベント」や「宿泊割引」も開催。観光・宿泊事業者にとっては、閑散期対策や売れ残り対策にもなっている。興味深いのは、一般的な観光事業者ではない「ミスタータイヤマン那須店」も観光協会の会員となって協力しているところ。同店では、スタッドレスタイヤを割引販売。「若い従業員にとっては、高額な買い物になるが、那須の冬では欠かせないもの。大変評判がいいと聞いている」(片岡氏)という。

さらに、会員飲食店や物販店での売れ残りを割引価格で販売する限定イベントも実施。フードロス対策としても、なすワクの仕組みを活用している。

このほか、なすワクの枠組みで従業員の交流イベントも開催。観光産業の横のつながりを強め、仲間づくりを促すことで、那須で働くことの楽しさを醸成していく。2025年10月には「なすワク交流会 in 平成の森」として森林ウォークイベントも実施。若者を中心に11人が参加した。

観光協会は、2025年12月に「なすワク」に関するアンケート調査を実施。地域割引サービスを利用した従業員は回答者の約63%、満足したとの回答は8割を超えた。また、「那須町で働いてよかった」と感じた従業員は9割近くになった。一方、協力店への調査では「今後も『なすワク』を継続していきたい」の割合は100%となった。

「なすワク」の交流イベントとして実施された森林ウォークイベント(写真:那須町観光協会)

リピーター来訪者向け「ロイヤルカスタマー制度」の構築も

なすワクについて、伊藤氏は「2026年度は、新しいことをさらに追加していくというよりも、今の環境をもっと整えて、さらに協力店と従業員が使い勝手のいいものにしていく」と話す。

今後については、なすワクのプラットフォームを活用し、従業員向けにeラーニングの機会の提供や、日本酒ソムリエ、温泉ソムリエ、旅程管理主任者などの資格取得を支援する構想もあるという。

片岡氏は「利用者3000人のコミュニティができれば、もっといろいろなことができる。従業員の定着のためだけでなく、求人の強みとしても使えるようになる」と先を見据える。

加えて、那須はリピーターの来訪者が多いことから、那須町観光協会では来年度に、なすワクの発展系として、那須を訪れる旅行者向けに「ロイヤルカスタマー制度」も構築していく方針だ。その先には、観光事業者にとどめず、受益還元の意味でも町民向けのプラットフォームの構築も視野に入れる。

山水閣宿主で那須町観光協会副会長も務める片岡氏

小学校での観光探求学習も

那須町観光協会は、次世代の観光人材育成にも力を入れている。伊藤氏は「持続可能な地域づくりを本気でやるなら、地域の中でいかに人を育て、次世代に繋げていくことが大切」と強調する。

その取り組みの一環として、那須町の教育委員会との連携で「未来の観光人材育成プロジェクト」を展開。町立田代友愛小学校で6年生を対象にした観光産業を学ぶ機会の提供を2025年から始めた。町の基幹産業の一つである観光をテーマとした学習は、探究学習としての親和性も高いことから、校長や先生の理解も得やすかったという。

通年で授業を展開し、観光協会のアクションプランについての座学の後、班に分かれて、観光で地域にお金を落としてもらう仕組みを話し合う。授業には、町内の事業者も参加し、伴走することで小学生のアイデアをサポート。観光協会主催で校外学習も実施した。

この取り組みの目的には、地元の産業を理解してもらうことで次世代の観光人材を育てることに加えて、地元を知ることで郷土愛、いわゆるシビックプライドを育てていく意味合いもあるという。授業では、地元のJAも協力。地元の子供たちでは食べる機会が少ない高級和牛「那須和牛」を提供してもらい、食育ともに地域の誇りを感じてもらった。

伊藤氏は「班によって理解度やアイデアの実現度には差があるのは確か。しかし、まずは地域の課題を自分たちで考えることが重要」と話す。このプログラムでは、インプットだけでなく、アウトプットの場として12月に校内発表会も実施。さらに、2026年1月に開催される市民参加型の「プレゼンフェスティバルin那須」でも成果を発表する。

田代友愛小学校でスタートしたが、他の小学校からも関心が寄せられているという。現在は6年生が対象だが、伊藤氏は「例えば、1年生から6年生にかけて、段階的にプログラムを組んで、観光協会も学校の先生方と伴走できれば、地域DMOとしての存在価値は高まる」と期待する。DMOとして地域の中に入り、観光を基軸に地域の内を繋げること。「行政ではできない『まちづくり』もDMOの役目ではないか」との考えだ。

2026年10月から宿泊税導入

那須町は、2026年10月から宿泊税を導入する。

その議論の始まりは、観光協会会長の阿久津氏が「旅館山快」の経営者の立場から提唱したことだった。DMOの財源は、入湯税、ふるさと納税、町の一般財源からの補助、会員費収入に頼っている状況で、「いつそうした財源が減らされるかわからない。持続可能な観光地域づくりを進めていくために安定した財源を確保していくためには、宿泊税しかないのではないか」と発言したことで、導入に向けた動きが始まった。

宿泊税は、宿泊料金(1人1泊)1万円未満100円から10万円以上3000円までの6段階の定額制。3年後に見直しをする。税収の使途については、受入環境の整備として域内交通の拡充や観光DXの推進、観光インフラ整備、人材育成・確保の事業に充てられる予定だ。なすワクの拡充やロイヤルカスタマー制度の構築にも財源的裏付けができることになる。

また、新たな財源は那須観光協会が進める外向きのプロモーション施策の推進力にもなると期待される。那須観光協会では、基幹産業の一つである農業と畜産の振興と観光を掛け合わせた「那須バーガー」の認証制度とそのPR、ペットフレンドリーな観光地を目指した取り組みなども強化していく計画だ。

聞き手:トラベルボイス編集長 山岡薫

記事:トラベルジャーナリスト 山田友樹

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