ホテル業界のサステナビリティ、経営課題から食品廃棄問題まで、現場で進める実装への議論を聞いてきた ―GSTC2026国際会議

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ホテル業界におけるサステナビリティは、コスト構造やブランド価値、さらには事業の持続可能性そのものを左右する経営課題へと移行している。

グローバル・サステナブル・ツーリズム協議会(GSTC:Global Sustainable Tourism Council)が2026年4月にタイ・プーケットで開催した「グローバル・サステナブル・ツーリズム・カンファレンス2026(GSTC2026)」では、ホスピタリティ分野のサステナビリティが主要テーマのひとつとして議論され、複数ブランド、多様な運営形態、国・文化差という複雑性の中で、いかに戦略を現場で進めるのか、「実装」をめぐる議論が展開された。

※写真上:GSTC2026の開会セッションの様子。ホテルグループの経営層が登壇

同じ手法は通用しない ―複雑な経営環境での実装とは

まず、開会セッション「ホスピタリティの持続可能性へ導くリーダーシップ」には国際ホテルグループの経営層が登壇した。繰り返し強調されたのは「どう実装するか」だ。ラグジュアリーからエコノミーまで複数ブランド、さらに直営・フランチャイズといった多様な運営形態を持つアコーは、その現実を端的に示した。

「同じやり方は通用しない。重要なのはブランドごと、オーナーごとに成立する実行可能な設計だ」とアコー・グレーターチャイナでサステナビリティを担当する上級副社長のグレース・シアン(向成娟)氏は主張する。同社は水の使用削減において、ブランド別に流量基準を設ける一方、投資回収期間を6〜12カ月と明示することでオーナーの合意形成を実現。流量調整器の設置による節水を進め、中国全体で5.1%の削減を達成した。

また、同社は廃棄の現状を把握するために、中国のホテルの86%で食品廃棄量を測定したところ、「毎朝10キロも廃棄していると認識した瞬間、現場が動き出した」(シアン氏)という。仕入れ方法を変更し、ポーション量を最適化、さらにピーク後には温かい料理のみ注文制のセミビュッフェ式に切り替えるなど、食品廃棄削減と顧客体験向上の両立を実現した。

アコー・グレーターチャイナの上級副社長グレース・シアン氏。世界で45ブランドを展開する アコーは中国だけでも18ブランド、800軒のホテルがある

財務と統合するサステナビリティ ―コストから企業価値へ

アスコットは財務とサステナビリティを同一責任者が担う体制をとっている。「サステナビリティはコストではなく、企業価値を守るもの」と、日本・韓国マネージング・ディレクターで財務・サステナビリティ担当役員のベー・シュー・キム氏は話す。機関投資家の要請と企業リスク管理の観点から、サステナビリティは義務から「投資」へ移行しているという。

同社は営業目標と並行して、GSTC基準を取り入れたプログラム「Ascott CARES」を軸にKPIに認証取得を組み込み、組織構造そのものにサステナビリティを組み込んでいる。さらに実装プロセスも「完璧さより進歩を重ねる」という現実的な視点で進め、「測定可能で分かりやすく、各国で採用しやすい目標を設定した(キム氏)」。それによって、シンガポールとインドの2施設から始まったGSTC認証が今では250施設(全体の40%以上)に拡大。各国が互いに学び合う好循環も生まれた」(ベー氏)という。

アスコット日本・韓国マネージング・ディレクター兼財務・サステナビリティ担当役員ベー・シュー・キム氏。2028年までに全施設のGSTC認証取得を目指している

文化と顧客期待の壁を現場でどう実装するか

一方で、タイ発祥のデュシット・インターナショナルのプラチューム・タンティプラサートスク氏は、サステナビリティが単なる運用改善ではなく、文化との摩擦として現れることを示した。

タイのホスピタリティ文化についてタンティプラサートスク氏は、「顧客の要望に応えることを価値とし、ノーと言わないのがタイのホスピタリティだ。ラグジュアリーホテルでは『水をもっと置いてほしい』『毎日シーツを替えてほしい』という要望が当然とされるなか、サステナビリティと整合させるのは簡単ではない」と語る。これに対する同社の解決策は、顧客とコミュニケーションを取り、理解してもらうこと。デュシットは「Farm to Function」の考え方で、ホテル内で採れた野菜や卵の収穫・調理に参加してもらうことで、顧客体験も高めているという。

また、同社は「サステナビリティの成果は数値だけではない。人の満足が揃うことで本当の成功になる」(タンティプラサートスク氏) と、評価指標に従業員や顧客の満足度も含めている。単に環境・社会への貢献だけではなく、従業員、顧客のすべてが同時に満足する「win-win設計」が重要だと説いた。

デュシット・インターナショナルの中央・南部タイ運営担当副社長プラチューム・タンティプ ラサートスク氏。「数値目標の達成には従業員の前向きな参加と、顧客の満足が不可欠」

社会的価値の創出と本気のリーダーシップ

パン パシフィック ホテルズ グループは、環境対応に加え、社会的側面にも焦点を当てた。特に障がい者雇用について、同社CEOチョウ・ペン・サム氏は「ホテル業界は、障がいのある方を雇用するのに最も適した業界のひとつ」だと強調する。

その一方で、「10年以上取り組んでいるが、8000人の従事者のうち48人にとどまる」との現実を率直に明らかにした。それでも同社が質的成果を重視するのは、「その半数が5年以上勤務している」という事実があるためだ。同社は障がい者を対象とした専門の訓練学校を設立し、各個人の強みに基づく配置を通じて、定着率と雇用の質を高めている。

環境面では、雨水再利用システムや新世代センサーによるエネルギー管理といった最新の環境技術も導入しつつ、チョウ氏が最も重視するのはトップのコミットメントだ。「リーダーが本気で信じていると分かって初めて、人は動く」(チョウ氏)。経営層が率先して信念を示すことが、あらゆる施策の土台になると力を込めた。

パン パシフィックのチョウ・ペン・サム氏。恵まれない家庭を食事に招いたり、若者のインタ ーンシップの提供などホテル資源を社会に開く取り組みも続ける

食品廃棄はなぜ減らないのか ―測定でコストを可視化

また、「ビュッフェのその先へ:データに基づくホスピタリティ業界の食品廃棄対策」と題した別セッションでは、ホテルにおける食品廃棄を「測定可能な経営指標」へ転換するために、ビュッフェにおける廃棄削減をテーマに、 多角的な視点から議論がおこなわれた。

フードロスの専門家、ベンジャミン・ルフィリベール氏は、「多くのホテルは、自分たちがどれだけの食品をいつ捨てているか正確に把握していない」と指摘する。さらに重要なのは、その内訳である。

過去13年のデータによると、ホテルの食品廃棄の約50〜60%は厨房で発生するプレコンシューマー廃棄であり、ビュッフェにおける廃棄は10〜15%に過ぎないという。ルフィリベール氏は、「技術は問題解決のツールであって、マインドセット、手順、働き方を変えることはできない。重要なのは方向性を示すリーダーシップ、従業員のトレーニングと意識向上、毎日どれだけ損失が出ているか理解するシンプルな測定だ」と主張する。まずは7日間で測定した廃棄物を基準にビフォーアフターを比較し、金銭換算することによって、経営陣と現場スタッフの行動は変わるという。

廃棄を減らす二つのアプローチ ―仕組みとメニュー設計

現場での実装を阻むもう一つの壁は、人の行動だ。行動科学の専門家サバ・カウザー氏は「人は意図的にサステナブルな選択をし続けることが難しい。特に旅行中は楽しむことが優先され、サステナブルな選択は後回しになる」と述べ、責任ある選択が無理なくおこなうことができるシステムを設計する必要を説いた。

小皿を使う、料理の配置を変える、「おかわり歓迎」と明示するといったナッジ(行動の後押し)が、大きな効果を生むという。カウザー氏は、ノルウェーのホテルで朝食の廃棄を75%削減した事例も紹介。ほかにも、動線を短くしたり、従業員による「いつでもお取りください」の声がけ、オンデマンド形式の導入も効果があったという。

さらに重要なのは、廃棄が発生した後ではなく、「発生する前」に手を打つ視点だ。動物愛護団体ヒューメイン・ワールド・フォー・アニマルズのジャンジャリー・チアンウィチャイ氏は、「メニュー設計段階での介入が最も効果的」と指摘する。動物性食材に比べ、植物性食材は保存性が高く、再利用もしやすい。メニューに占める植物性の割合を20%増やすだけでも、大きな削減効果が生まれるという。「売り方」も重要で、植物性メニューを追加するだけではなく、魅力的なネーミングや配置、そしてスタッフが自信を持って勧めることによって、「選びたくなる」設計が必要となる。

たとえば、バンコクのIbis Bangkok IMPACT では、通常は廃棄されるパパイヤの種をクラッカーとして再利用するなど「廃棄を前提としない設計」が新たな付加価値を生み出している。

技術はすでに存在する ―導入を阻むのは経済性

一方で、チェンマイ大学工学部准教授のプルック・アガラングシ氏は、「廃棄物を資源化する技術はすでに十分に存在している」と指摘する。食品廃棄はバイオガスへの転換や残渣の肥料利用など、循環型システムとして活用できる技術は確立されており、同大学のキャンパスでも電力・輸送燃料として実用化されている。

それにもかかわらず、ホテルにおける導入は限定的だ。その理由は化石燃料の方が依然として安価であるという経済性と制度的インセンティブの欠如によるものだ。カーボンオフセットのような制度が義務化されたり、顧客が責任あるホテルを選択したりことで企業が変わっていくと主張する。

技術、行動科学、メニュー設計、測定というアプローチで廃棄物削減のソリューションを議論した「ビュッフェのその先へ:データに基づくホスピタリティ業界の食品廃棄対策」

2つのセッションを通じて浮かび上がったのは、サステナビリティを実際に動かしていくのは制度や技術ではなく、最終的には「人」であるという点だ。測定やKPI、認証制度は変化を支える重要な仕組みだが、それを機能させるのはリーダーの確かなコミットメントと、現場での地道な取り組みの積み重ねにほかならない。ホテル産業のサステナビリティは、理念から経営へ、そして現場へと、着実に広がりつつあることがうかがえた。

取材、写真・記事 平山喜代江

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