こんにちは。日本交通公社の山田雄一です。
読者の皆さんは、DMOのMがダブルミーニング、すなわち、マネジメントとマーケティングの意味を持つことはご存知でしょう。DMOという概念、キーワードは、2000年代初頭に出てきましたが、主に欧州ではマネジメントを担う組織、北米ではマーケティングを担う組織ととらえることが一般的でした。
ただ、コロナ禍を経た現在、北米でもDMOの「M」は、マネジメントを指すことが多くなっており、DMOとは、デスティネーション・マネジメント・オーガニゼーションであるという認識が広がっています。
筆者は、『観光まちづくりのマーケティング』(2010年発売、学芸出版社)を共著で出版しているように、観光振興にマーケティングが極めて重要であるという立場をとってきました。しかしながら、内外の環境変化を見るに、近年のマネジメントへのシフトは合理的な選択であると考えています。
今回のコラムは、その理由について、少し変わった視点から話をしてみたいと思います。
自由で公平な取引ほど格差が広がる
私は、世の中の事象は「すべからくパレート分布する」と考えています。これは、これまでの各種分析の結果から導出された知見です。パレート分析とは、重要な少数の要因が大多数の結果を生み出すという法則を視覚的に分析する手法です。実際、国内の宿泊旅行市場は国民の3割程度で寡占しており、その需要は全市町村の3割程度で「ほぼ」受けており、必然的に宿泊業や飲食業の就業者が居住している地域も限定されています。
その結果、京都市のようにオーバーツーリズムが叫ばれる地域が出てきている一方で、需要が張りつかず施設維持も難しい地域もあります。これは、東京への一極集中と同様に、国全体での地域振興という視点においては社会問題であり、国(観光庁)も地方分散を重要な課題としています。
ただ、観光に限らず、すべてにおいてパレート分布が生じているということは、社会事象にはこうした偏在が生じるものであり、分散している方が異常な状態であると考えるべきでしょう。
偏在する理由については、さまざまな研究がおこなわれていますが、筆者が注目しているのは「ヤードセール・モデル」と呼ばれる経済学や統計力学の観点から富の分配と格差拡大のメカニズムを説明するものです。ヤードセールとは、主にアメリカやカナダなどの北米で、個人の自宅の庭(ヤード)や車庫(ガレージ)を開放して不用品を売るイベントのことです。
この場合、売り手も買い手も、そのモノの本当の価値はわかっていないなか、価格交渉をおこない、取引することになります。これは、売り手と買い手の意識だけで制約を設けずにおこなわれる、最も自由で、公平な取引と考えられます。自由で公平であれば、結果も平等になるだろうと考えがちですが、実は、これをコンピューターでシミュレーションすると、取引が繰り返されていくことで、富が一部の主体に極端に集中してしまうことが実証されています。
我々は、強者と弱者に分かれるには、何かしらの理由があると考えがちです。しかしながら、このモデルが実証したのは、自由で公平な取引が展開されていくと「自然と」強者と弱者に分かれ、パレート分布につながっていくということでした。格差を生じさせていたのは、自由で公平な取引の結果だったのです。
伸びる地域は今後も伸びる、観光将来推計の現実
「それはおかしい。差がつくには、何かしら理由があるはずだ」という指摘もあるでしょう。
ただ、観光研究の世界でも、実は同じような結論に至っています。それは、地域間の観光客数の違いを説明したり、観光客数の将来推計をおこなったりする研究です。
これらの研究において利用されてきたモデルは、大きく2つに区分できます。
1つは、観光資源の量や質、大都市などからの距離、費用など地域特性から説明しようとするものであり、もう1つは、過去からのトレンドから説明しようとするものです。世界中で、多くの研究がおこなわれてきましたが、結局は、後者、それも、単純な直線回帰の説明力が高いという結論に至っています。これは、自己回帰モデルと呼ばれ、現在の値は、過去の自分自身の値に依存して決定されることを示しています。各地域が持っている資質やポテンシャル、または、ライバルとの関係性といった変数ではなく、「伸びてきたところは今後も伸びていく」という、身も蓋もない結論となっているのです。
ただ、冷静に考えてみれば、「同じ存在」からスタートしたヤードセール・モデルでさえ、取引を重ねるにつれて理由なくパレート分布となっていくのですから、もともと違いのある地域においては、パレート化がより進みやすいと考えることは妥当でしょう。
さらに、この自己回帰モデルは、何かしらのイベントによる需要の急激な増減があっても、一定の期間を経た後に、もとのトレンドラインに収束するという強い復元力を持ちます。コロナ禍によって一度、完全リセットされたのに、その後、ほぼ同じ状態に復元されたことは、その好例です。コロナ前後では中国市場の位置づけが変わっているにもかかわらずです。
筆者は、これを「慣性の法則」と呼んでいますが、なぜ、そうなるのかを完全に説明することは難しいのが実情です。
ただ、ヤードセール・モデルも、自己回帰モデルも時間経過とともに、格差が広がっていくことが「自然な姿」であることを示しています。訪日需要が入って来るなか、グイグイと成長していく地域がある一方で、衰退が止まらない地域も多く存在するのは、この「自然な姿」ということもできるのです。
ネット時代が変えた、観光地選びのゲームルール
では、なぜ、かつては賑わったものの、衰退していった地域があるのでしょうか。
ヤードセール・モデルでは、最終的に少数の主体に富が集中するため、賑わった地域も時間経過の中で劣後していくということは理解できますが、観光研究での自己回帰モデル、私の言葉でいえば慣性の法則によると、伸びていくところは伸びていくわけで、賑わった地域が衰退に転じる理由の説明はできません。
この背景には、これまでの推移(経緯)が意味を失うような構造変化があると考えています。
慣性を崩すレベルで、変化が生じた場合、過去からのトレンドラインは、その根拠を失ってしまうからです。
観光地においては、1990年代後半からの国内市場の急減と、同時並行に生じたネット環境の普及が指摘できます。端的にいうと、1990年代までの観光旅行の多くは、中間に旅行会社が入っており、顧客は旅行会社が用意した商品を購入していました。これが2000年代に入ると、OTAや施設の直接販売が増加し、顧客は自身で自身の旅行を組み立て、購入することができるようになりました。こうした経緯は、団体旅行から個人旅行(FIT)への変化として語られることが多いのですが、「取引」という視点で見れば、中間にあった旅行会社の存在感が下がったことのほうが重要です。
ヤードセール・モデルは、対等な主体が自由に取引をおこなうことを前提としていますが、20世紀の観光市場とは異なります。当時の取引は旅行会社という中間業者が関わったスーパーマーケット型だったからです。中間業者は、人気の高いところに過度に依存するのではなく、オルタナティブを増やしておくことで事業の安定性が高まります。温泉地として草津しか売れないより、箱根や伊香保、鬼怒川も草津と同じように売れたほうが、収益が増えるからです。そのため、中間業者が調整弁となり、過度な集中は抑制されてきたと考えることができます。
しかしながら、ネット時代の到来は、そうした調整役の存在感を薄め、人々の観光地選択をヤードセール・モデルへと転換させました。
失われた中間としての旅行会社
そうした状況において重要な取り組みとなったのが、「マーケティング」であったと私は考えています。
スーパーマーケット・モデルから、ヤードセール・モデルへと転換した社会において、より有利に取引を進めるには、マーケティング概念が重要だったからです。
顧客に直接、旅行先として選好してもらうためには、顧客の立場に立ち、彼らが「ここに行きたい」と思ってくれるポイントを知り、対応していくことが有効です。それまで、こうした役割は中間事業者となる旅行会社がやってくれていましたが、自身でやらなければ顧客に選んでもらえなくなりました。
DMOという概念ができたのは、ちょうど、このタイミングとなります。
特に北米では、もともと経営学の研究と実践が進んでいたうえ、大手ホテルや航空会社では当然のように経営への展開が進められていたため、「観光地でもマーケティングが重要」という認識は、関係者の合意を得やすかったと考えられます。
こうしたなか、DMOのMをマーケティングと考えたことは、当然の帰結であったといえるでしょう。
滞在経験を豊かにするマネジメント
しかしながら、観光地選択のヤードセール化が進んでから20年余り。
自由取引が広まった結果として、強者と弱者の差は明確になってきています。
多くの観光客を集めている地域は交通や宿泊、飲食物販などのインフラ・サービス集積も進み、そのキャパシティを高めている一方で、そうでない地域は、施設の統廃合が進んでいることを考えれば、この格差は、かなり強く固定されてきたと考えることができます。
こうした構造になると、先行する2〜3割の地域は、慣性の法則(自己回帰モデル)に沿って客数が増えていきます。そのため、わざわざ「人を呼び込んでくる」ためのマーケティングをおこなう必要性は低下します。代わって重要になるのは、先行者としての地位を維持していくためのマネジメントです。
実際、筆者がヒアリングに赴いた、アムステルダムやベネチアの観光関係者たちは、「我々は人気の観光地であるから、世界の観光市場が増えれば、来訪者が増えるのは当然」「それを前提とした施策を展開していく」といった趣旨の発言をしていました。すなわち、マーケティングではなく、マネジメントを軸に活動するということです。
欧州では、「そもそも地域がおこなうマーケティングに意味があるのか」という主張をする研究者も出てきています。スイスに人々が訪れているのは、DMOなどの取り組みの成果ではなく、スイスを訪れた人々自身の判断の結果なのではないかという主張です。
筆者は、慣性の法則(自己回帰モデル)となる理由は、顧客が地域への来訪を通じて得た経験に対する評価、一般には満足度とかロイヤルティと呼ばれるものが影響していると考えています。特に、「友人や知人に紹介したい」という紹介意向は、その地域の、その後の成長に大きく影響することがわかっています。
客を呼び込むことよりも、来訪した人々に好感を持ってもらうことが重要であるとすれば、来訪させるためのマーケティングよりも、来訪した人々の経験を豊かにするマネジメントを優先することが合理的な判断といえるでしょう。
旭山動物園の趨勢が示す教訓
以下は、北海道旭川市にある旭山動物園の入園者数の推移を示したものです。
旭山動物園入園者数の推移(著者作成)
旭山動物園は「行動展示」という手法を取り入れたことで、2000年代の初めに大ブレイクしました。この時期、観光市場全体は縮小の一途にあったため、そのなかで客数を飛躍的に増やしていった同施設は、高い注目を集めることになります。
同園が、行動展示を始めたのは1997年9月に最初の専用施設「ととりの村」を開設したこととされます。その後、2000年にペンギン館、2004年にあざらし館を新設し「新しい動物園」という評価を確立していきます。これに注目したメディアがニュース、TVドラマ、映画といった形で情報発信し、旅行会社も多くのツアーを催行したため大ブレイクすることになりました。
意図的に旭山動物園が仕掛けたわけではありませんが、マーケティングの勝利といえる成果であり、同園も後続施設を追加投入していくことになります。
しかしながら、その隆盛は数年で息切れし、入園者数は減少に転じていきます。2010年代に入り、その減少は底打ちしますが、その水準は行動展示を展開してからメディアによるブレイクが起きるまでのトレンドラインの延長線とほぼ重なります。
ただ、すでに「下降する」という慣性の法則に囚われた同園は、この水準で踏みとどまることができず、微減傾向にあります。
この事例は、マーケティングはうまく作用すれば強烈な効果を生み出すものの、その効果は一過性であり、中長期的に重要なことは自力をしっかりと高め、関係者の支持を継続的に受けていくためのマネジメントであるということを示しているのではないでしょうか。



