【レポート】中堅旅行会社の取組みに学ぶ、「安心・安全」の確保 -JATA国際観光フォーラムより(3)

旅行会社の適切な危機管理がツアーの事件・事故を未然に防ぐ

世界各地で発生する偶発的な事件・事故は止めようがない。旅行者が図らずもトラブルを起こしてしまうこともある。そんな中、旅行会社はトラブルを未然に回避し、ツアーの安心・安全をいかに確保することができるのか。2013年9月14日に開催されたJATA国際観光フォーラムのシンポジウムでは、シニアを顧客層とするグローバルユースビューローとユーラシア旅行が自社の危機管理対策を紹介。ツアー実施前からツアー中、さらには顧客層特有のリスク回避策まで、幅広い事例が話された。


【パネラー】

  • グローバルユースビューロー営業部取締役部長 柴崎聡氏
  • ユーラシア旅行社取締役企画旅行事業本部長 川畑宏氏

【モデレーター】

  • 近畿日本ツーリスト海外旅行部部長 菅野貴氏

▼事前のリスク管理体制の構築

添乗員からマスコミまで、あらゆる対応を

ユーラシア旅行社取締役企画旅行事業本部長 川畑宏氏

ツアーの危機管理では、社内の管理体制の構築が大前提だ。両社とも常時、非常時の用意をしており、常時では24時間体制で現地添乗員やツアー参加者、留守宅に対応できる体制を整えている。

その際のポイントとして、ユーラシア旅行社・川畑氏は、旅行先やツアー内容に応じて添乗員に衛星電話を持たせ、添乗員が事故に巻き込まれた場合の対策も用意するなど、細かな観点を紹介。グローバルユースビューロー・柴崎氏は24時間対応をするために、担当者が旅行者等のデータを取り込んで自宅に持ち帰るPCは指紋認識機能で管理し、インターネットには繋がないなどの個人情報の安全対策も披露した。

非常時の対応では両社とも、JATA海外緊急重大事故支援システム(支援システム)に加入。対策本部の設置から家族の現地派遣、関係省庁の連絡、マスコミ対応まで一連のサポートを行なうもので、万が一の際はこのガイドラインに沿って対策本部を設置する。ユーラシア旅行社では「支援システムを利用した会社から、マスコミ対応でかなりの時間が費やされるため、本当に役に立ったという話を聞いた」(川畑氏)ことが、加入を決めたポイントになったという。


▼現地トラブル時のツアー催行可否判断

危険情報をもとに各社主体的な安全対策を

グローバルユースビューロー営業部取締役部長 柴崎聡氏

「ツアー催行可否の判断基準で大切なのは、外務省の渡航情報」とモデレーターの菅野氏が言うように、旅行会社が最も参考にするのが外務省の渡航情報、とりわけ危険情報だ。

2002年、外務省は危険情報の内容を現行の4段階に変更。同時に旅行会社のツアーに対する強制力がなくなり、旅行会社自身が催行可否を判断することになった(※)。2005年にはJATAが危険情報の2段階目にあたる“渡航の是非”までは、旅行会社が安全確保に適切な対策や危険回避を講じることができる場合、ツアーの実施が可能とする「企画旅行における外務省渡航情報への対応についての考え方」を示している。

同じ危険情報であっても判断基準が旅行会社ごとに異なるようになったが、登壇した3社はJATAの“考え方”に沿った基準を設定。“渡航の是非”の発出で、ユーラシア旅行社とグローバルユースビューローが「原則、該当地域を除外、もしくは催行中止。ただし、総合的な判断の結果、安全性に問題がない場合は催行」としているのに対し、近畿日本ツーリストは「原則催行。データを揃えて、危険回避措置ができると判断できれば催行」とニュアンスが異なるが、きちんとした情報収集と社内の議論を経て決定するのは共通である。

菅野氏は、外務省が海外安全ホームページ内で、「信頼性の高い旅行会社は、顧客の安全を第一に考えるものです。旅行会社を選ぶ際には、その会社の安全対策の考え方を十分聞いた上で、判断することが大切です(一部抜粋)」と記載していることを紹介。「安心・安全を提供することが品質に繋がる。顧客の安全を真剣に考えてどう実践できるかが、我々の役目である」とこのテーマを締めくくった。

※変更前の危険情報は5段階で、レベル1「注意喚起」ではツアー参加者に書面を交付、レベル2「観光旅行延期勧告」でツアーの新規出発は中止が定められていた。現在の通達では旅行会社に対し、“主催旅行の催行可否や計画内容の決定は、危険情報の内容及び現地の状況を十分踏まえて行なうこと。該当地域への旅行をする場合は、旅行者に危険情報が出されていることを書面で知らせ、その内容を説明すること”などを求めている。


▼“渡航の是非”発出時のツアー催行例

現地の情報を正確に把握して、細やかな判断を 

では実際に“渡航の是非”が発出された地域へのツアー実施はあるのか。パネラー2社ともに顕著な事例としてあげたのが、ジンバブエ全土に発出された際のビクトリアフォールズ観光だ。「ビクトリアフォールズには滝しかなく、そこで暴動やテロは起こらないだろう」(川畑氏)と判断。「外務省の情報は、ばっくり出るケースがあるので、旅行業者が細かく見ていかなくては」とも続ける。

また、危険回避措置の事例としては、部分的にガードマンや保安員を同行させるケースがあると紹介。例えばユーラシア旅行社では昨年の「アラブの春」後のエジプトで、渡航情報が“十分注意”に下がった際にツアーを催行したが(現在は中止)、カイロ滞在中はガードマンを同行し、金曜夜の滞在は回避するなどの措置を講じたという。

近畿日本ツーリスト海外旅行部部長 菅野貴氏

菅野氏も2010年のバンコクで起きたデモ時の対応を紹介。一部の旅行会社を除きツアーが中止された状況だったが、近畿日本ツーリストでは社員を派遣し、ホテル変更やホテルに常駐して旅行者への日々の情報提供など注意喚起を行なった。センセーショナルな報道が印象的だったが、実際は市内の一部であり、観光地であるチャオプラヤ川沿いの寺院は安定していて静かだったという。

その後の事態悪化を受けて中止としたが、菅野氏は「自社の目で確認することで適切な危険回避措置がとれ、催行できるようになる。安心・安全を届ける姿勢を忘れないようにしながらも、ツアー催行に努力することを旅行会社は考える必要があると思う」とも語った。

なお、「ツアーは事前調査に尽きる」と柴崎氏が言うように、両社とも多角度の情報を重視しており、それが客観的な判断に繋がるという。情報収集には外務省の海外安全ホームページのほか、外務省の領事サービスセンター、現地法人、ツアーオペレーター、添乗員の現地情報、社員の下見、各国のニュースサイトやFacebook、TwitterなどのSNSまで活用。旅行会社8社で構成する「フロンティアリスクマネジメント会」にも所属し、情報交換を行なっている。


▼ツアーの安全管理、危険回避と旅行の楽しみのバランス

現地で利用する乗り物の安全管理も重要である。とりわけバスはトルコ、米・ユタ州、エジプトなどで重大事故が発生しており、旅行会社の管理体制を問う報道もされている。

こうした事態に応じ、JATAでは「海外バス会社の選定及び運行に関する基本ガイドライン」を策定しており、パネラー2社もこのガイドラインを参考にした対応を実施。ユーラシア旅行社ではガイドラインを契約書の一部として明記しているという。

また、両社とも各国のシートベルトの様式や走行距離・時間等の法的義務などを社内で管理。添乗員が事故の写真などを乗せた注意書きを持参し、出発前にドライバーに見せながら細かい注意喚起をしている。

一方、その他の乗り物では対応に違いがあった。ユーラシア旅行社の場合、気球やヘリ、ラクダや馬などの動物については基本日程から除外し、オプショナルツアーで対応。これに対しグローバルユースビューローでは気球はルクソールの事故を見て中止としたものの、セスナ、ヘリ、動物については実施している。

柴崎氏によると今年、モンゴルでラクダから落下した事故があった。乗馬時に、風に吹かれたビニール袋で顔を覆われたラクダが驚いたことによるもので、社内で議論した結果、注意喚起や自己責任を強く求めて実施することを決定した。柴崎氏は「危険回避は重要だが、やりつくすと旅行の楽しみがなくなる」と、そのバランスも指摘する。


▼旅行者が参加する際のリスクにも配慮

ツアー中の事トラブル防止では、参加者の健康管理も忘れてはならない。「今後、シニアの旅行参加が増える中で、旅行会社のリスクという側面はある」と菅野氏は指摘しており、既往症、治療と服用薬、アレルギー、歩行状況などを事前に把握することで、トラブル防止策を講じることができる。例えば、インシュリン注射は航空会社によって対応が全く異なるため、事前によく確認をする必要があるという。

パネラー2社ともツアー参加者の健康状態の把握を重視しており、グローバルユースビューローでは、顧客の健康状態を問う「お伺い書」を配布し、データを管理。ユーラシア旅行社では健康に関するアンケートをツアーの申込書内で実施している。

さらに、海外旅行保険の加入促進も旅行者を守る上で有効だ。ユーラシア旅行社では海外旅行保険の加入も申込書の中で確認。「中級以上の登山ツアー、高山病リスクのあるツアーは、救援者費用補填のある保険加入がツアー参加の必須条件」(川畑氏)とまでしている。

グローバルユースビューローでも必ず海外旅行保険に加入してもらうが、その際には家族に要介護者がいる参加者には旅行の変更費用を担保する特約を案内するなど、保険の必要性を具体的に伝えている。また偶然事故対策費用については「手配側もこれがあると安心」と説明。フライト遅延による予定外の宿泊が発生した費用やキャンセル料などを保険で対応でき、旅行会社のサポートにもつながるという。

なお、海外旅行保険の対応について柴崎氏は「社員が正しい知識を持つことが大前提」といい、社員に対する啓蒙も欠かさない。保険以外でも朝礼時には前日のツアー状況を報告し、危機管理に関するセミナーも行なっているという。ツアーの安心・安全には管理体制のみならず、経営者や危機管理担当から現場レベルに至る理解浸透も重要である。


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