観光のデジタルマーケティングはいよいよ新たな次元に突入 ―トラベルボイスLIVE特別版・取材レポート

スマートフォンが浸透し、人々のインターネットとの接触時間が増加するのに伴い、デジタルマーケティングの重要性が増している。観光分野ではどのような取り組みが行なわれているだろうか。どのような対応が必要だろうか。

電通の観光ユニットOTA分科会は恒例の主催セミナーを、弊誌のセミナー・フォーラムシリーズ「トラベルボイスLIVE」特別版として、デジタルマーケティングをテーマに開催。日本政府観光局(JNTO)と地域DMOの担当者が現状の取り組みを表したほか、電通観光ユニットがOTA利用者の実態調査結果を発表。ベンチャーリパブリック代表取締役社長の柴田啓氏と弊社トラベルボイス代表の鶴本浩司が、世界のデジタルマーケティングのトレンドを説明した。

各セッションを通して総括すると、観光のデジタルマーケティングはいよいよ新しい次元に突入し始めていると言えるLIVEであった。

日本の現状1、国の積極展開が始まる

まずは国の訪日プロモーションを担うJNTOが、2019年度からデジタルマーケティングを積極化する方針を発表。JNTO理事の柏木隆久氏は、世界でインターネットを利用する人とその利用時間が増え、使用デバイスのトップもPCからスマホに変わろうとする状況にあるなか、「そういう人たちが(訪日プロモーションの)対象である以上、デジタルマーケティングを使わざるを得ない」と述べ、その重要性を強調した。

具体的に行なうのは、(1)日本の魅力を伝えるコンテンツの整備と多様化、(2)ターゲットにあったデジタル発信の精緻化。「これを両輪で展開し、2018年の早期にローンチさせる」予定だという。特定の属性を持った人に発信する仕組みを整え、多様なコンテンツを多様な受け手の人々に対し、ターゲティング発信ができるようにする。こうして構築したオーディエンスプールを、地域のプロモーションや観光商品など、観光に関わるプレイヤーの発信に有償提供することも検討しているという。

JNTO理事の柏木隆久氏

日本の現状2、地域ができる取り組みは?

では、地域の現状はどうか。今回登場したのは、富山県上市町、栃木県の日光DMO、北海道の阿寒観光協会まちづくり推進機構DMO(阿寒DMO)の3地域。年間の観光客数1000万人を誇る日光から、観光的認知から始める必要のある上市町、旅行会社のパッケージツアーによる送客から個人旅行(FIT)化への対応が求められている阿寒DMOまで、規模や課題がそれぞれ異なる地域だ。

しかし、デジタルマーケティングの取り組みについては、いずれも意欲を持ち、何かしら着手はしているものの、本格的な活用には至っていなかった。これはこの3地域に限ったことではなく、全国的に同様というのが現実だろう。

同セッションに登壇したインバウンドニュースメディア「訪日ラボ」運営会社movの代表取締役・渡邊誠氏によると、地域のデジタル活用は「ベースの知識・情報不足」「予算が不十分」の課題があり、仮にプロモーションを行なっても「手法やターゲットが定まっていない」状況にあると説明する。

こういう状況のなかで地域はどのようにデジタルマーケティングを展開していけるのか。参考になりそうなのが、地域に旅館が2軒しかなく、3地域で最も観光産業の規模が小さいという上市町の取り組み。2017年度からSNSのインフルエンサーを起用したプロモーションを始めているという。

超有名ではなくても、5万人規模のフォロワーを有するインフルエンサーを招待し、上市町の魅力を各自のインスタグラムやツイッターなどに投稿してもらう。まずは認知浸透を目的に取り組みつつ、どの客層が反応しているのか効果測定も始めた。「観光産業が小さい方がデジタルの親和性があるのでは」という同町アドバイザーの加形拓也氏の言葉からは、手ごたえを得ていることがうかがえる。

左から)「訪日ラボ」運営mov代表取締役・渡邊誠氏、日光DMO代表・渡辺広行氏、阿寒観光まちづくり推進機構DMO推進部長・森尾俊昭氏、上市町アドバイザーの加形拓也氏

マーケットの現状:タビナカの意思決定がポイントに

オンラインで旅行を予約する消費者は、デジタルの影響をどれくらい受けているのか。電通マーケティングソリューション局の阿南理佳子氏が、「OTA利用者の行動動線実態調査」の結果を発表した。

これは1年以内にOTAを利用して国内の宿泊予約をした東京・神奈川・千葉在住者が対象で、宿泊予約時期のピークは1か月前が主流、2、3か月前も2割弱いるとの結果に。情報収集に慣れ、事前の計画を緻密に行なう姿が浮かび上がった。ただし、タビナカ要素では旅行中やその場で意思決定をすることが多いという結果も。タビナカで決定する割合は、観光施設は1割程度だが、アクティビティは2割、食事は4割、土産品は6割を占めており、阿南氏は「タビナカの段階で入り込む余地がある」と指摘する。

では、OTAユーザーは何を見てタビナカでの意思決定をしたのか。

調査によると、現地の観光案内サイトに加え、現地の観光ガイドブック、パンフレットなどデジタルとアナログが混雑しており、阿南氏は「ハイブリットマーケティングに勝機がある」と提言。SNSは1割未満で低スコアだが、「ターゲットを絞るならSNSの活用あり」とも見る。

電通マーケティングソリューション局の阿南理佳子氏


世界の現状:大手がターゲティング&タビナカのデジタル施策に注力

メタサーチ「Travel.jp」を運営するベンチャーリパブリック代表取締役社長の柴田啓氏とトラベルボイス代表の鶴本のセッションでは、両氏が海外で開催されているオンライントラベル国際会議で見聞した世界の最新トレンドと注目の動向を解説した。

柴田氏は、海外の政府観光局やDMOではデジタルマーケティングの取り組みが進んでおり、例えばオーストラリア政府観光局では予算の6~7割をオンラインにシフトさせると明言したことを紹介。取り組み方法はインフルエンサーマーケティングが多く、現在の大きな流れになっているという。

もう一つのトレンドは、パーソナライズ化。オンライン旅行市場で成熟化が起きているなか、エクスペディアやプライスラインなどグローバルOTAが個々へのターゲティングで顧客の囲い込みに力を入れるようになった。テクノロジーとビッグデータの活用でその取り組みがしやすくなった背景もあり、この先4、5年はこの傾向が続くと見る。

ただし、市場の成熟化が起こっているのはホテルと航空券予約の領域のみ。アトラクションや体験、民泊(シェアリング)などタビナカ消費はまだ完全にオンライン化されておらず、オフラインの分野も多い。これをオンラインで瞬時に予約できるようにする大手OTAの動きが強まっていることも指摘した。

ベンチャーリパブリック代表取締役社長の柴田啓氏

トラベルボイス代表の鶴本は、トラベルボイス立ち上げの5年前から「タビナカの時代が来る」と力を入れていたが、その動きが加速している理由のひとつが「スマートフォンの普及」だと説明。以前はタビマエに事前調査して決めていた旅行行動を、タビナカで判断するようになる「判断の流動化」が起きている。

先の電通の調査発表でその現象がデータで表れているが、鶴本はSNSの結果についても興味深いと指摘。「若年層はグーグルではなくインスタ検索が増えており、例えば渋谷にいる時に『渋谷 ラーメン 美味しい』と検索して行動することが起こっている」と、タビナカでのSNS検索が始まっていることを示した。

トラベルボイス代表の鶴本浩司

柴田氏はインスタグラムで最近、各ユーザーのウォールにハッシュタグ設定ができるようになり、ユーザーの興味に合う画像が入るようになったことを説明。観光の若年層向けマーケティングについて、「以前は若年層が(投資をするほどの)旅行の消費層であるかに悩み、踏み込めていなかったが、インスタが普及したことで対象に入ってきた」との見解を述べた。

さらにタビナカでの検索についても「強烈に進む」と言及。同社が展開する旅の専門家(=インフルエンサー)による旅行ガイド「たびねす」の記事の閲覧状況について、夏期はスマホ経由が9割に及び、大都市以外からのアクセスが増加してることから、「観光客が旅先で記事を見ている」という。

柴田氏は「インフルエンサーマーケティングは消費者の気付きのところに効くのは間違いないが、旅先で見てもらうことで最後の一押しで消費に繋げることができる。タビナカとコンテンツの関係は非常に重要」との見解を示した。

記事:山田紀子

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