カナダが重視する先住民ツーリズムとは? 多様な文化や負の遺産も観光素材とする取り組みを現地取材した【写真】

写真提供:Destination Canada

多文化主義を掲げるカナダはダイバーシティ(多様性)を受け入れるインクルーシブな社会へ向かっている。この考え方は、ツーリズム産業にどのように現れているだろうか。2019年5月末にトロントで開催されたカナダのトラベルトレードショー、ランデブーカナダ(RVC)2019で見た、先住民ツーリズムなどカナダツーリズムにおける多文化のあり方をレポートする。

インクルーシブとはあらゆる人が排除されることのない公正な社会のこと。過去を乗り越え、多文化が共生するための寛容さがカナダ人の価値観となっている。この考え方が現れているツーリズムプロダクトのひとつの例として、国立の博物館・美術館の展示の仕方がある。RVCにも出展していた首都オタワのカナダ国立美術館は、2016年の改装で先住民(※注)の考古学的な収蔵品もカナダ美術史の中で同じスペースに包括。年代別に並べ替え、先住民アートだけを別展示にはしていない。

同じく、ケベック州ガティノーにあるカナダ歴史博物館は建国150周年の2017年、カナダの歴史展示を「カナディアンヒストリーホール」として再構築。バイキング到来からイエローナイフのワイルドキャットカフェの実物大模型までだった歴史(展示)を、カナダで発見された人類の足跡からシリア難民受け入れにおよぶ1万5000年の歴史へと刷新した。改装のポイントは、先住民含めカナダを形成する多民族の視点も含めたこと。同化政策のような負の歴史や移民政策も含めて「現在のカナダを作った100年の歴史の展示を充実させた」と同館で団体セールス担当のステファニー・フォーティン氏は語る。

ランデブーカナダ(RVC)では先住民による儀式も行われた(写真提供:Destination Canada)先住民の作品もカナダ美術の中で同じスペースに展示(カナダ美術館)RVCの先住民ツーリズムのブースを集めた専用エリア

先住民ツーリズムがカナダの個性に

ITACセールス&マーケティングマネージャーのピカード氏

先住民ツーリズムはカナダ観光局(DC)が重視するテーマのひとつで、同観光局の社長兼CEOデイビッド・ゴールドステイン氏も「先住民ツーリズムはカナダの個性であり、ライバルの国との差別化になる」と述べている。RVCでは4年前から先住民ツーリズム専用のスペースを設け、今年は24社・団体が出展。カナダ先住民観光協会Indigenous Tourism Association of Canada(ITAC)ディレクター・オブ・マーケティングのセバスチャン・ピカード氏によると、カナダ全土にファーストネーションが所有・運営するビジネスは1835あり、海外からの観光客受け入れ体制が整うのは現在130ほど。2021年までに200の受け入れ体制整備を目指しているという。

ITACによると、先住民ツーリズムのプロダクトは、ハイダグワイのオーシャンハウスのようなリゾートや各種ホテル、白いクロクマと呼ばれる神秘的なスピリットベア、ホエールウオッチングなどの野生動物見学、オーロラを見る自然体験、カヌーやカヤック、スノーモービルなどのアクティビティ、住居や食など文化体験、先住民が手がける創作料理レストランまで多彩だ。カナダ観光局が進めるカナダならではの体験「カナディアン・シグニチャー・エクスペリエンス」にも、ノースウエスト準州のイヌイットによるノースツンドラツアーなどITACの12メンバーが入っている。

例えば、ケベック州北部にあるクリー族居住地でも、イユー・イスチ(クリー族)観光局によると、住居を訪ねる文化体験から、夏はカヌーにフィッシング、冬にはスノーシューやスノーモービルなどのプロダクトを通年で提供しているという。ジェームズ湾の東の島にいるホッキョクグマ見学、カリブー(トナカイ)の見学、自生する松茸狩りなどユニークなツアーも始めたそうだ。同居住区は100%クリー族所有のクリーベック航空(YN)で結ばれ、ゲートウエイのバルドールまでモントリオールから90分ほど。

ファーストネーションだけでも50以上の言語があり、その文化もコミュニティによって異なるが、共通するのは「すべてのものは大地から来て、大地に還る」という考え。それゆえ地球をケアし、7世代後のことを考えて生活に必要なものだけをいただく。この教えを守って生き延びてきた先住民の生活を知るツアーが注目されるようになったのは、サステナビリティへの関心の高まりだとITACのピカード氏は指摘する。「植物や動物など含め大自然の恵みを持続可能な形で活用してきた先住民の知恵に触れるのはまさに考え方に影響を及ぼすトランスフォーマティブな体験だ」と話す。

先住民にとっても、ツーリズムをきっかけに自分たちの文化を学び、次の世代に伝えることが仕事となることが、文化を守ることにつながる。ITACピカード氏によると、観光客が先住民の暮らし方を尊重してくれることで子供たちも自分たちの文化を誇れるようになったという。実際に、カナダ歴史博物館で実施されている「インディジネスエクスペリエンス」でも10~20代の若い先住民らがパフォーマンスや説明をして、新しい語り部として活躍している。

ホッキョクグマとグリズリーのハイブリッド、森の精霊と呼ばれるスピリットベア。ブリティッシュコロンビア州の限られた地域に生息(写真提供:Indigenous Tourism (C)Spirit Bear Lodge )ケベック北部のクリー族の居住地で見られるオーロラ(写真提供:Tourisme Eeyou Istchee Baie-James)カナダ歴史博物館のインディジネスエクスペリエンスでは先住民による歌や踊りが見られる

負の遺産をツーリズム素材に転換

負の遺産をツーリズムのプロダクトに転換したユニークな施設もある。ブリティッシュコロンビア州クランブルックにあるセントユージン・ゴルフリゾート&カジノ(125室)はKtunaxa族(一般的にクーテナイ族と表記されるが、Ktの発音はKとTの間で、トゥナハ族が現地の発音に近い)への同化政策が行われた寄宿学校がホテルとなった施設。18ホールのゴルフコースやカジノを併設するリゾートの一方で、伝統的な住居に泊まりながらクラフトやゲーム、食事を楽しみながら先住民の文化を学ぶプログラムも用意されている。

この施設を立ち上げたのは元生徒たち。カナダの負の歴史である寄宿学校をポジティブなものに変えたいと呼びかけ、同志から投資を得て、2000年に開業した。同リゾートCEOのバリー・ズゥエステ氏いわく、「先住民の歴史、学校の歴史、リゾートの未来の3つの話が学べる」そうで、すでに今年80校以上の教育旅行を受け入れている。日本の修学旅行ではカジノがある場所を嫌がるが、同リゾートではカジノの運営は税金や経費を払うためで、「カジノはこの施設のひとつの機能にすぎず、大事なのはストーリー」とズゥエステ氏は強調する。

元寄宿学校のセントユージン・ゴルフリゾート&カジノ(写真提供:St. Eugene Golf Resort & Casino)

先住民だけでなく民族文化の多様性の例として、カナダのツーリズムをユニークにしているものにフランス語圏の歴史や文化がある。カナダのフランス語圏コミュニティの文化・経済団体であるRDEEカナダでは観光誘致のため、フランコフォン(フランス語を主言語として話す地域)でできることをCorridor Canadaというサイトやアプリにまとめ、場所別やグルメ、アート、歴史などのテーマ別に観光地情報を提供している。州の枠を超え、フランス語文化というくくりでの旅を提案している。

インクルーシブな価値観は民族以外でも見られる。現トルドー政権は内閣の半数が女性、先住民や障害者・トランスジェンダー、難民出身の大臣もいるなど、幅広いダイバーシティを推進している。国として毎年約30万人の移民を受け入れ、今回RVCの開催地となったトロントにいたっては人口の半分がカナダ以外で生まれているなど、多民族で社会が成り立っているため、多様な文化や習慣、価値観に寛容だ。

そういった寛容さはRVCの会場でも見られ、車椅子の参加者がいたり、1900人に提供されたランチ会場では、魚、甲殻類、ナッツ、卵、グルテン、乳製品、牛肉、豚肉、ベジタリアンなどを選んで提示できるカードが用意され個々の食習慣に配慮されていた。

カナダのインクルーシブな社会は、異文化に対して寛容なツーリズムとなり、多様な文化受け入れの質の高さとして現れている。

※注:先住民はカナダの憲法で、ネイティブアメリカンのファーストネーション、ネイティブアメリカンとヨーロッパ人を祖先に持つメティス、イヌイットの3グループと定められている。先住民人口は約140万人で、カナダ全体の4%超。先住民を表す形容詞も、最近はアボリジナルからインディジネスという表記に変わってきている。

取材・記事 平山喜代江

取材協力 カナダ観光局

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