ピーチ井上CEOが語った「デジタル・リテーラー」のカタチとは? バニラエア統合後に見据える未来への戦略を聞いてきた

バニラエアとの統合完了を2019年末に控え、日系キャリアとしては第三位に躍り出るLCCピーチ・アビエーション(ピーチ)。このほど開催されたテクノロジー×観光の国際会議「WiT Japan 2019」で基調講演を行った井上慎一・ピーチ代表取締役CEOが、来年度の東南アジア路線進出を控え、“アジアの懸け橋(bridging Asia)”を目指す戦略について語った。

競争激化の東南アジア路線にチャレンジ

LCCにとって、経営コストの高い日本は足カセにもなり得るが、「2018年度まで6年連続で営業黒字を達成した」と井上CEOは胸を張る。今年3月末で終了した同年度は、営業収益(41億3600万円)では前年実績を下回ったものの、売上は同10%増の604億900万円。座席稼働率の平均は87.8%。2012年の営業開始以来、累計で3000万人以上の乗客を輸送、フライトキャンセルなしでの運航率は98%を記録した。

目下進めているバニラエアの路線統合では、すでに同社の成田/那覇線などが6月からピーチ路線となり、その他の路線も、2019年夏季スケジュールの終了までにバニラエアとしての運航は終了。同機体は今年末までに、ピーチのデザインに仕様変更していく計画だ。

「統合を成功させるためには、何よりもチームビルディングが欠かせない」(井上CEO)との考えから、昨年11月以降、バニラエアとピーチの間での会合も重ねている。バニラエア社員に、ピーチが目指すアジアのリーディングLCC像について、理解を深めてもらうためだ。

統合が完了すると、ピーチは親会社の全日空(ANA)、そして日本航空(JAL)という二大キャリアに次ぐ国内第三位の航空会社となり、次のチャレンジは、2020年度末までに就航を目指す中距離路線(ミドルホール)の国際線だ。これまで韓国や台湾、沖縄など、短距離路線において新しい需要を創出し、実績を築いてきたピーチだが、新たにエアバス321LR型機を投入し、東南アジア路線へ参入する。

これに対し、日本航空系列のLCC、ジップエア(ZIPAIR)は、2020年5月から成田/バンコク線、7月から成田/仁川路線を運航開始する計画を発表している。さらに韓国では、中・長距離路線LCCのエア・プレミアが動き出す。LCC間の競争激化は必至だが、井上CEOは「短距離路線に参入した当時も、高コストな日本でLCC経営は難しいと言われたが、我々は可能であることを証明してみせた。今回も同じ」と受け止めている。

成田路線を展開し、東京を主要マーケットとしてきたバニラエアが加わった後も、ピーチの本拠地は、今まで通り大阪に置く。東京でのマーケティング活動は、積極的に拡大するとしつつも「利益を確保するためには、あらゆるコストを抑えることが重要。ここは非常に慎重に進めている」(井上CEO)。

知名度ゼロ、広告予算も限られていた創業当時、客室乗務員のリクルートに苦労した井上CEOは、自らピーチのうちわを大阪の路上で配布。他にも、社内にCEO室は設けないなど、徹底的に無駄を省く“ピーチ流”のやり方が、逆にマスコミの注目を集め、その「やりくり」をまとめた本も出版したところだ。

東京五輪が閉幕した後の需要動向を懸念する声もあるが、井上CEOは楽観的。特に関西圏では、2021年に初のアジア開催となるワールドマスターズゲーム、2025年に大阪万博が控えている。IRリゾート、いわゆる統合型カジノ・リゾートが大阪で開業される可能性にも期待を寄せている。

バニラとの統合で国内3位に:プレゼン資料より

「LCCが日本人のライフスタイルを変える」

ピーチのLCCとしての使命は、旅をもっと気軽に出かけられるものにし、最終的には人々のライフスタイルまでも変えてしまうこと。そして実際に、色々な変化をすでに起こしてきたと井上CEOは自負する。

例えばインバウンド需要では、LCCピーチが日本路線に登場したことで、今まではネット通販などで日本の食べ物やプロダクトを買っていた外国人が、日帰りや一泊ツアーで日本にやってくるように。一方、日本からも国内旅行に近い感覚で、ソウルなど近隣アジア都市へ出かける人が増えている。

主要な客層は、今も若い女性だが、最もピーチを利用した顧客を、井上CEOは「単身赴任中のお父さん」と紹介。利用回数は過去7年間で400回だという。「航空運賃が手ごろであれば、例えば沖縄と東京を往復する平日と週末の二拠点生活など、もっと色々な生活の形が可能になるはず。LCCがライフスタイルを変えていく」と力を込めた。

こうした考えから、ピーチでは航空券を販売するだけではない「デジタル・リテーラー」になることを目標に掲げ、旅心を刺激する様々なユーザーエクスペリエンスを整えていく戦略を見据えている。「(今の航空業界は)保守的すぎるし、ちょっと退屈。もっとハッピーなものにしたい」(同CEO)。

例えば、先ごろピーチのウェブサイト上に登場した新サービス「tabinoco」は、C2Cの投稿プラットフォームで、いわば旅行先でのちょっとした体験を、ユーザーどうしがシェアする「旅の小ネタ帳」。ピーチが乗り入れていないデスティネーションについての投稿も可能だ。「“どこ”よりも“何をする”かが旅の動機付けとして重要になっている」(井上CEO)。今のところ、投稿者の多くは、ピーチ利用客の大半を占める若い女性層で、日本語対応のみとなっているが、アジア各国からの利用を意識し、使用言語も増やしていく計画だ。

取材・記事 谷山明子

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