欧米豪の訪日客に人気の「熊野古道」、高評価の理由を分析してみた【コラム】

2018年の訪日外国人旅行者数は3000万人の大台を突破し、過去最高を更新し続けています。しかし市場別の動向をみると、韓国、中国、台湾、香港からなる東アジア4ヶ国の勢いにブレーキがかかっていることがわかります。

日本政府観光局(JNTO)発表の「訪日外客数」(2019年4月推計値)では、2019年1~4月における韓国、台湾、香港の累計旅行者数は前年同期を下回り、マイナスの伸び率となりました。一方、欧米豪市場に目を向けてみると、2019年1~4月における累計旅行者数の伸び率は米国や豪州、英国などで前年同期比10%を超えており、インバウンドにおける欧米豪市場の存在感が高まっています。

今回のコラムでは、私自身が和歌山県の熊野古道沿いの4つの集落でおこなった調査結果にもとづき、現地が欧米豪市場に人気がある理由を「宿泊」の観点から考察します。〔執筆:公益財団法人日本交通公社 観光経済研究部 研究員 武智玖海人〕

【写真1】調査対象となった熊野古道沿いの集落「近露地区」の景観

今回の調査の舞台となった熊野古道は、欧米豪が外国人旅行者の約7割を占めると言われる地域(「平成29年 和歌山県観光客動態調査報告書」熊野本宮温泉郷における国籍別年間外国人宿泊者数に基づき算出)。ここは主に欧米豪で知名度の高い旅行専門誌「ロンリープラネット」において、“Japan’s Top 25”の1つとして巻頭の特集ページで紹介された経緯をもつなど、欧米豪から高い評価を得ている観光地です。調査は2016~2017年にかけて実施。熊野古道沿いの近露・野中・高原・栗栖川地区の4集落で営業する全宿泊施設を対象にヒアリングをおこないました。

宿の「小規模性」と「経営者」が熊野古道の魅力に

熊野古道を訪れる外国人旅行者の主な目的は、巡礼路「中辺路(なかへち)」を歩くこと。中辺路とは複数ある熊野古道の1つで、和歌山県田辺市の市街地から熊野本宮大社に向かうルートです。市街地から熊野本宮大社までは約38kmの山道のため、旅行者は古道沿いに点在する集落に滞在しながら、1泊から2泊かけて熊野本宮大社を目指します。

【写真2】熊野古道のルートの1つ「中辺路」

熊野古道の魅力の1つが、旅行者からみた「地元の人」との交流です。古道沿いの集落にある宿泊施設は客室数が10室以下の小規模な民宿がほとんど。大規模宿泊施設のような豪華な設備はありませんが、宿の「小規模性」が魅力につながっています。その理由は、客室数が少なく小規模であるがゆえ、宿のご主人・女将さんと旅行者の距離が近くコミュニケーションが自然と生まれる点にあります。食事時にはグラスを傾けながら旅行者とご主人が片言英語で話に花を咲かせることもしょっちゅうです。熊野古道を歩く外国人旅行者を対象に行ったアンケート調査では、全体の72.4%が熊野古道の魅力として「地元の人々」を挙げました。旅行者にとって最も身近な「地元の人」として宿のご主人や女将さんが地域の魅力につながっていることが伺えます。

また、熊野古道における滞在が評価される背景には、UターンやIターンで地域に転入した人が経営する宿の存在があります。私がおこなった調査では4集落の中でUターンやIターンの経営者による宿泊施設が約半数に上ることがわかりました。これらの宿の特徴は、経営者が地域外で培ってきた経験やノウハウが宿の運営やサービスに活かされているという点です。具体例として、ある民宿では経営者が日本旅館の総料理長を務めた経験の持ち主で、個性的で上質な食事を旅行者に提供しています(写真3)。古民家を改装した一棟貸しの宿では、民間企業で役員を務めた経歴を持つ経営者が、効率的かつ旅行者の満足度が高い宿泊サービスを提供しています。熊野古道ではこうしたUターンやIターンの住民が経営する質の高い宿が旅行者に評価されており、このコラムを執筆している現在、事例として紹介した宿はどちらも旅行レビューサイト「トリップアドバイザー」で5.0ポイントの最高評価を受けています。

【写真3】元総料理長の経営者が提供する食事

今後は地域の遊休資産の活用が課題

熊野古道に対する好評価を「宿泊」という切り口からみてみると、宿泊施設の小規模性が地元住民である宿のご主人や女将さんとの「距離の近さ」として旅行者からみた魅力につながっています。観光庁が発表した「訪日外国人消費動向調査」(2018年間確報値)の「国籍・地域別訪日旅行に関する意識(観光・レジャー目的)」によれば、欧米豪の旅行者は訪日旅行に対する「日本の日常生活体験」の期待率が東アジア4ヶ国と比較して高いのが特徴です。熊野古道には宿主の住宅が客室と同居あるいは併設している民宿が多く、私自身が宿泊した際には、まるでホームステイをしているような感覚になりました。日本の日常生活を感じられる宿泊体験と欧米豪旅行者の訪日旅行への期待が合致していることが熊野古道の評価にもつながっているようです。

宿泊施設の小規模性が地域の魅力に結び付いている熊野古道の事例を普遍的に捉えると、小規模施設が主体の地域にも外国人旅行者に評価されるインバウンド観光地としての可能性を見出すことができます。また、熊野古道のようなUターンやIターンといった地域外での経験を持つ人材の転入や活躍は、旅行者による地域の高い評価につながるだけでなく、居住人口が減少傾向にある地方の活性化にもつながると考えることができます。

一方、地域外の人が熊野古道の周辺地域に転入しようと思っても、移住先がなかなか見つからないという課題もあります。実際に集落を歩いてみると空き家は沢山あるものの、移住者に土地や物件を売ったり貸したりするのを敬遠する所有者が多いといいます。地域外人材の移住や定着を促進し、旅行者から評価される地域づくりに結び付けていくには、古民家や空き家といった地域の遊休資産の活用が必要不可欠です。今後インバウンドにおいて旅行者に評価される地域を目指すには、今ある地域資源や遊休資産の見直しが有効ではないでしょうか。

今回の調査は、著者が大学院修士課程在籍中の2016~2017年にかけて実施したもの。ヒアリング対象は、2017年調査時点で営業していた宿泊施設全件。熊野古道を歩く外国人旅行者を対象に行ったアンケート調査は、宿泊施設における留置自計式調査にて2017年に実施(有効回答数88件)。

※このコラム記事は、公益財団法人日本交通公社に初出掲載されたもので、同公社との提携のもと、トラベルボイス編集部が一部編集をして掲載しています。

オリジナル記事:なぜ熊野古道は欧米豪の旅行者に評価されるのか? ~宿の小規模性と経営者に着目して~ [コラムvol.398]

武智玖海人(たけち くみと)

武智玖海人(たけち くみと)

公益財団法人日本交通公社観光経済研究部研究員。筑波大学大学院生命環境科学研究科地球科学専攻人文地理学分野 博士前期課程修了(理学)。専門領域はインバウンドツーリズムや観光地理学。訪日市場動向やインバウドによる経済効果研究などを実施。外国人旅行者の多様性について、統計手法を用いて分析し、地域という現場に根ざした論拠を探求している。

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