見せかけだけの「多様性」に不満、米国で有色人種を対象にした旅行体験調査、本当に求められていることは?【外電】

2020年に米ミネアポリスで黒人男性ジョージ・フロイド氏が殺害された事件をきっかけに、デルタ航空やヒルトンなど、米国の大手トラベル系企業はBLM(ブラック・ライブズ・マター)運動や多様性を支持する姿勢を打ち出すようになった。そこで筆者の研究グループ(The Converessation)では、計5000人以上の黒人および有色人種を対象にデータを集め、旅行体験について調べてみることにした。

調査結果は、黒人旅行者が「インクルーシブ」をうたう旅行各社に対し、不満を感じていることが明らかになった。

本物なのかどうか

黒人旅行者が求めているのは、心の底からの真摯な対応であり、大切に扱われるようになること。具体例を挙げるなら、黒人が経営する旅行事業やガイドサービス、各種体験ビジネスとパートナーシップを組み、黒人の旅行需要掘り起しに投資するなどの取り組みだ。

調査データ提供者の一部を対象にしたインタビューも実施し、さらに詳しく話を聞いたところ、とにかく黒人であれば皆、同じという大雑把な捉え方にうんざりしているという。一人ひとりのアイデンディティは、(人種以外にも)複数の要素が重なり合って出来上がっていることに、もっと目を向けるべきだ。1989年に法律学教授のキンバリー・クレンショー氏が提唱したインターセクショナリティ(交差性)の概念にある通り、個人を形成する要素は性別、人種、社会階層、性的指向、身体能力など多数あり、そこから力関係の差異も生じるのが理由である。

アーバニスタ・トラベルのCEO、ジョスリン・クリスタル・アダムズ氏は「(旅行者が)黒人かどうかだけでなく、他にも色々、考慮するべきだ。女性であれば、訪れても安全な場所かどうか。同性愛者であれば、現地の慣習や法規制も確認しないといけない。人種をチェックするだけでは足りなくて、性別や性的指向は特に重要」。

また黒人旅行者は、小さなことにも敏感で、その積み重ねが「丁寧に扱われた」という満足感につながること(その逆も然り)も明らかになった。

黒人経営の企業から数量限定で商品を仕入れることで、黒人社会のサポートにつなげるという企業もある。例えばJWマリオットでは、黒人向けのスキンケアブランド「ダイヤモンド・ボディ・ケア」の高級製品をスパで販売している。しかし今回の調査では、こうした企業や地域の取り組みでは不十分という結果になった。

「私の髪のことなど、何も知らないのに?」と話すのは、旅行メディアのパーソナリティー兼パイロットで、熱心な冒険家でもあるケリー・エドワーズ氏。ホテルのシャンプーについては「何か、特別な手間を加えている訳でもない。これが(私たちのため、と言われるサービスの)実情です」。

形式的な見せかけだけの多様性

米国では、ジム・クロウ法(有色人種に差別的な法制度)時代、黒人旅行者に対して、ガソリンや食事、トイレ、宿泊などの利用を断ることはめずらしくなかった。馴染みのない土地に出かけることは、屈辱的な扱いや恐怖、あるいは、それ以上のリスクを伴ったのだ。

1964年に公民権法が成立したことで、人種差別や黒人の旅行環境が改善したことは間違いないが、旅行に対し、根強いトラウマを持つ世代もあり、黒人旅行者の選択肢に影響を及ぼしている。

エドワーズ氏は、もともと男性が圧倒的に強い業界の中で、黒人かつ女性であることがいかに「疲れ果てる」ことなのかを説明してくれた。

「多様性には幅広い内容が含まれるが、なかでも特に過小評価されているのが女性だと思う」、「人種差別を解決するためにインクルージョンは重要だが、同様に、性差別にも、もっと取り組まないと」。

ジョージ・メイソン大学副学部長で、今回の調査協力者の一人、クリストファー・カー氏は、日頃はあまり目立たない力関係が、強調される場面が多くなりがちなのが旅行だと指摘する。

旅行者を誘致するために、「虹色のメッキ」をまとうデスティネーションも多いとカー氏は話す。売上を増やすために、表面上はLGBTQフレンドリーを装い、地域や自社のイメージアップを図るが、実質的な支援はなし。虹色の旗を広告宣伝に使いつつ、社内規則や福利厚生はLGBTQIAに不利なままだ。

こうした状況について同氏は、「私への気遣いは本心からなのか、それとも単なる確認手続きで、必要項目にチェックを入れるようなものなのか」と懐疑的だ。

調査インタビューに答えた人々は、形だけのジェスチャーではなく行動を、社会問題への真摯な取り組みを求めていた。

「黒人社会が抱える不安を取り除くためにどうしたらよいのか、企業が本気で考えているなら、直接、我々に聞いてほしい」と話すのは、調査参加者の一人、AfroBuenaventura Transformative Travel社の創業者、ロネル・ペリー氏だ。

旅行業界を内側から変革する

カステル・プロジェクトのレポートによると、米国のホスピタリティ業界で、組織のトップの役職(CEOや社長、ディレクター、様々なCタイトル)に就く黒人は、全体の1%以下にとどまっている。

一方、マッキンゼーを始めとするコンサルティング各社が行った最近10年ほどの調査結果が明らかにしている通り、社員の多様性が幅広い組織ほど、業績も高くなっている。

我々が先日、出版した「Black Travel Is Not Monolithic」の中では、旅行業界が真の意味でインクルーシブになるためのロードマップを提案している。だが、変わるためには、白人、異性愛者、健常者、第一世界(西側諸国)の人々だけが指揮する組織運営を改め、そうでない人々への権力移譲が不可欠になる。

最も重要なことの一つとして、人事部の多様性を高めることを提案したい。そうすれば、幅広い文化や人種的背景を持つ人々が、採用活動に積極的に関わることになる。これをスタート地点とし、日々、文化的に注意が必要な諸問題への対応を進めていくことができる。もちろんこれは旅行業界だけでなく、あらゆる業種に当てはまることだ。

インクルーシブな職場を目指すのであれば、当然、そのリーダーたちにも多様性が必要であり、社会における少数派の人々を巻き込んだ組織作りが求められる。

「まず自社組織の中に黒人社員を増やして、何かあった時は『私は詳しいから任せて』と対応できるようにすることが先決だ」とエドワーズ氏。「そうならないうちは、何も変わらない」と付け加えた。

※本記事は、AP通信との正規契約に基づいて、トラベルボイス編集部が翻訳・編集しました。

オリジナル:Black travelers want authentic engagement, not checkboxes(AP通信、初出は非営利の言論媒体「The Conversation」)

著者:サンディエゴ州立大学のアラナ・ディレット氏、テネシー大学のステファニー・ベンジャミン氏

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