映画やアニメ、ゲームといった作品の舞台を訪れる観光「コンテンツツーリズム」が活況だ。以前からあった旅行スタイルではあるが、今、世界的に広がる背景には、消費者側のブームや地域側の誘客施策だけではなく、構造変化による必然的な理由がある。地域や観光事業者がその効果を生かすには、何が必要か?
2025年秋に開催されたツーリズムEXPOジャパン2025では、「ネット配信時代のコンテンツツーリズム」をテーマにトークセッションが開催された。UNツーリズム(国連世界観光機関)アジア太平洋地域事務所長の金子正志氏をはじめ、産官の第一人者がその本質や事例、地域が取り組むポイントを議論した。
コンテンツツーリズムの真価と、世界的に盛り上がる理由
まず、金子氏は、議論のベースとなるUNツーリズムの調査報告書「文化的親和性とスクリーンツーリズム インターネット・エンターテイメント・サービス(IES)の事例」(日本語版)を説明。世界3億人超の有料会員を持つ動画配信サービス「Netflix(ネットフリックス)」とともに取りまとめた報告書で、動画番組のオンライン配信による影響を文化的親和性(特定の文化や国に対する愛着や関心の高まり)の観点で調査分析し、その効果を示したものだ。
例えば、日本の作品を視聴する海外の視聴者は、日本や日本文化への興味が高い。日本語をある程度話せる人が、学習を深める目的で作品を視聴するケースも確認されている。同書は、こうした文化的親和性の高い観光客の来訪が(1)持続可能な観光への貢献、(2)経済的・文化的な影響の拡大、(3)地域コミュニティや国とのつながりや共感の促進、という3つの波及効果をもたらすと報告している。
また、地域や国に親しみを持ってもらう(文化的親和性を得る)要素として「多様性」「アクセス性」「高品質」をあげ、その手段としてネット配信サービスの有効性を指摘。近年は、インターネットの高速化や同時翻訳字幕の技術の進化により、他国の作品でも場所を問わず、手頃な価格で視聴が可能だ。
金子氏は「コンテンツは視聴者に文化的親和性を醸成し、ネット配信がその入り口を広げている。コンテンツツーリズムの効果は観光客の増加だけでなく、国や文化への理解、国のブランド価値の向上といった、より深いレベルに及ぶ」と話し、議論の方向性を示した。
UNツーリズム(国連世界観光機関)アジア太平洋地域事務所長の金子正志氏
事例:地域側の活用や誘客の仕掛けづくり
では、コンテンツツーリズムは、実際にどのように取り組まれているのか。
JTBパブリッシング交流プロデュース部チームマネージャーの古関和典氏と、日本政府観光局(JNTO)総務部次長の門脇啓太氏が事例として、国内外の事例とそこで見られた成果を紹介した。
映画やドラマのロケ誘致を通じた地域振興に長年取り組んできた古関氏は、ドラマ「陸王」を例にあげた。舞台となった埼玉県行田市と連携し、足袋産業など作品に登場した地域資源を紹介するロケ地ガイドを制作。来訪者が“行田のファン”となって再訪したくなるような仕掛けを作った。
古関氏は「地域とコンテンツ側の双方にメリットのある展開が必要。それがうまくいくと、一過性のブームから持続性のある観光行動につながる。コンテンツの発信に体験が加わると、地域のファンになる要素が強まることも実感している」と話した。
JTBパブリッシング交流プロデュース部チームマネージャーの古関和典氏
一方、門脇氏は、世界規模で配信された地域の変化を紹介。沖縄が長寿の地域であることは、その分野ではよく知られていたが、ネットフリックスの番組「ブルーゾーンと健康長寿の秘訣」で取り上げられたことで、一般の視聴者にも認知が広がった。すると、那覇空港の観光案内所には、同番組で紹介された大宜味村や飲食店の情報を求める観光客が増加。自治体や観光協会は高齢者との交流プログラムの企画も始めた。
門脇氏によると、海外セールスでは、ネットフリックスの画面のスクリーンショットを見せながら「ここに行きたいので手配をしてほしい」と依頼されることは珍しくないという。「コンテンツの誘客力の強さを実感している」と話した。
地域が突然“聖地”に、幅広い視点で受け入れの設計を
しかし、課題もある。日常風景が舞台になる作品では、観光地として整備されていない生活圏が“聖地”となり、混雑や迷惑行為が発生しやすい。
象徴的な例として門脇氏があげたのが、アニメ「スラムダンク」のオープニングシーンで知られる江ノ電・鎌倉高校前駅近くの踏切だ。その風景を撮影しようと国内外からファンが訪れ、車道への立ち入りやごみ放置などの問題が生じた。そこで鎌倉市は対策として2025年9月、撮影エリアを整備する実証実験を実施。12月中旬からは、付近にAIカメラを設置する実証事業も発表している。
金子氏は、観光地側の対応による状況の改善に期待を示しながらも「来訪者のマナーの問題もある」と指摘。マナー啓発の動画配信といったコンテンツ側からの働きかけや、特定の場所に拠らないコンテンツツーリズムの可能性について、議論を促した。
門脇氏は、ネットフリックスでは番組内容に外部の人が関与することはできないが、最近は一部プランで広告出稿が可能になったことを紹介。配信事業者の方針も変化していることを示唆した。
古関氏は、コンテンツツーリズムの可能性について「ある程度の地縁やストーリー付けは必要だが、外国人観光客はその作品の世界観に浸れること自体に価値を感じる」と話した。そして、コンテンツ側がIP(知的所有権)を活用したビジネスにも力を入れ始めていることに触れ「そこにつながる提案ができれば、コンテンツ側の協力が得られやすくなる」と述べた。
議論は、地域との共生に向けた受け入れの設計にも及んだ。門脇氏が紹介した越前市の産業観光の取り組みは、コンテンツツーリズム推進ではないものの、地域との合意形成と受け入れ体制づくりの好例だ。
同市には半径10キロ圏内のエリアに、箪笥や刃物、和紙など5つの伝統産業が集積している。越前市観光協会は、工房や旅行会社、観光客などへのヒアリングを重ね、「誰に、何を、どこまで見せるか」を整理。受け入れ調整を観光協会に一元化し、無償の多かった見学料金も適正な水準に設定した。その結果、見学可能な事業者数が拡大しただけでなく、関係者の間で「持続可能な観光地づくり」への共感が育まれたという。
日本政府観光局(JNTO)総務部次長の門脇啓太氏
コンテンツツーリズムを生かすために
さらに金子氏は、コンテンツを動機にした海外旅行の可能性にも話題を広げた。過去に映画「のだめカンタービレ」のウィーンロケにあわせ、日本から120名のエキストラを募集したツアーなどを企画してきた古関氏は「作品の世界観を味わえる体験には、かなり反響がある」と説明。ただし、若年層には「それを上回る体験価値を示す工夫が必要」と話し、コンテンツ側と連携する重要性を強調した。
クロージングでは古関氏が、ネット配信時代はコンテンツ消費のサイクルが早く、地域が突然注目を浴びる可能性が高まっていることを指摘。「どう対応すれば地域が潤うのか、日頃から考えておく必要がある。オーバーツーリズムになってからは遅い」と促した。
門脇氏は、多様なコンテンツが提供されている今、「コンテンツが観光の入り口になる」と強調。来訪客の関心を地域の魅力につなぎ、リピーター化を図る重要性を強調した。
コンテンツツーリズムの推進をライフワークであると自負する金子氏は「コンテンツを通じて、日本に心理的な近さを感じた上で来てもらえること自体に大きな効果がある」と強調。日本のファンを増やして理解を深めてもらうことが、「ひいては、世界平和につながるというのが、大きなテーマだと思う」とも話し、コンテンツツーリズムへの取り組みを呼び掛けた。
