UNツーリズム・アジア太平洋地域の新事務所長に聞いてきた、本格始動への体制整備から、今後の活動方針まで

サステナビリティ(持続可能性)やレジリエンス(強靭性)が観光における大きなテーマとなるなか、観光分野における国際連合の専門機関である世界観光機関(UNツーリズム)のアジア太平洋地域事務所(奈良市)の所長に2025年3月31日付で就任したのが、観光庁参与の金子正志氏だ。

金子氏は1991年に運輸省(現国土交通省)に入省し、国際観光振興機構理事(JNTO)、運輸総合研究所主席研究員国際部長、中部運輸局長を務めるなど、観光や交通の幅広い分野でリーダーシップを発揮してきた。UNツーリズムの立場で、どのようにして日本を含むアジア太平洋地域の存在感を高めていくのか。今後の活動方針や観光に対する考えなどを聞いた。

「サステナビリティ」「レジリエンス」「産業振興」に注力

「サステナビリティ、レジリエンス、産業振興が3本柱になる。しっかりと成果を見せていきたい」と金子氏。なかでも、レジリエンスにおいて、アジア太平洋地域事務所が果たす役割は大きいと考えている。観光のレジリエンスとは、観光を基盤とするコミュニティ、地域、国が、自然災害、経済不況、公衆衛生危機、その他の混乱などの逆境に耐え、適応し、回復する能力のことだ。

2024年11月には、UNツーリズムと観光庁が連携し、仙台市で「観光レジリエンスサミット」が開催された。金子氏自身も、2025年4月下旬にアジア太平洋観光協会(PATA)の年次サミットでトルコのイスタンブールを訪れた際には、マグニチュード6強の地震に見舞われた。建物の外への避難を促されて安全を確保したが、改めて危機管理について考えさせられた。

アジア太平洋地域には島しょ部も多い。ひとたび火山が噴火する、地震や津波が発生すれば、大きな被害につながる可能性がある。地域事務所では、これまでもさまざまな国とレジリエンスをテーマにしたワークショップを開くなどしてきたが、今後もイベントやプロジェクトを通じて、多くの国々との関係を強化していくという。

「レジリエンスについては、UNツーリズム本部からも、災害が多い日本の取り組みへの期待が大きい。観光庁が掲げる目玉施策の一つであり、日本がリードして取り組む必要がある。UNツーリズムとしても、日本と協調しつつ、独自の取り組みも拡大していきたい。それが、日本にある地域事務所の存在感を高めることにもつながる」と話す。

2025年秋の本格始動に向け体制を整備

 UNツーリズムの地域事務所としての体制整備も急務だ。1975年にUNツーリズムが設立されてから50年。2025年3月現在の加盟国は160カ国に上る。アジア太平洋地域事務所の前身である駐日事務所は1995年に大阪で設立され、2012年に奈良市に移転した。2025年秋には、世界に3カ所(日本、サウジアラビア、ブラジル)となるUNツーリズムの正式な地域事務所となって、活動を開始する予定だ。

現在、本部と予算や運営方法などについて協議を続けている。地域事務所になれば、本部との関係が強くなるだけでなく、これまで以上の日本からのサポートも期待できる。ただ、アジア太平洋という広大な地域をカバーするため、日本以外の加盟国との連携をより強化していく必要がある。金子氏は「全体の活動量を増やし、アジア太平洋地域の拠点はジャパンにあるということを示していかなければいけない」と強調する。

予算や運営方法などについて本部と合意できれば、スタッフの採用を始めることができる。「所長が日本人でもあり、半数ぐらいは外国人だと良いかもしれない」と金子氏。国外で開かれるツーリズム関連の会議などでPRしていくつもりだ。

UNツーリズムアジア太平洋地域事務所はJR奈良駅の近くにある

インバウンドとアウトバウンド、相互のバランスを取る

金子氏はこれまで国内外の観光や交通、広報などの業務に携わるなかで、観光分野により深く関わりたいという気持ちが強くなっていったという。今回、アジア太平洋地域事務所の所長に就任し、「観光に興味があり、広報の経験もあることが適材適所だと見られたのではないか。私は基本的に人と違うことをしたい。観光は何でもあり。何でもありのところで自由に泳がせてもらうほうがいい」と話す。

観光においては、インバウンドとアウトバウンド、相互のバランスを取ることが大切だと考えている。2023年7月から1年間、 国土交通省中部運輸局長を務めたが、地元の観光業界では、中部国際空港を発着する国際線の便が少ないことがインバウンド需要増の妨げとなっているとみられていた。金子氏は、地元のビジネス需要を高めることが改善につながると考え、地元企業などに対し、海外出張の際は中部国際空港を利用することを提案。「便利だからといって羽田空港や関西国際空港から飛んでいては、中部国際空港からの便は増えない。まず名古屋から海外へ飛んでほしいとお願いした」と、当時を振り返る。

「サステナブルな観光を実現しようと思ったら、相互でなければいけない。現在はそのあたりのバランス感覚を欠いてしまっていると感じる。持続的な観光の発展について考える時は、インバウンドだけではなく、送り出すことも一緒に考えなければいけない」

こうしたなかで、とりわけ課題ととらえているのが、若者をはじめとした日本人の海外旅行離れだ。外務省の統計によると、2024年の日本の総人口に占める一般旅券の保有率は約17%。世界の先進国などと比べて低い水準となっている。「観光業の人たちが自分たちのホスピタリティのレベルをグローバルに求めようと思ったら、外国に行ったことがなければ絶対に実現できない。特に若い人たちに海外で何かを学ぶという機会を与えないと、将来の観光はないと思う」

今後の取り組みについて語る金子正志氏

「平和のためのツールとしての観光」の展開へ

 2025年1月にアメリカで第2次トランプ政権が発足し、目まぐるしく変化していく世界情勢に対しては「一喜一憂しない」と説く。

「観光イコール平和だと考えている。観光は平和でないと産業として成り立たないと言われるが、観光を通じた相互理解が深まらないと平和も遠のく。旅行者の皆さんは民間外交の最前線にいる。観光は基本的にどんと構えて、行ける、来られる時にはできるだけお互いの理解を深めるために活動を進めていけばいい」

金子氏の座右の銘は「出たとこ勝負」だという。「迷った時には、とりあえずやってみる。うまくいかなかった時や、失敗した時には得意技のリカバリーショットで対応する。この組み合わせで、新しいことや面白いこと、変わったことにトライしていきたい」

そして、日本が取り組むべきこととして、以前から注目するのがコンテンツツーリズム、特にアニメツーリズムに着目している。日本のアニメや漫画は世界中にファンがいて、彼・彼女らは舞台となった“聖地”を訪れる。『らき☆すた』の鷲宮神社(埼玉県久喜市)[文南3] 、『ガールズ&パンツァー』の茨城県大洗町など、アニメの舞台となったことをきっかけに地域住民や自治体がまちおこしに取り組み、多くの観光客らが訪れるようになった事例は少なくない。

「アニメを子ども向けのコンテンツだと評する人もいるが、聖地巡礼を喜ぶ外国人はいる。観光業に携わる人は寛容であってほしい。『なぜこんなものが』と思うのではなく、『これをいいと思う人がいるんだ』とまず理解して、飲み込むことから始めてほしい。『うちには何もない』と言う人もいるが、何もないことを求める人もいる。いろいろなニーズがあって、いろいろな人がいると、広く受け入れるマインドを忘れないでほしい」

2025年秋、正式にUNツーリズムの地域事務所に昇格すれば、当然、駐日事務所時代とは求められる役割も変わってくる。金子氏は「国際機関の一機関として、加盟各国の方々と連携を密に取り、アジア太平洋の人たちが観光において何に困っているのか、地域としてまとまっていくためにはどのようなことができるのかをしっかり考えてやりたい」と力を込める。アジア太平洋をフィールドに、「平和のためのツールとしての観光」に取り組んでいく考えだ。

聞き手:トラベルボイス編集長 山岡薫

記事:ライター 南文枝

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