生成AIがもたらす観光産業の構造転換とは? パーソナライゼーションの限界から、データと需要主導の新モデルまで ―ITBアジア2025

シンガポールで開催された「ITBアジア2025」で、EYストラテジー・アンド・コンサルティング社ストラテジック インパクトパートナーの平林知高氏が登壇し、生成AI(GenAI)が観光産業の構造に与える影響について講演した。

平林氏は、「ChatGPTの登場以降、生成AIは短期間で世界中に広まり、ビジネスや経済成長に大きなインパクトを与えている」と述べ、AI技術が観光産業にも新たな可能性をもたらしていると指摘。続けて、「生成AIは単なる効率化や自動化の手段ではなく、産業の構造を根本から変革する力を持つ」と強調した。

そして、生成AIの影響を整理するために、「パーソナライゼーション」「ビジネス変革」「マーケティング」の3つの側面を提示。「AIは単なる生産性向上ではなく、情報の流通と価値の創出を再定義するものである」とし、AIを介した“産業の再構築”の重要性を説いた。

パーソナライゼーションの限界、分断された旅行データ

平林氏はまず、観光分野におけるデータ活用の現状を「極めて断片的」と表現した。

「旅行は日常的な購買行動とは異なり、頻度が低い。旅行者が年に1回、あるいは数年に一度しか行動を起こさないため、企業が収集できるデータには限界がある」と説明した。さらに、「ホテルは宿泊履歴を知っていても、旅行者が別の施設でどのような体験をしているかは把握できない。レストランも同様に、自店舗の消費行動しか知らない」と述べ、旅行データが個別の事業者内に閉じている構造の課題を挙げた。

この課題に対し、平林氏は「これからはCRM(顧客関係管理)からVRM(ベンダー関係管理)への転換を」と提唱した。

CRMでは企業が顧客データを企業側が一方的に管理するが、VRMでは、顧客自身が自らのデータを信頼できる企業に開示する形になる。これにより、より精度の高い提案が可能となり、顧客主導のデータ共有モデルへの移行が観光産業に新たな道を開くとした。

この構想は、米国の研究者ドク・サールズが提唱した「Intention Economy(意図経済)」の実装例として紹介され、「生成AIの発展により、消費者が意図を直接伝え、企業がそれを理解して応答する環境が整いつつある」と付け加えた。

生成AIが可視化する旅行者の「意図」、変わる需給関係

講演の後半で注目を集めたのが、「供給と需要の関係性が変わる」として示した構造転換の方向性だ。

「かつての観光産業は、旅行会社を介したオフライン構造だった。その後、OTA(オンライン旅行会社)の登場によってオンライン化が進み、旅行者はOTAの一覧から宿泊施設や商品を選ぶようになった。しかし、サプライヤー側は依然として“予約を待つ立場”にとどまっている」と分析した。

これに対し、生成AIを通じて旅行者が自然言語で希望や条件を入力し、それがAIによって“意図(デマンド)”として整理されるようになることで、「サプライヤーが初めて需要側に直接アクセスできる」と述べた。

「旅行者の要望がAIによってデータ化・可視化されれば、宿泊施設やツアー事業者は、OTAを介さずに的確な提案ができるようになる」と語り、供給側が能動的に顧客とつながる新しいエコシステムの出現を予見した。

平林氏はこの構造を、ライドシェアサービスの「Uber」や「Grab」に例えた。「これまでドライバーは客を“待つ”存在だったが、アプリ上のマッチングによってリアルタイムに需要と供給が接続された。同じ仕組みが、観光・旅行の世界にも広がる」。そしてAIが仲介者として機能することで、旅行者の“意図”が市場全体にリアルタイムで共有され、サプライヤーがそれに応じて行動する時代が始まるとした。

生成AIによる、供給と需要の関係性の変化(プレゼン資料より)

データ連携と業種横断の協働が不可欠に

最後に平林氏は、AI時代におけるデータ連携と業種間協働の重要性に言及した。

「旅行業界は中小規模の事業者が多く、データの取得・共有において構造的な制約がある。旅行データだけでなく、購買やライフスタイルなど非旅行領域のデータとも連携し、顧客像を立体的に把握する必要がある」と強調した。

そのためのアプローチとして、異業種との「データ・コンソーシアム(共同基盤)」の形成を提案。「地域企業や異業種と連携し、AIを活用してオペレーションを可視化し、売上の最大化を図ることが求められる」と語った。

さらに、生成AIの導入は単なる業務効率化の手段ではなく、「旅行者、事業者、そして地域全体の関係性を再構築する契機になる」と結論づけた。

講演の締めくくりで平林氏は、「AIによって旅行産業は“待つビジネス”から“応えるビジネス”へと変わる」と述べ、生成AIがもたらす次世代の産業構造の姿を描き出した。

取材・文: 鶴本浩司

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