観光庁・観光産業課が描く5大政策を聞いてきた、宿泊業を核に「地域の資産」を引き出す ―観光庁・課長インタビューシリーズ

観光庁で主に宿泊業の政策を担う観光産業課。インバウンド需要が急伸し、各地で受け皿不足や地域との摩擦が顕在化するなか、同課の舵取りの重要性が増している。

こうしたなかで、令和7年度(2025年度)補正予算および令和8年度(2026年度)予算において重点的に取り組むのが、「廃屋撤去・再生による地方温泉地等のまちづくり支援」「ユニバーサルツーリズムの推進」「健全な民泊サービスの普及」「観光DXの推進」「能登半島地震からの復興に向けた観光再生」といった5つの柱だ。

単なる施設整備にとどまらず、宿泊業を核とした地域の面的再生をいかに成していくのか。政策の最前線と、その根底にある考え方について、観光産業課課長の二井俊充氏に聞いた。

宿泊業の振興は「地域のまちづくり」に貢献してこそ

「宿泊業の振興の政策意義は、単なる産業の成長にとどまらず、地域のまちづくりへの貢献。住民の方々がその恩恵を実感できる形を目指す」と二井氏は語る。

現在、観光庁全体としてインバウンド急増に伴う外貨獲得やGDPへの貢献といった、国の成長エンジンとしての役割を担うことが期待されている。一方で、いかに地域へ還元し、地方創生へと結びつけるかは重要な局面だ。二井氏は「観光客の増加が、地域の生活や環境の向上に寄与しなければ、『持続可能な観光地づくり』とは言えず、産業の成長と地域の暮らしをいかにつないでいくかが重要。そこへの目配せが、これからの大きな課題」と考えている。

現在推進している廃屋再生や観光DXといった諸施策は、手法こそ異なるものの、いずれも宿泊業を核とした地域再生という共通の目的に向けて有機的に連動している。予算の確保をゴールとするのではなく、その先にある実効性のある政策効果をいかに追求していくか。「すべてはチャレンジの途上」(二井氏)だ。

負の遺産を地域の資産へ変える

令和8年度(2026年度)から本格的な制度運用が始まるのが「廃屋撤去・再生による地方温泉地などのまちづくり支援事業」だ。地方の温泉街には、かつて団体客向けに建築された大規模旅館が廃墟化し、中心地に残されているケースも多い。個人旅行者向けにダウンスケールし、規模を適正化した旅館であれば事業性が成立しうる場合でも、堅牢な建物の解体・撤去費用が巨額であれば、新規事業の採算は成り立たず、中心地の再生はいつまでも進まないことになってしまう。

本事業は、こうしたボトルネックに対応し、施設を撤去・再生する事業への支援措置として、2026年度中に公募を開始する予定だ。「単なる廃屋の撤去・再生に留まらず、これをきっかけに、地域が連携して取り組みを進めて、人流創出によってまち全体のにぎわいを取り戻すことにつなげていきたい。」(二井氏)。このため、廃屋の再生に伴って周辺で行う取り組みも支援対象とする。

先行する再生の事例としては、群馬県みなかみ町で民間事業者が企業版ふるさと納税を活用して寄附をおこない、撤去・減築を経て宿泊や飲食店として再生するプロジェクトが進行中だ。すでに減築が進んでおり、地元との連携のため、再生プランについての住民との意見交換会や、温泉街復興の社会実験としての出店イベントなどもおこなわれている。

また、山口県長門市の長門湯本温泉では、自治体がマスタープランを作成し、星野リゾートの参入で2020年に「界 長門」が開業するとともに、エリア全体のそぞろ歩きを楽しめる環境を整備。廃屋の再生が地域のポテンシャルを引き出し、エリア全体の価値向上を牽引している。

東アジアの高齢化を見すえたユニバーサルツーリズム

観光地の持続可能性を高めるもう一つの柱が、「ユニバーサルツーリズムの推進に向けた環境整備」だ。

令和8年度(2026年度)予算では、バリアフリー化に必要な施設整備に加え、社会全体がユニバーサルツーリズムの機運を醸成できるようなシンポジウムの開催、需要の掘り起こしや商品造成の確立を図る調査事業などが盛り込まれている。背景にあるのは、国内旅行市場は人口減少が進むなかで、コロナ前の約10年間、旅行者数・消費額とも横ばいで推移しており、新たな交流市場の開拓が求められていることがある。

もっとも、二井氏は「ユニバーサルツーリズムは、日本の高齢者や障害者が安心して旅行できる環境整備の面に加えて、日本のインバウンドの主要マーケットである東アジア諸国も今後20年で急速に高齢化が進む。『日本なら安心して旅行できる』という受入環境を整えることは、将来的なインバウンド需要の縮小を抑えるため経済戦略でもある」と指摘する。

バリアフリー化に必要な施設整備についても、日常生活にありがちな介護用品を流用するだけでなく、「機能性とともに、旅先になじむデザイン性の高い温泉の補助いすやスロープなどの開発を支援することも考えられるのではないか」と話す。ユニバーサル対応と旅ならではの非日常の空間価値を、デザインの力でいかに両立し、新たな競争力へと昇華させるか。さまざまな方向から探索が始まっている。

実効性ある政策に向けてチャレンジを続ける

宿泊業の持続可能性を支える基盤の再構築も進んでいる。観光DXにおいては、観光地のコンテンツの販路拡大や観光産業の資産性向上に向けた支援、専門人材による伴走、データ活用による観光課題解決と消費拡大モデルの創出などを事業内容に盛り込んだ。

「データは地方誘客やオーバーツーリズム対策、インバウンド消費拡大に加え、防災・減災といった課題解決にも不可欠。個社で有するデータを地域全体で共有することに抵抗感を伴う声も聞くが、競争・協調関係を整理し、仕組みづくりにも着手したい」(二井氏)。

また、民泊(住宅宿泊事業)については、適正な運営の確保を最優先に掲げる。たとえば、令和8年度(2026年度)秋には、行政データを予約サイトのデータマッチングシステムに実装し、違法民泊の予約がおこなえない環境を整えていく方針だ。

そして、能登半島地震からの復興については、和倉温泉を中心に旅館等の再建が進み、今後、観光地としての本格的な再開が控える。和倉温泉が掲げる創造的復興などの実現に向けて、再開に合わせた応援割の実施などといった予算面はもちろん、様々な側面から復興を後押ししていきたい考えだ。

今回挙げた5つの施策は、ハードの整備からデジタルの実装、制度の適正化まで多岐にわたるが、そのすべてが宿泊業を核とした地域再生という同じ思いでつながっている。

廃屋という負の資産を整理し、誰もが旅を楽しめる環境を整え、デジタルと制度で運営の質を高める。その先に描くのは、観光客の増加が地域住民の幸福感へと直結する、観光立国の姿だ。「チャレンジを続けていく」。二井氏が語る言葉には、日本の観光地が量に加えて質も追及する姿へと進化する道筋がうかがえる。

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