旅行予約の「入口」はこれからどう変わるのか? AIエージェント時代の、旅行全体を動かす次のしくみ

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航空データの世界大手OAGのフィリップ・フィリポフCEOは、旅行予約の「入口」の変遷を振り返りながら、AIエージェント時代に向けた「旅行全体を動かす次のしくみ」について語った。

ここでいう「次のしくみ」とは、旅行者向けに、航空などの交通・ホテル・送迎・飲食・決済などを裏側でつなぎ、旅行全体を一つの体験として動かす共通の「基盤」の役割を意味する。パソコンに例えればオペレーションシステム(OS)自体のようなものだ。フィリポフ氏は、単なる予約画面や検索サービスではなく、旅行者の意図や状況変化を受け止め、関係する事業者の対応まで連動させる仕組みとして提示した。この講演は、スペイン・バルセロナで開催された国際カンファレンス「フォーカスライト・ヨーロッパ2026」でおこなわれたものだ。

フィリポフ氏は、冒頭、「旅行の次のしくみ」とは何か、それが何を意味するのかについて話したい、と述べ、1960年代の旅行会社からインターネット、モバイル、そしてAIエージェントへと続く変化を整理した。

同氏が強調したのは、旅行予約サイトなどが観光産業でこれまで利用者に提供してきた体験は、単なる画面設計の問題ではなく、行動そのものを変えてきたという点だ。旅行予約の入口は、人から検索窓へ、さらにモバイルへと移った一方で、旅行者は長く「最安値」を軸に旅行を選ぶ構造のなかに置かれてきたとした。今後のAIエージェント時代には、この構造を変え、旅行者の嗜好や文脈を中心に据える必要があると提言した。

検索の隆盛で、旅行は「最安値で買う商品」になった

インターネットが商用化される以前は、人々は旅行商品を旅行会社で購入していた。そのころの購買行動を、フィリポフ氏は「当時、人々はフライトを買っていたのではなく、信頼を買っていた」と表現した。選択肢は限られ、旅行者は旅行会社から提示された候補のなかから選ぶ必要があったが、それでも旅行に精通した販売員が適切な情報を選んでくれるという信頼があったという。

その構造は、1995年にウェブが登場したことで変わった。Expedia、Travelocity、Orbitzなどのオンライン旅行会社が登場したことで、旅行者が自ら情報を探せるようになった。航空会社を横断して選択肢を比較できるようになり、情報量、選択肢、競争は増えた。

一方で、同氏はその「検索の民主化」がもたらした副作用にも言及した。「私たちは、旅行を商品として、最安値から買うことができるようにした。私たち全員に責任がある」と述べ、旅行の作り手であると同時に消費者でもある業界関係者自身が、最安値を求める行動を定着させてきたと振り返った。

その後、アグリゲーターが台頭し、メタサーチと呼ばれる旅行比較サイトのKayak(カヤック)、Skyscanner(スカイスキャナー)、Google Flightsなどによって、旅行は価格の一覧として提示されるようになった。同氏は「旅行は単なる価格のリストになった。それはあまり刺激的なものではなかった」と語った。検索結果の体験はフィルター操作に置き換わり、旅行者はホテルの部屋にヘアドライヤーがあるかどうかまで条件を絞り込むようになった。

しかし、入口が変わっても基本構造は変わらなかった。出発地、目的地、日付、人数を入力し、検索ボタンを押し、予約ページに移動するという流れは続いた。同氏は「検索窓が旅行への扉になった」と指摘した。需要獲得のために最安値を前面に出し、広告費を払って集客する構造が形成されたと説明した。さらに、「最も悲しいことは、この人間向けのインターフェースを前提に、業界全体のバックエンドを構築してしまったことだ」と述べ、データベースやGDS、予約システムが最安値を返す構造に最適化されてきたとした。

モバイルでも変わらなかった体験、AIで変わる体験

モバイルの普及は、旅行体験に大量の情報とスピードをもたらした。利用者はログインし、端末は常に手元にあり、業界はパーソナライゼーションの実現を期待した。しかし、フィリポフ氏は「誰もがログインしていたにもかかわらず、受け取っていた体験はまったく同じだった」と指摘した。ビジネスであっても個人旅行であっても、何度も航空券を購入していても、提示されるのは従来と同じ価格リストであり、その多くは最安値を基準に並んでいた。

同氏はこの状態を「より良いインターフェースになったが、同じパラダイムだった」と位置づけた。スマートフォンによって操作性は高まり、旅行予約はポケットのなかに入ったが、旅行者の嗜好や過去の行動が予約体験の中心に置かれることはなかった。

その変化の契機として、同氏はAI、とくにChatGPTの普及速度を挙げた。ラジオが5000万人の利用者に到達するまで約40年かかった一方で、ChatGPTは1カ月で到達し、10億人の利用者に達するまで36カ月だったと説明したうえで、「検索はもはやインターフェースではない」と述べた。

AIエージェント時代には、旅行者は自らのロイヤルティ、嗜好、好みのフライトなどの情報をAIに渡すことができる。同氏は、このことで焦点が再びインターフェースや最安値ではなく、旅行者に戻るとした。例えば「14日の週の東京旅行を計画して」と依頼するだけで、必要な手配が旅行者の好みに沿って進む世界を想定した。同氏は「それはまだ起きていないが、業界としてともにその未来を築ける」と述べた。

同氏が示した将来像では、旅はフライト、宿泊、交通などの個別要素の寄せ集めではなく、一つにつながった「生きた旅程」になる。「旅行会社は、約束されていた未来をついに手にする。それは、旅行者のすべてを知るAIエージェントになることだ」と語り、カレンダー、嗜好、家族構成、行きたい場所、好みの変化までを把握するエージェントが、着想から移動中のトラブル、帰着まで旅行者を追う存在になると説明した。

OAG社のCEOフィリップ・フィリポフ氏は「私たち自身がモデルになりつつある」と語った(講演の記録動画より)

課題はスケール、コマース、コンテキスト、バックエンド改革が不可欠に

一方で、フィリポフ氏は、AIエージェントによる体験と、現在の予約・変更を支えるバックエンドの間には分断があるとした。遅延が発生すると、旅行者は複数の関係者に連絡し、旅程が円滑につながるよう対応を求める必要がある。これに対し同氏は「すべてのデータがつながっていれば、AIエージェントが再予約してくれる」と説明した。ただし、現状では旅行履歴、フライトステータス、支払い方法などが同じ環境のなかでつながっていないと指摘した。

そのうえで、同氏はエージェント型の未来を実現するために、業界として解決すべき課題を「スケール、コマース、コンテキスト」の3つに整理した。第1のスケールでは、検索から予約に至る比率を意味する「look-to-book(1件の予約に至るまでに発生する検索・照会の件数)」が問題になる。従来でも膨大な検索に対して予約は限られていたが、エージェント型では1件の予約に対して100万回の検索が発生する可能性があるとし、検索のあり方と処理能力の見直しが必要だとした。

第2のコマースでは、航空券、ホテル、レンタカーといった単独の商品から出発するのではなく、旅行者の意図から始める必要があるとした。「価格は、単にカタール経由で東京に行く私のフライトだけであってはならない。ホテルやその他の選択肢も含むべきだ」と述べ、旅行全体を単位とした商取引への転換を求めた。

第3のコンテキストでは、旅行に関する情報が一体として存在することが重要になる。旅行におけるコンテキストとは、旅行者の旅程、過去の旅行履歴、ロイヤルティ情報、嗜好、フライトの運航状況、宿泊、送迎、レストラン予約、支払い方法などが分断されず、同じ旅行の流れとして共有される文脈を指す。航空会社、ホテル、送迎事業者などが同じ文脈を共有できれば、旅程の変化に応じて、それぞれの対応を連動させやすくなる。

同氏は、業界がこれを実現できれば、旅行者に提供できる体験は大きく変わると指摘した。旅は継続的な流れになり、都市側も旅行者が来ることを知っている状態になる。遅延が起きれば送迎が待ち、レストラン予約は遅い時間に変更され、間に合わない場合にはホテルでの食事という選択肢も提示される。

同氏は、この段階では「旅行者とサービスをつなぐ『接点』が消える」と表現した。デスクトップから始まった旅行予約の体験は、環境に溶け込むものになり、誰かが常に旅行者を見守っているような状態になる。「最良の『接点』は、最終的には見えなくなる」と述べ、変更が起きてもすでに処理されている体験を描いた。

ただし、その実現には業界が共有する「信頼できる真実」が必要だという。同氏は、基盤としてリアルタイムデータ、信頼できるID、不正問題の解消、事業者間で共有されるコンテキスト、そして業務上の信頼を挙げた。「私たちは世界に最安値で買うことを教えた。できればこれからは、信頼できるものを買うことを教えられる」と述べ、次の段階では“信頼”が最重要になるとした。

最後にフィリポフ氏は、「次の旅行全体を動かす次のしくみの勝者は、旅行者とサービスをつなぐ『接点』を所有する者ではない。それは過去の話だ」と強調。「信頼できるコンテキストと、信頼できる知見を所有する者になる」と述べ、旅行産業が協調してデータと文脈をつなぐことが、シームレスで連続した旅行体験の前提になるとの見方を示した。

取材・文: 鶴本浩司

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