カナダに学ぶ「観光資源は人」の発想、地域の手仕事を観光につなぐ組織を取材してきた【画像】

「エコノミュゼ」(ÉCONOMUSÉE®)とは、工芸や農業、食品加工など、各地で良質な手仕事に取り組む職人や生産者を前面に打ち出したコンソーシアム。加盟するメンバーは木工や陶芸、革製品などの作家やチーズ工房、りんご農家などさまざまだ。

今回はカナダで加盟する観光スポットを取材。魅力溢れる小さな営みを、旅行者にわかりやすく見せることで生まれる新たな観光の可能性を解説する。ここで見えてきたのは、小さな営みを「横串」でつなぎ、一覧できるようにすることで生まれるメリットだ。

6カ国70カ所以上に展開、地域の職人の手仕事を見せる「ショーケース」

1992年にカナダ・ケベック州で発足後、そのネットワークはブリティッシュ・コロンビア州などカナダ7州をはじめ、英国、アイルランド、スウェーデンなどヨーロッパの国々にも拡大。現在、6カ国で68カ所がメンバーとなっている。

英仏2カ国語表記のエコノミュゼ機関誌

このコンソーシアムを運営しているのはエコノミュゼ・ネットワーク・ソサエティ(ENS)という非営利団体。発祥地のカナダ・ケベック州に本部を置き、さまざまな分野のアルチザン(職人)をサポートすることで、各地域に根付く手仕事を守り、次世代に伝えることをミッションとしている。

そのために重視しているのが、訪れた人々にそれぞれの営みを伝えることだ。加盟スポットは来訪者に対してオープンに門戸を開いていることが条件となる。加盟の条件として、ENSでは手仕事を見せる場所があること、来訪者が体験できるワークショップを開催したり、おこなっている営みについて説明展示を行うスペースを提供することなどを条件づけている。

加えて、エコノミュゼのコンセプトを来訪者に伝えるコーナーの設置も求められる。加盟を希望する工房や事業者はENS本部が審査し、ふさわしいと判断されれば、エコノミュゼの一員になるという形だ。

エコノミュゼで、特に重視しているのが職人たちだ。ホームページでも、加盟メンバーを紹介する機関誌でも、職人にスポットをあてて紹介している。地域に根付いた手仕事を行う職人こそが大事な観光資源であり、彼らに出会うことが観光体験になると位置づけている。

作り手と出会い、体験し、製品を身近に感じる

加盟メンバーが33件と最も多いカナダのケベック州で、加盟メンバーを見学する機会を得た。訪れたのはケベックシティから北へ車で約2.5時間、モントリオールからは車で約5時間のサグネ・ラックサンジャン(Saguenay–Lac-Saint-Jean)。セントローレンス川の支流沿いにある湖とフィヨルドに囲まれた地域で、ケベックシティから足を延ばす観光客が多い。この地域に5件あるエコノミュゼ加盟スポットのうちの2件を訪れた。

その1つが、ガラス工房「トゥベール touverre」。フィヨルドの一角に位置するラ・ベLa Baieという町にあり、ガラス作家のジュゼッペ・ベネデット氏が営むガラスと貴石の工房だ。

イタリアで生まれ、16歳でケベック州に移住したジュゼッペ氏は同州の大学で彫刻を学んだ後、ガラス工芸を学ぶため祖国イタリアへ。再びケベック州に戻って1993年にこの工房を開いた。美術展などに出展する前衛的な作品も制作するほか、フクロウやベルーガなど、ケベック州に生息する動物をモチーフにしたカラフルで愛らしい作品が人気だ。10名以上のグループを対象に行っているガラス工芸のデモンストレーション(要予約・1人CA$5)では、作品が生まれる行程を見ることができる。

▼ガラス工芸のデモンスレーションを行うジュゼッペ氏

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▼ジュゼッペ氏が制作した作品の数々

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この工房では、ケベック州産のアマゾナイトやラブラドライトなどの貴石を研磨する体験も行っている。こちらも要予約だが、FIT(個人旅行)でも参加可能だ(材料費込み・CA$80)。好きな原石を選び、専用の研磨機で表面を滑らかにしていく。デモンストレーションの時は集中して険しい表情だったジュゼッペ氏だが、とても親しみやすくフレンドリーな表情に一転。イタリア訛りが残るシンプルな英語で丁寧に指導してくれた。磨いた石はペンダントヘッドに加工され、お土産に持ち帰れる。

▼地元産貴石の研磨体験と完成品の一例

もう一カ所訪れたのが、ブルーベリー加工業者の「デリス・ドゥ・ラックサンジャン(Delices du Lac-Saint-Jean)」。サグネ・ラックサンジャン西端のアルバネルAlbanelという町に、母親のリゼット・パレさんとその娘達、エミリーとマリー-ソレイユ・グードロー姉妹が運営する工房兼ショップがある。2000年設立のファミリービジネスだ。

▼デリス・ドゥ・ラックサンジャンの店内

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サグネ・ラックサンジャンは100年以上前からカナダ屈指のブルーベリーの産地として有名で、森には野生のブルーベリーの木がモントリオールの市街地に匹敵する面積に広がる。収穫したブルーベリーはそのままカナダ国内や海外に輸出されていたが、2000年代からこの地にも地産地消の波が訪れ、地元の加工業者が増えてきた。デリス・ドゥ・ラックサンジャンもそうした会社の1つで、保存料や香料、着色料は一切使わず、野生のブルーベリーでジャムなどを製造している。

店の一角には看板商品のジャムをはじめ、ソースやフレーバーティー、石けんなどブルーベリーを使った商品がセンスよく並ぶ。その脇には地域とブルーベリーの関わりを説明したパネルがあり、「クマはブルーベリーが好物で、昔ブルーベリーの収穫に使っていた道具はクマの手をヒントに作られたの」とマリー-ソレイユさんが教えてくれた。ガラス張りの工房では、リゼットさんができたてのジャムを瓶に分けているところが見られる。ツアーもFITも見学無料で、20人以上の場合は予約が必要だ。

▼工房で作業する製造担当のリゼットさん

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▼左からエミリー、リゼット、マリー-ソレイユの親娘3人

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小さな営みを「横串」でつなぎ、一覧できるようにすることで生まれるメリット

エコノミュゼに加盟するメンバーの営みは、正直いって目新しいものではない。日本にも、デモンストレーションや製品の加工現場を見せたり、体験プログラムを行う工房は全国に無数に存在する。非常にクオリティが高く、観光スポットとして魅力的なものも多い。注目すべきは、そうした小さな魅力ある営みを、国や地域を超えて「横串」でつないだ点だと言える。

日本において、国内旅行はもちろんインバウンドからも、観光名所を巡るだけでなく、地元に暮らす人とふれあいたい、手仕事の現場を見たいといったニーズは確実に高まっている。ただし、そうした情報は各地域の観光情報の中に埋没しがちで、すぐに見つけることは結構難しい。日本について土地勘がないインバウンド旅行者にとっては、特にわかりにくく見つけにくいと推測される。

エコノミュゼのように各地の営みをネットワークし、ホームページなどで一覧できれば、地域や手仕事の種類など、ニーズに合わせて検索できる。加盟メンバーは一定の基準をクリアしているのでクオリティも担保されており、観光客に対してオープンであるという安心感もある。1カ所訪れて満足すれば、「次はこの加盟スポットに行ってみよう」という新たな需要喚起にもつながる。

魅力溢れる小さな営みは、既に日本各地に存在している。今後は地域の枠を超えて、外から来た人にとってわかりやすく見せること、特に外国人から見てわかりやすいよう「編集」することが課題ではないだろうか。エコノミュゼの取り組みは、その一つのヒントになり得ると感じた。

取材・記事 井上理江

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