世界一静かな旅客機でベトナムの世界遺産ハロン湾へ、秋本俊二の「ボーイング787で飛ぶ旅」 ―ベトナム航空編

【シリーズ】秋本俊二のエアラインレポート

ハロン湾を訪ねてみよう。そう思い立ったのは、ベトナム航空が成田からハノイとホーチミンへの両路線で“ドリームライナー”ボーイング787の運航を開始した2016年の初頭だった。

最近は航空をテーマにした取材活動が優先し、旅そのものにフォーカスした取材の時間をとるのが難しい。そんななか、チャンスが巡ってきたのが、ベトナム航空の787導入のニュースだった。この快適な機種でのフライトレポートも兼ねてハノイへ飛び、そこから再びハロン湾へ足を伸ばしてみようと計画したのだ。

ベトナム北部の世界遺産、ハロン湾に私が最初に足を踏み入れてから、もう20年が経過している。当時はまだホテルも少なく、現地での交通手段も限られていた。あのときはハノイへの出張ついでに路線バスを乗り継いで向かい、ハロン湾で観光船に2時間ほど揺られて日帰りで戻ったことを思い出す。海上はあいにく深い霧が立ちこめ、それはそれで幻想的な風景だったのだけれど、いつか天気のいい日に絶景を楽しみながら船上でひと晩を過ごしてみたい──。ずっとそう願いつづけてきた。

世界一静かな旅客機でハノイへ

成田から利用したのは、10時ちょうどに発つハノイ行きVN311便である。ベトナム航空は同路線に、同じ787でも標準モデルの787-8ではなく、派生型の787-9を投入した。

-9は基本型の-8をベースに、のちの新たな需要に対応するためボディサイズ(機体の長さ)を6.1メートル延長し、新型エンジンに替えて航続距離を延ばした、まさに最新鋭の機種。ボディを拡張する場合、重心位置を変えないよう改良することが必要で、787-9では主翼の前方と後方で3.05メートルずつ延ばしている。見た目にも精悍さが増した。

空港で駐機しているときの形状は、従来の機種とさほど変わらないが、787は空に舞い上がった瞬間にシルエットが一変する。主翼の両端が上に大きく反り返り、優雅でなめらかな曲線を描き出す。気流の悪いところを飛んでも、炭素繊維複合材による大きな一枚板で成形されたこのしなやかな主翼が細かな振動を吸収してしまうので、不快な揺れを感じない。

エンジン音も静かだ。この次世代機の開発中に、取材で何度かシアトルのボーイング工場を訪れた際、エンジニアたちは口々に「世界一静かな旅客機を目指す」と話していた。そういう意味で787は、飛行機があまり得意ではないという人にも旅の可能性を広げた機種だと思う。

VN311便のキャビンはビジネスとエコノミーの2クラスで、ベトナム航空はビジネスクラスにシートを進行方向に向かってやや斜めに配置する“ヘリンボーン型”を採用した。2本の通路をはさんで“1-2-1”──つまり全席が通路側なので、トイレなどに立つ際にも隣席の乗客を気づかう必要がない。私が予約した窓側のソロシートは、通路を背にした形で座るので、プライベート感が抜群である。カップルでの利用なら、お互いが斜めに向き合う中央の2席並びを選択するといいだろう。

ビジネスクラスには快適な“ヘリンボーン型”シートを導入

アオザイ姿のクルーたち、ベトナムの伝統と日本流がミックスしたおもてなし

フライト中のキャビンでは、いつものアオザイ姿のクルーたちが心をこめてもてなしてくれる。ベトナム航空というと、尾翼に金色のハスの花をあしらったブルーグリーンの機体とともに、まず思い浮かべるのがこのアオザイの制服だ。色はかつての真紅から、ご覧の写真のように2015年に淡い黄色とさやわかなミントグリーンにリニューアルされた。機材と合わせて、制服も若返った印象である。

2015年にリニューアルされたお馴染のアオザイ制服

「ベトナムではお客さまをおもてなしする際にアオザイを着るのが伝統的な習慣になっています」と、日本人クルーが説明する。「制服も一人ひとりにピッタリのサイズに作るため、採寸は20~30カ所にもおよびます。日本の着物のように美しく見せるため、所作やマナーにも厳しいですね。床に落ちたモノを拾うときは、特徴的な長い裾に手を添えて乱れのないように気を配ったり。新人訓練では、そんな立ち居振る舞いの練習を繰り返し行いました」。

サービスのスタイルも個性的だ。私はそれを「フランスと日本とベトナムの合作サービス」と呼んでいる。ベトナム航空はもともとエールフランス航空から機材の提供を受け、同時に客室乗務員も派遣されて運航をスタートした。そのため、サービスにはフランス流が色濃く根づいている。その後、日本路線が開設されると、他のエアラインで経験を積んできた日本人クルーを積極的に採用。彼女たちは日本人独特のきめ細かなサービススタイルを社内で提案するようになった。もちろん、本来のベトナム流のサービスというのもある。素朴で、のんびりしていて、いつも笑顔を絶やさない。そんなベトナムの伝統とフランス流、日本流がミックスされて、世界でも類を見ない独特のサービスが完成しているのだ。

ベトナムは“食の宝庫”でもあるだけに、ミールサービスも充実している。ランチタイムには和食または洋食の本格的なフルコースを用意。メイン料理は2カ月ごとにメニューが変わるので、頻繁に出張があるビジネスマンからも評価が高い。

ランチのメイン料理にはビースステーキをチョイス

食事を終え、大型化したモニターで映画を楽しんでいると、約6時間のフライトもアッという間だ。離陸して4時間。台湾の南部をかすめて南シナ海上空にさしかかり、やがて前方にインドシナ半島の海岸線が見えてきた。機長からのアナウンスでは、到着はほぼ定刻どおりだ。

ハノイからは陸路で、20年ぶりのハロン湾を目指す。


 1泊2日のクルーズ線で至福のひととき

ハノイから東へクルマで3時間半。水面に切り立った奇岩が浮かぶ幻想的な風景の前にたたずむ。1994年にユネスコ自然遺産に登録されたハロン湾と周辺には、この何年かで高級リゾートやコンドミニアムが次々に建設され、世界中から旅行客が押し寄せるようになった。 私が予約したのは、湾を周遊する1泊2日のクルーズ船「バーヤ・クラシック号」だ。ハノイからハロン湾に到着したのは夕方で、その日はホテルで1泊。翌日の昼過ぎに、デッキで手を振る乗組員たちに出迎えられながらバーヤ号に乗り込んだ。

陽気な乗組員たちに出迎えられてバーヤ・クラシック号に乗船

専用ラウンジでチェックインを済ませ、出航の時間まで部屋でくつろぐ。乗り合わせている乗客は欧米からの旅行者が多い。

20部屋ある客室はアンティークなオリエンタル風で、シャワー・トイレや洗面台、バスアメニティなどが完備。食事は上階ダイニングルームでのブッフェスタイルで、パパイヤやポメロ(ザボン)のサラダや揚げ春巻き、フォーなどベトナムらしい料理が並ぶ。料理のクオリティも高いという評判もあり、私は数あるクルーズ会社のなかからバーヤ・クラシックを選んだ。

20の客室を備えたグルーズ船で1泊2日の旅がスタート

航海の途中には、小舟で洞窟を探検したり、カヌーで奇岩を巡ったりというアクティビティもある。女性には船上デッキのスパも人気だ。夕食前にデッキで開催される揚げ春巻きの料理教室にも、多くの乗客が参加していた。 「2年前にも一度来たのですが、また行きたいと娘にせがまれましてね」と話していたのは、イタリアから来たという家族連れだ。「風景もすばらしいし、ベトナム料理もおいしい。こんな密度の濃い1泊2日は、ほかではなかなか味わえません。ハロン湾での休日は、これから毎年の恒例になりそうです」

船上デッキで夕食前に開催される揚げ春巻きの料理教室

午前10時30分の下船まで船上で22時間を過ごすクルーズ旅は、私にとっても至福のひとときだった。日本からはまだ日帰りでクルーズを楽しむ旅行者も多いが、ハロン湾の醍醐味は朝夕の神秘的な風景にある。一日が終わる時間帯に海面を照らす黄金色と、翌朝の淡い靄におおわれた日の出直前の青と──その光景がいまも脳裏に焼きついて離れない。

1994年にユネスコ自然遺産に登録されたハロン湾

1泊2日のほとんどの時間を、私はデッキで過ごした。 今回はベトナム航空の787就航をきっかけに実現した旅だったが、同社は新機材の導入に積極的で、エアバスの最新鋭機A350XWBの運航も2016年10月から関西-ホーチミン線で開始した。2017年3月からは羽田-ハノイ線でも同機種の投入を発表している。次回は787とはまた違った快適さを提供してくれるA350で、ベトナムを再訪したい。

秋本俊二(あきもと しゅんじ) 作家/航空ジャーナリスト

秋本俊二(あきもと しゅんじ) 作家/航空ジャーナリスト

東京都出身。学生時代に航空工学を専攻後、数回の海外生活を経て取材・文筆活動をスタート。世界の空を旅しながら新聞・雑誌、Web媒体などにレポートやエッセイを発表するほか、テレビ・ラジオの解説者としても活動する。『航空大革命』(角川oneテーマ21新書)や『ボーイング787まるごと解説』『みんなが知りたい旅客機の疑問50』(ソフトバンククリエイティブ/サイエンスアイ新書)など著書多数。

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