佐賀県・山口祥義知事に聞いてきた、積極的に打ち出す施策の秘訣、佐賀県が観光戦略で目指す「世界標準」

「観光の未来をリーダーに聞く」シリーズ 連載第1回

地域創生の要であり、インバウンド拡大の波とともに期待が高まる観光産業。ただその一方で、各自治体は観光客の分散化、地域リーダーの育成、独自の観光資源開発に向けて試行錯誤している。差別化のためにIoTの活用やインターネット上のプロモーションを推進する自治体も少なくない。

なかでも、注目度がじわり増しているのが佐賀県だ。2019年、佐賀県の九州佐賀国際空港は、全日空(ANA)グループが取り組む先進技術を集め、働き方改革を実施するイノベーション推進の拠点空港に選定された。また、お笑いトリオ「ロバート」の秋山竜次さんとのコラボ企画、アニメ「おそ松さん」との「さが松り」など、トレンドワードに挙がるネットを巻き込んだ地方創生プロジェクト「サガプライズ!」のPR力は卓越している。

なぜ、佐賀県は他にはない斬新な発想で施策を進めることができるのか。「世界基準で本質的な価値を追求することが未来をつくる」と語る佐賀県の山口祥義知事に、トラベルボイス代表取締役CEOの鶴本浩司が、観光戦略から未来へのロードマップまで話を聞いた。

<山口祥義(やまぐち よしのり)知事 プロフィール>

1965年生まれ、本籍佐賀県杵島郡白石町。東京大学法学部卒業。1989年自治省(現・総務省)入省。内閣安全保障・危機管理室参事官補、総務省過疎村対策室長などを務めたほか、東京大学教授(大学院総合文化研究所)やJTB総研、ラグビーW杯2019組織委員会など民間でも活躍。2015年1月佐賀県知事就任、現在2期目。

 

ANAの先進イノベーション拠点空港に選定

――佐賀県は地域創生について、未来を見据えた先進的な取り組みが多いように思います。観光・航空分野でも、ANAグループのイノベーション拠点空港に選定されたほか、2016年に空港の愛称を「九州佐賀国際空港」に改められた点にも戦略性を感じます。

山口:佐賀は現在、ソウル、釜山、台北、上海との国際定期便が就航しています。九州というと日本の西の端というイメージがあるかもしれませんが、東アジアを俯瞰してみると、佐賀県はその真ん中に位置していることが分かります。実際、空港利用者の半数は佐賀県外から来ており、県境を越えた広域で双方向に利用してもらえるコンセプトを明確にしたいと考え、「九州佐賀国際空港」に改めました。

増便やLCC就航によって、空港利用者数は6年で連続過去最高を更新し、外国人宿泊観光客も増加しています。国際空港として世界に発信し、利用拡大に取り組んでいることが、海外の人々からの評価につながっていることを実感しており、そのグローバルな動きを肌で感じることは、県民の誇りにもつながっていると思います。

また、ANAグループのイノベーション拠点空港に選定され、これから実験的な取り組みが行われます。先進技術を導入し働き方改革を進めることは、少子高齢化、人口減少社会といった社会課題解決にもつながると期待しています。

地域への誇り・愛着が創生につながる

――「世界基準による発信が県民の誇りになる」という山口知事の考え方が印象的です。2017年に策定された観光戦略「佐賀さいこう!た・びジョン」にも、目指す姿、観光の意義は「ふるさとへの誇りを実感できる社会の実現」と盛り込むなど、県政の様々な場面で“誇り”という言葉が出てきます。

山口:私は、総務省やJTB総研で全国の地方活性化の取り組みに携わるなかで、地域の一番の課題は誇りの空洞化にあると感じました。地域への誇りや愛着を持てないと、どんなに政策を積み上げても、後ろ向きの雰囲気ができ、砂上の楼閣のように崩れてしまうからです。

佐賀県民の中にも「佐賀はなーんもなか」と言う人もいますが、実は日本の近代化は佐賀なくしては語れません。早稲田大学の創設者・大隈重信ら、維新期に活躍した人物を輩出したことに加え、反射炉の築造や鉄製大砲の鋳造など西洋の科学技術をいち早く取り入れ、今の技術大国・日本へとつながっています。

ところが、こうした功績は佐賀に住む人たちにさえほとんど知られていませんでした。そこで、当時の佐賀藩の活躍を現代の最新技術で紹介する「肥前さが幕末維新博覧会」を開催しました。当初は、他県や海外の方から、素晴らしいという評価をいただき、逆輸入の形で地元の人々が集まるようになりました。多くの県民の方々から「誇りや愛着につながった」という声をお聞きしたことは大きな喜びです。

クリエイティブなひと工夫で地域の宝を世界発信

――逆輸入で広がっていったというのは面白いですね。佐賀の県民性でしょうか。その誇りはどのような形で、観光を通じて地域経済の発展につながるとお考えですか。

山口:佐賀には多彩な魅力があります。玄界灘と有明海の海の幸をはじめとした食。400年の歴史を誇る、欧州の王侯貴族にも重宝された有田焼。博多から電車で40分という立地。けれども、こうした魅力的なコンテンツを県外や海外の人に十分に伝えきれていなかった部分もありました。竹のように真っすぐで、人情味あふれる佐賀県人のDNA。その真面目な気質を大切にしながらも、これからは積極的にアピールして本物の価値を理解してもらうことが必要です。

そこで考えたのは、佐賀の魅力的なコンテンツにクリエイティブなひと工夫を加え、新しい驚きを全国、そして世界に発信すること。県内外の企業や人とコラボレーションして、新たな魅力を発信するプロジェクト「サガプライズ!」をスタートし、有田焼創業400年事業では、人間国宝と三右衛門が作陶した器で佐賀の豊かな食を味わうレストラン「USEUM ARITA(ユージアムアリタ)」を開設しました。

ユージアムとは、ユーズ(使う)とミュージアム(美術館)を合わせた造語です。器を鑑賞するだけでなく、実際に食器として使ってもらうことで、さらに価値を高める。こうした取り組みをきっかけに、世界をターゲットにしたさまざまなアイデアが生まれています。私が目指しているのは、「日本一」ではなく「世界基準」なのです。

佐賀にタイ人観光客が押し寄せたわけ

――日本全体でインバウンド需要が急伸し、佐賀は映画ロケをきっかけにタイ人観光客も急増しています。県民の間でもエキストラの登録者が増加するなど、みなさんが自然に観光に対して取り組んでいるように思います。

山口:ロケーションツーリズムによるインバウンド誘致には、県としても力を入れています。2018年11~12月には、フィリピン映画『HANGGANG KAILAN?』が県内各所で撮影されました。

海外からの観光客が増えて気づいたことは、佐賀の素朴なそのままの姿が喜ばれるということ。一例を挙げると、年間300万人の参拝客が訪れる鹿島市の祐徳稲荷神社の奥の院は山の頂にありますが、日本人はなかなかそこまで行きません。しかし、外国人観光客はわざわざ登って、有明海へと続く雄大な眺めがとても素晴らしいと言ってくれます。もともと由緒ある神社に、そうした新しい価値が見いだされたことで、さらに厚みがでたというか、広がりを感じました。

また、従来は観光産業と地域振興は別ものという意識が県民にあったように思いますが、こうして世界各地から多くの観光客が訪れると、“global to local”の形で両者が少しずつ結びついていくのを感じています。訪れる人たちが地域の良いところを評価することで、そこに住む人々は地域に誇りを持ち、暮らしがより輝いていく。よそ行きではなく、私たちの普段の暮らし、佐賀のありのままの姿が輝くことが、地域振興につながるのではないでしょうか。

未来に向けて続ける地域のチャレンジ

――最後に、佐賀県の観光を今後、未来に向けてどう発展させていこうとお考えですか。

山口:佐賀にも、まだまだ対応すべき課題はたくさんあります。例えば、少子高齢化による人材不足はとても大きな問題です。また、IT技術の進展に伴う対応の遅れもそうです。行政機関でのテレワーク導入や小中学校でのパソコンの整備などが進んでいる一方で、街なかの飲食店でカード決済ができるお店が多くないなど、インバウンドをはじめとした旅行者を受け入れる上でも課題があります。

しかし、先ほどお話しした幕末維新期の先人たちのように、佐賀県人はチャレンジ精神旺盛なところが魅力です。まさに「ピンチこそチャンス」。だからこそ、日本の第一次産業革命は佐賀から始まったのだと思います。そして今は、AIやIoTなどの技術の進展により、観光も含めたモノやヒトの流れが変わりつつある第四次革命の真っただ中にあります。ぜひ佐賀を訪れて、あらゆる面で新しいことに挑戦し続ける姿を見ていただきたいと思います。

聞き手:鶴本浩司(トラベルボイス代表取締役CEO)

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