伊ベネチアが模索するポストコロナの観光戦略、マスツーリズムと決別し、サステナブルな未来描けるか【外電】

イタリアのベネチアでは、コロナ禍を好機と捉え、今後の観光マネジメントと成長戦略を見直す動きが始まっている。短期滞在ではなく、長く定住する人口を増やすために、伝統産業を復活させることや、地理的な制約を逆手にとり、気候変動の研究拠点を目指すなど、サステナブルな街の未来を模索している。AP通信の報道をまとめた。

コロナ感染拡大が深刻化した2020年2月末以降、ベネチアからは観光客の姿がすっかり消えた。かわりに目につくようになったのは、街角で遊ぶ子供や、地元住民に魚を売る漁師の声。水上バスでやってくるのは、マスクと手袋をし、業務再開の準備に向かう人々だ。

ツーリズムの大成功により、観光客を惹きつけてきた街の魅力がむしろ色あせていくなかで、自らの存在意義に悩むベネチア。今回のパンデミックにより、観光客は消え、地元経済は停滞中だが、そもそもベネチア特有の脆弱な地理的環境では、従来型の観光による成長は限界に近づいていた。この危機を、サステナブルな観光産業への方向転換と、街の人口増につながる取り組みへ舵を切るチャンスにと住民は期待している。

ベネチアでは昨年11月の洪水で大きな被害が出ていたが、パンデミックが追い打ちをかけた。イタリアを代表する観光都市の観光関連収入は年間30億ユーロ(約32億ドル)で、街の歳入の大部分を占める。しかし今はすべてが停止している。イタリア政府による支援開始には時間がかかる見込みで、カナレットやターナーなど画家たちを魅了した面影もない。

ベネチアのルイジ・ブルニャーロ市長は静かなサンマルコ広場に立ち、「この歴史ある地区での暮らしを見直すチャンスだ」との考えを表明。同市中心街の人口は現在、5万3000人で、ひと昔前の3分の1だ。人口を増やすための取り組みとして、観光客向けの賃貸物件を、ベネチア・カフォスカリ大学の学生向けアパートに転換する方針を掲げている。米国・ボストンを参考に、大学で学んだ学生たちが、街を気に入り、そのまま住み続けるようになることが狙いだ。

伊サンマルコ広場(写真:AP通信)

気候変動に関する研究センターの拠点としても、ベネチアは申し分ないと同市長は考えている。世界中から科学者たちがここに集まり、学問と居住の場となることで街も活性化する。かつてのベネチアと同じように、クリエイターが多くやってきて、現代版ルネサンスへとつながるような取り組みも構想している。

一方、街の経済が目下、大きく依存しているマスツーリズムについては、規模の見直しが必要とする。「のんびりしたところが、この街の魅力だから」(同市長)。

市がまとめたベネチアの未来ビジョンでは、中心地区に、歴史ある伝統産業を呼び戻すために、税制面での優遇措置を検討することなどが盛り込まれている。また市民団体からは、例えば立ち漕ぎボートなど、昔ながらの生活習慣を絶やさないためのインセンティブ策が提案されている。コロナ禍で消えた観光客狙いの店跡地には、よりサステナブルなビジネスを展開する業者を誘致したい考えだ。

グランドカナル地区で今も営業している地元企業といえば、ディオールやヴァレンティノ、ドルチェ&ガッバーナに商品を提供している高級生地メーカー、べヴィラクアのみ。同社を率いるロドルフォ・べヴィラクア氏は「産業を盛り返すには、ベネチアが昔に戻る必要がある」と話す。「きつい言い方をするが、街を冒とくするような暮らし方のままでは無理だ」。

パンデミックにより、ベネチアは以前より清潔になり、静かな暮らしが戻ったが、これを維持するのは容易ではなく、大規模な見直しはさらに困難を伴う。NGO「We Are Here Venice」のエグゼキュティブ・ディレクター、ジェーン・ダ・モスト氏は、営業を再開したバーが、使い捨ての皿やカトラリーを使っていると指摘、環境への負荷を懸念している。

ベネチアにおいて、観光マネジメントは常に議論の的だが、今は特に、問題が山積みだ。日帰り客を対象とした課税案は見送りとなった。街がこれまで以上に、テーマパーク化することを危惧する声は多い。

市長と観光当局によると、観光客が以前の年間3000万人レベルに回復するまで、少なくとも1年はかかる。騒音が減り、空気がきれいになったのはよいが、観光客なしでは雇用が維持できない。ベネチア・ホテル協会のクラウディオ・スキャルパ代表は「生き残りをかけた戦いになる」と話す。

カナル・グランデのゴンドラ(写真:AP通信)

クルーズ船の寄港は、今年はストップ。ゴンドラの船頭は、6月1日まで運河の往来を禁じられ、収入は政府から600ユーロを一度、支給されたきりという人がほとんどだ。6月以降もまだ安心はできない。乗客と船頭の間には十分な距離があり、マスクは不要だが、「船の乗り降りの時、乗客の手助けをしてはいけない決まりになった。船が揺れるからと手を差し伸べることは、今や親切ではなく、保険の対象事案」とゴンドリエーリ協会のアンドレア・バルビ代表は話した。

ヘミングウェイによって有名になった運河沿いの人気店「ハリーズ・バー」では、いまも営業再開は未定としている。広さ9.5メートルx4メートルと小さい空間のため、現在の規制下では、少人数しか収容できない。オーナーのアリゴ・チプリアーニ氏は「ホスピタリティーには自由が必要。何かを強制するのは違う」とし、マスクでの接客にも違和感を覚えている。

一方、その近くにあるホテル・サトゥルニアでは、バーのテーブル間隔を広げて5月25日に営業を再開予定だ。「ポジティブなメッセージ発信になる」とオーナーのジャンニ・セランドレイ氏は話す。

ブルニャーロ市長は、7月に開催される恒例のレデントーレ祭が、パンデミックからの復活を象徴する場になると考えている。もともと1577年、ベネチアにおけるペスト流行の収束を神に感謝するために始まったお祭りで、盛大な花火が打ち上げられる。「サンマルコ広場に面した入り江のボート上からの眺めは、この世界で見ておくべきものの一つ」と話した。

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