小さな宿泊施設が実践するDX、加えて地域住民も巻き込んだDXで「稼げる地域に」、佐渡島のホステルオーナーに聞いてきた

新潟県佐渡島の佐和田地区にある全7部屋の小さなホステル「パーチ(Perch)」。築70年の古い旅館をリノベーションして、2018年7月にオープンした。オーナーの伊藤渉さんは佐渡生まれの佐渡育ち。佐渡島の観光振興にも強い思い入れがある。離島が観光で稼げる地域になるためには何が必要なのか。そのひとつの答えとしてDXを挙げるが、島の現実は追いついておらず、伊藤さんはもどかしさを感じている。

コロナ禍で顧客との直接の接点を意識

オープン当初、伊藤さんは「ネットに載せれば簡単に人は来るだろうと安易に考えていました」と話す。

実際に、ブッキング・ドットコムに掲載するともに、エアビーアンドビーのリスティングにも登録すると、旅行者が集まり、オープン後1ヶ月で稼働率も50%ほどになったという。インバウンド市場が急速に拡大していくなか、宿泊者の4割が訪日外国人。グローバルOTAの力を感じていた。

しかし、コロナで状況は一変。伊藤さんは、宿泊だけでなく、他のアイデアで集客することを考える。本格的なフィンランド式サウナを設置し、2階のコワーキングスペースの利用を組み合わせて、リモートワーカー向けに長期滞在を提案した。エントランスにはクラフトビールのタップサービスを提供することで宿泊客と地元の人たちが交流できる空間を創り出した。

伊藤さんは「この時に初めてカスタマージャーニー(顧客がサービスを購入するまでの道のり)というものを想像しました」と明かす。サウナのために離島を訪れる「サウナー」は、他旅行者よりも高価格帯で予約し、目的があるため「佐渡島だけでなく、新潟県のサウナを周遊してもらうことも可能ではないか」と考えたという。

顧客を想像、設定し、ダイレクトにアプローチをする。顧客との接点を最大限に活かした販売への考え方はコロナという危機がきっかけで強まった。

デジタルで効率化、生まれた時間で旅行者とのコミュニケーションを

現在は、ホームページもリニューアルして、直販に力を入れているという。「OTA経由だと不特定多数のゲストが相手になるため、ミスマッチが起こりやすいですが、直販はそれが少ない」と話す。受け入れ側も旅行者の「顔」が見えやすい。コロナ禍を経て直販は全体の8割ほどに増えた。「将来的にはほぼすべてを直販予約で取っていきたい」と意欲を示す。

加えて、「今後はチェックインや決済などをすべてデジタル化して事務作業を簡素化していきたい」と伊藤さん。バックヤードの作業をデジタル化して、宿泊施設あるいはコミュニティスペースで旅行者などとコミュニケーションする時間を作りたいという。「佐和田地区には、美味しい寿司屋、昔ながらのスナック、朝食が楽しめる飲食店など、地元しか知らない場所が実は多いんです。そういった地域の情報を宿泊客に伝える時間を作りたい。人が最大の観光資源だと思っています。人を介すれば、リピーターにもつながる」。

デジタル化の目的は、マーケティングや販売の高度化だけでなく、中心となる仕事に回帰するための効率化にもある。伊藤さんは「パーチはワンオペレーションで運営しているため、デジタルの力は欠かせません」と付け加えた。

パーチのコンセプトは「旅先での出会いとゆったりとした時間」。地域住民を巻き込んだDXを

佐渡島では「佐渡島の金山」の世界文化遺産登録が待ち望まれている。登録されれば、これまで以上に観光コンテンツとして強化されることになるが、それが直ちに稼げる地域につながるわけではない。新潟市からの日帰りも可能なことから、儲かるのは船会社のみという状況も生まれかねない。

「周辺でお金が落ちる仕組みをデジタルで考えていくことも必要でしょう」と伊藤さん。そのためには、事業者単体だけでなく、佐渡島全体でのDXに向けた取り組みが必要だ。

「ITリテラシーの高い人たちだけでDXを進めても効果はないような気がします。そういう人たちだけで進めれば、佐渡町は別の町になってしまう。地元の飲食店なども巻き込んで初めて、佐渡島の今の文化が反映されたDXが実現すると思います」。

佐渡島では佐渡島だけで使える観光地域通貨「だっちゃコイン」の取り組みを展開し、旅行者向けにキャッシュレス決済や参加店舗での特典などを提供しているが、伊藤さんは「旅行者だけでなく、島民も普段使いできるようになれば、DXの理解や普及も進むのでは」と提案する。さらに、「だっちゃコイン」の利用に必要な「さどまる倶楽部アプリ」に、飲食店や佐渡汽船などのリアルタイムのタビナカ情報を掲載し、タビアトではふるさと納税や地元産の物販などEC機能を設ければ、収益機会の拡大だけでなく、「島民のITリテラシーの底上げにもつながる」との考えもある。

若い世代は将来への危機感を共有

佐渡市のデータによると、佐渡島への観光客入込数は1994年の約114万人から右肩下がりで、コロナ禍の影響を受けた2021年は約27万人まで落ち込んだ。佐渡島の人口は2020年で約5万1500人。そのうち、65歳以上は約2万2000人で高齢化は着実に進んでいる。一方で、15~64歳は約2万4000人、生産人口はまだ50%を超えているとも言える。

伊藤さんは「今がDXで改革できるチャンス」と力を込める。伊藤さんをはじめ、地元の若い世代は「改革していかないと持続可能性はないとの危機感を持っている」という。例えば、相川地区では、若手商工会メンバーを中心に「相川車座」という地域団体を立ち上げ、古民家再生事業を行うNOTEなどと地域活性化プログラムを進めている。

佐渡島には佐渡島のやり方がある。DXを含めて、若い世代は動き出している。

トラベルジャーナリスト 山田友樹

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