国連が提唱する「グリーンな観光」とは? 6つの行動原則と、日本で実践されている事例を聞いてきた

UNWTO本部のダーク・グラッサー氏

世界的に持続可能な観光(サステナブルツーリズム)に対する注目が高まる中、国連世界観光機関(UNWTO)は、2021年に地球環境に配慮した観光を「グリーンな観光」と位置付け、6つのカテゴリーの行動原則を提唱している。観光庁と国連世界観光機関(UNWTO)駐日事務所は、この新しい観光概念の理解を深めるためのシンポジウムを開催し、国内外6つの先進事例を発表した。

対応遅れる生物多様性の保全

グリーンな観光の6つの行動原則は、UNWTOが2021年に発行した「Recommendations for the Transition to a Green Travel and Tourism Economy」で示された。(1)生物多様性の保全、(2)気候変動対策、(3)循環型経済、(4)ガバナンスとファイナンス、(5)公衆衛生、(6)社会的包摂(社会的に弱い立場にある人々を含めた共生)を指す。このシンポジウムではこの中から、生物多様性の保全、気候変動対策、循環型経済の3つに焦点を当てた。

UNWTO駐日事務所副代表の大宅千明氏は「経済協力開発機構(OECD)が2022年にまとめた観光白書でグリーンな観光が特集され、世界の先進事例が紹介されているが、まだ日本の事例が取り上げられることは非常に少ない。今回のシンポジウムの紹介事例は、単に環境の保全維持だけでなく、地域の観光にとって経済的及び文化的にも良い効果をもたらすだろう」と開会挨拶で述べ、日本でのグリーンな観光の浸透普及に期待感を表した。

基調講演では、UNWTO本部持続可能観光部長のダーク・グラッサー氏がビデオでメッセージを寄せた。同氏は気候変動対策と生物多様性の保全に対して観光が貢献することの重要性を強調。特に生物多様性の保全に対する取り組みについては、2022年12月に開催された国連生物多様性条約締約国会議(COP15) でUNWTOや世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)などが、2030年までに生物多様性の損失を阻止し、逆転すべく協力し合うことを発表したことに触れた。

同じく、基調講演に登壇した東京女子大学国際社会学科の藤稿亜矢子教授は「生物多様性の保全は、気候変動対策に比べ非常に対応が遅れている」と指摘。「世界の総GDPの半分以上にあたる44兆ドルの経済価値損失が自然資本に依存しており、生物多様性の損失とはこの自然資本を失うこと」と述べ、例えばサンゴ礁と湿地帯の破壊は保険会社と観光業に数十億ドルの損失を与える可能性があるとして、生物多様性と観光の関わりを強調した。

世界的に注目される循環型経済社会の実現については「自然と共生する伝統的な生活文化がある日本には大きなポテンシャルが存在する」とし、観光産業ができる取り組みとして、移動に伴う温室効果ガスが削減される長期滞在観光の促進を推奨するとともに「日本はサービス削減に抵抗感が強いが、なくていいものをなくす姿勢も大事」と述べた。

東京女子大学国際社会学科の藤稿亜矢子氏

国内外の参考事例とは?

グリーンな観光の国内における先進事例として、山形県の小野川温泉にある登府屋旅館代表取締役の遠藤直人氏が、石油の代わりに温泉熱をエネルギー源に活用した取り組みを紹介。「あふれた温泉(排湯)をエアコンや給湯の熱源に活用することで、それまで年間約29トン使っていた灯油がゼロになり、年に58トンのCO2削減につながった。これを2010年から12年間続けている」(遠藤氏)。

近年は電気を使わず温泉熱で温めるサウナも導入し、近隣の農家で廃棄されていた規格外のユーカリも活用している。遠藤氏は「地方で当たり前にやっている優れた取り組みをきちんと掘り出し、紹介していくことが大事では」と述べた。

小野川温泉 遠藤直人代表取締役

続いて岩手県のジオファーム八幡平代表の船橋慶延氏は、引退した競走馬の飼育をしながら、馬から出た堆肥でマッシュルーム栽培をおこなう循環型農業の事例を発表した。

船橋氏は「フランスで伝統的に馬の堆肥がマッシュルーム栽培に使われてきたことにヒントを得た。馬の寝床に使う敷き藁は近隣の農家から調達し、使用後は堆肥と合わせてマッシュルーム栽培の培地となる。使用後の培地はニンニクや米などの肥料として再び農家に活用されている」と話し、こうした資源循環や馬とのふれあいをテーマに、観光受け入れにも取り組んでいることを紹介した。

ジオファーム八幡平の船橋慶延代表

このほか、国内からは2事例が紹介され、熊本県阿蘇市経済部まちづくり課課長の石松昭信氏は牧野(ぼくや)と呼ばれる阿蘇の草原保全を観光に生かした取り組み、合同会社とくと代表の濵中玲子代表はアートの島として近年注目される香川県の豊島で、地産地消や宿泊客も体験できる循環型農業などをおこなう宿泊施設の事例を発表した。

海外からは2つの事例が紹介された。ハワイ州観光局(HTA)プランニング・ディレクターのキャロライン・アンダーソン氏は、地域住民や多様な関係者を巻き込み、観光客への啓蒙も積極的におこなうHTAのデスティネーション・マネジメント・アクションプランについて紹介。インドネシア・バリ島にあるマナ・アース・パラダイスホテルオーナーの濱川 明日香氏は、現地の水不足やごみ問題に対応し、ホテル内で雨水を活用するとともに8~9割の廃棄物をリサイクルしている取り組みを紹介した。

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