生成AI時代の旅行マーケティング新機軸は、SEOから「GEO」へ、その打ち手となる戦略3本柱を聞いてきた

旅行業界のマーケティングは、これまで「検索エンジン最適化(SEO)」を軸に展開されてきた。グーグルなどの検索結果で上位に表示されることが、集客と認知の鍵を握っていたからだ。しかし、アマデウス社アジア地域統括バイスプレジデントのエドワード・ライト氏(写真)は、今まさに業界は新たな局面に入っていると語る。このほどシンガポールで開催された観光産業の商談展示会「ITBアジア」での同氏の講演をレポートする。

講演の冒頭で、ライト氏は「私たちはいま、検索の時代から生成の時代へと移行している。『GEO(Generative Engine Optimization)』こそ、これからの旅行マーケティングの基軸となる」と強調した。

GEOとは「生成(AI)エンジン最適化」の略で、従来のSEO(検索エンジン最適化)を進化させた概念。SEOが「検索エンジン上での上位表示」を目的としていたのに対し、GEOは生成AIが生成する回答の中で、いかに自社ブランドや施設が「選ばれる存在」として登場するかに焦点を置く。ライト氏は、AIが旅行者の行動設計を変えつつある現実を具体的に示した。

「私は生成AIに『香港で2日間の高級旅行プランを教えて』と入力したところ、フォーシーズンズが常に最上位に登場した。彼らはすでにGEO戦略を構築している」と語った。

この一例が象徴するように、生成AIは単なる検索結果の提示ではなく、ユーザーの質問に「答え」を返す。つまり、AIによる回答の中で認知されることが新たな戦略の焦点となる。ライト氏は「AIは検索結果を並べるのではなく、回答を提示する。そのため、ホテルや観光施設はAIが読み取れる構造化情報を持つことが重要になる」と指摘する。

SEOからGEOへ ―生成AIが変える旅行者との出会い方

GEOの最大の特徴は、生成AIがユーザーに直接「推奨」をおこなう仕組みにある。従来のSEOでは、検索エンジンがウェブページの関連性やキーワードをもとに順位づけをおこない、ユーザーが選択してアクセスする流れだった。しかし、GEOの時代には、ChatGPTなどの生成AIが旅行プランを丸ごと作り上げる。その結果、ユーザーが「選ぶ」前に、AIが「選ぶ」構図に変わる。

ライト氏はその変化を「検索ではなく生成へ」と端的に表現する。「AIは検索するのではなく、生成する。ユーザーが求める答えを直接提供する構造に変わっている。つまり、GEOとはAIに理解されるための最適化であり、AIに推薦されるための準備でもある」と説明した。

この転換は、旅行業界にとって重大な意味を持つ。生成AIが自動的にホテルや観光地をリスト化するようになると、その選定基準を満たさない施設は「可視化」されない。従来のSEOが「キーワード最適化」であったのに対し、GEOは「文脈最適化」だ。AIが旅程を構築する際に必要とする情報構造を理解し、それを機械が読み取ることができる形式で発信しておく必要がある。

GEO戦略の三本柱は、権威性・構造化・ブランドプレゼンス

ライト氏はGEOの実践において、特に重視すべき要素を三つ挙げた。

第一は「トピックの権威性(authority of topic)」。AIが回答を生成する際、特定のテーマにおける専門性や信頼性をもつ情報源を優先的に引用するため、ホテルや観光施設は自らの専門分野を明確化し、関連情報を発信することが不可欠だということ。「例えば、ワインツーリズムを強みにするなら、地域のワインツアーやペアリング体験に関する情報を発信し続けることが重要」とライト氏は説明した。

第二の要素は「構造化AIによる発見性(Structured AI for Discovery)」だ。GEOでは、AIがウェブ上の情報をクロールして「回答」を作成する際、FAQ(よくある質問)やナレッジベース形式の情報が特に重要になる。「AIは検索ではなく対話で答えを返す。そのため、FAQ形式で情報を整理することがGEOに有効だ」とライト氏は説明した。

第三の要素は「ブランドプレゼンス(Brand Presence)」である。トリップアドバイザーやブッキング・ドットコムなど主要OTAだけでなく、地域に根ざしたメディアや政府観光局との連携を通じて、AIが参照する複数のデータソースにブランドを露出させる必要がある。ライト氏は「AIは複数のサイトを横断的にスキャンして回答を生成する。したがって、地域や特定テーマに関連する媒体との連携が、GEO戦略の成否を左右する」と強調した。

GEOの「打ち手」:プレゼン資料より

AI時代のマーケティングは「答えの中に入る戦略」へ

生成AIが主導する旅行検索の時代、企業のマーケティング目標も「検索結果の上位」から「生成回答への登場」へとシフトしている。ライト氏は「ホテルや観光事業者は、AIの生成過程において『推薦される存在』になることを意識すべきだ」と語った。そのためには、AIが利用する情報構造を理解し、データやFAQを整備することが求められる。

さらに、GEOはエージェント型AIとの連携を通じて、旅行者のパーソナライゼーションにも新たな可能性を拓く。ライト氏は、「AIエージェントが旅程を生成する時代には、天候や予算、嗜好といった外部要因に基づいて、リアルタイムに提案内容が変化する。これこそが次の顧客接点の形になる」と展望を語った。

つまり、AIが生成する答えの中に自社を登場させること、これがGEOの本質である。SEOが「検索で見つけてもらう」戦略だったのに対し、GEOは「生成で選ばれる」戦略へと進化する。旅行者の意識の流れがAIに取り込まれつつあるいま、企業はその「答えの文脈」にどう組み込まれるかを問われている。

「人間中心」の本質は変わらない、技術の進化と共に

ライト氏は講演の最後に、「技術はあくまで手段であり、サービス業の本質は人にある」と強調した。「テクノロジーは私たちを支援するものであり、顧客に創造的な体験を提供する助けとなる。しかし、最終的に私たちが仕えているのは『人間』だ」と語った。

GEOは単なるマーケティング手法ではなく、AIと人間の関係性を再定義する試みでもある。AIが「検索する」時代から「答える」時代へ。観光産業は、今、その生成の文脈の中で、いかに自らの存在を「発見」され、「推薦」されるかを問われている。

取材・文: 鶴本浩司

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