日本観光振興協会の最明(さいみょう)です。今回は、OTAとJRとの「競合」と「共創」について考えてみます。
※冒頭写真:北陸新幹線の乗車を待つ訪日旅行者のグループ。東京駅にて筆者撮影。
2026年3月16日付のトラベルボイスで、欧州を中心に交通機関の比較予約サービスを展開する「Omio(オミオ)」の日本市場への参入の記事を読みました。早速、「Omio」のサイトを確認してみたところ、東海道・山陽新幹線や東北新幹線などの予約・照会もできるようです。
かつて、「難しい」「使いにくい」と評判の悪かったJRの列車検索や事前予約ですが、直販サイトの改善に加えて、主要タビナカOTA(オンライン旅行会社)での取り扱いが始まったことは、鉄道利用者のすそ野を拡げていく期待も込めてインパクトあるニュースでした。
私がJR東日本でインバウンドの実務を担当していたのは、小泉元総理が「観光立国宣言」をおこなった直後の2003~2005年頃です。当時は訪日旅行者も少なく、加えて円高だったこともあり、JRグループは国や観光産業から「交通費の低減」を求められていました。インバウンドは日本各地を周遊するものだという固定観念も根強く、個人や少人数グループの訪日旅行者にはジャパンレールパス(JRP)など専用のフリーパスの販売を軸に営業をおこなっていました。オンラインでの特急列車の指定席予約も、まだ緒に就いたばかりで、日本国内向けをほぼ直訳しただけの英語サイトでしたから、利用者目線に立ったものとは言い難い出来でした。
今回、実務を離れて20年以上の経過したこともあり、JR東日本に直近のインバウンド向け指定席予約やJRPの販売方法、Suica(交通系ICカード)の活用などについて話を伺ってきました。その結果と私自身の考察を述べたいと思います
ジャパンレールパス、JR券のオンライン販売の進化
JRPは国鉄時代から続くJR全線が利用可能なフリーパスです。かつて外国人旅行者にとって、日本を鉄道で旅行する際のハードルは、乗車券類の購入プロセスの難しさ、路線・会社が分かれていることによる運賃・料金制度、指定席予約のわかりにくさなどがありました。言葉の壁も相まって、心理的に大きな障壁となっていたのです。そうした負担を和らげ、全国すみずみまで気兼ねなく旅行してもらうために設定された企画きっぷであり、現在もインバウンド向けの商品の代表格として知られています。
しかし、訪日外国人旅行者数が急拡大している近年、航空券の引換証(MCO)を日本に到着後に窓口でパスに引き換える従前の方法は、ピーク時に長い徒列が発生し、旅行者・窓口担当者の双方にとって大きな負担となっています。また、多様化するニーズにも充分に対応できなくなってきていました。
WelcomeSuicaを買い求める訪日旅行者。羽田空港第3ターミナルにて(筆者撮影)
そのためJRグループでは2023年に価格改定を行い、「広く安く」から「適正価格」への転換を図りました。この結果、新幹線や特急列車を利用する訪日旅行者の車内や駅での動きも大きな変化が見られるようになったと感じています。加えて、JRグループでは直販オンラインでJRPを購入することで事前に座席予約ができたり、日本入国後に指定の券売機でパスを発券できるようになるなど、利用者の利便性の向上と負担軽減を加速しています。
さらに10月1日に予定されている価格改定では、当面、直販オンラインでの購入者の価格を据え置くなど直販化を一層推進し、窓口での行列削減など利用者の負担軽減に取り組む方針です。
一方、個札の乗車券類についても、JR各社独自のオンライン販売の充実に加えて、KlookやKKdayなどタビナカOTAを通じて、旅行シーンに応じた予約が可能となっています。実際に各社のサイトを確認すると、とてもわかりやすく、使いやすさにこだわった設計になっています。JRグループでは、OTAの活用について鉄道全体の利便性の高さを広くご理解してもらえる機会と捉えているとのことでした。東海道新幹線・東京駅の改札をQRコードで入場していく多くの訪日旅行者の目にすると、実に隔世の感があります。
JRとOTAとの間には直接販売契約があるところもあれば、主要旅行会社を通してJR券の販売をおこなうものもあり、各社の取引形態は異なっているようです。OTA各社は旅行者に対して不便なく利用できるよう最大限の配慮をおこなっており、OTAの強みが発揮されています。
また、訪日旅行者向けの「Welcome Suica」では、昨年からiPhone、Apple Watchで利用できる「Welcome Suica Mobile」サービスが開始され、クレジットカードでのチャージや新幹線eチケット、特急列車のチケットレスサービス、都市近郊のフリーパス、普通車グリーン券の購入などが順次可能になっています。これも好評だと聞きました。
羽田空港の窓口も、ピーク時の混雑が以前に比べてずいぶん緩和されていると感じます。まだ取り組み途上の点も多くあるようですが、今後のさらなる改善に期待したいと思います。
OTAの役割は、競合から共創へ
私がインバウンド担当だった20年以上前、OTAは従前の旅行会社のビジネスモデルをオンライン化したものが中心でした。旅行会社と航空会社、サプライヤーとの関係の中で、はどちらが主導権を握るのかといった駆け引きが日常的におこなわれていたのも確かです。
主要タビナカOTAとの取引が始まるまで、おそらくJRグループ内では国際的なOTAに主導権を握られるのではないかと懸念を抱いた人も少なくないと思います。もし、私が現役であれば同じことを考えていたかもしれません。
先日、インバウンド向けに日本の美容室、ネイル、マッサージ、クリニックを9言語で簡単に検索、予約、事前決済できるオンラインサービスを展開する「WellBe」の代表と話をする機会がありました。同社は多くの美容室やサロンと提携し、コールセンターと連携してオンラインで通訳派遣をおこなうことで言語の壁やキャンセル不安といった課題を解消し、世界的にも技術・サービスレベルが高いと言われる日本での美容サロン体験を訪日客に提供しています。滞在日数を伸ばし満足度向上、さらには海外からのリピーター獲得にも貢献していきたいと意気込みを語ってくれました。
WellBeの役割は、「何を売るか」ではなく「どうつなぐか」にあり、訪日客と美容サロンとの間に新しい価値を創出する役割を担っていることに感銘を受けました。
今回、日本市場に参入したOmioは、交通統合プラットフォーム(モビリティOS)と呼ばれています。鉄道・バス・航空・フェリーなどを横断して検索から予約まで一気通貫にできる仕組みを持ち、32言語、多通貨で決済が可能です。交通を1つのUIで統合したモデルとして、特に欧州で存在感を高めているそうです。
欧州では、鉄道の上下分離により、複数の鉄道会社が同じ路線を運行しているので、一つのプラットフォーム上で複数の鉄道会社を横断検索し、価格と所要時間を比較した上で一括購入が一般化しています。しかし、日本の鉄道は上下一体運営で競合よりもすみ分けされているので、役割が異なる可能性もあります。
Klookは観光施設のチケット、ツアーなど世界中に大量に流通させることに強みがあり、KKdayは現地体験やツアーに特化し、地域密着型の厳選商品を地域密着で提供しています。JR各社もこうしたOTAの特長を把握し、JRPでは直販化を進め、個札乗車券ではインバウンド客が慣れ親しんだUIで予約できるOTAで購入できる環境を整えています。「直販中心」から「複線化」へと移行していく方針とみて良いでしょう。
今後は、JR各社が提供商品(輸送ダイヤ)や価格に強いという主導権を握りつつ、販路については顧客に委ねる構造になると考えられます。その中で、JR各社が開発したインバウンド向けのコンテンツを、いかにOTA利用者に売り込んでいくのかも、カギになるかもしれません。
先述のWellBeのように共創関係が生まれ、相乗効果につながることが期待されます。今後、どのような変化が起きていくのか、引き続き注視していきたいと思います。



