地域が稼げる観光へ、地方で民宿を営む女将が挑戦するインバウンド戦略を聞いてきた【画像】

「観光とは地域を売り、地域で稼げるようにすること」。

そう話すのは、丹後町間人(たんごちょうたいざ、京都府京丹後市)の「うまし宿・とト屋」女将の池田香代子さんだ。第3種旅行業を取得し、着地型商品を取り扱う別会社も立ち上げている。池田さんは、20年前の同宿開業時から「アジアはひとつ」というコンセプトで、外国人観光客の受け入れ体制を着実に築いてきた。

部屋数10室の小さな宿が進めるインバウンド戦略とは? 地方が抱える観光の課題と、それを解決するための池田さんの挑戦を聞いてきた。パワフルな一軒の民宿のチャレンジは、着実に成果をあげつつある。

過疎化、高齢化への切実な危機感

とト屋女将の池田香代子さん。 「人が元気になる。それこそが地域創生」と語る

京都府の北端、日本海に面した京丹後市丹後町にとって、過疎化や高齢化は切実な問題だ。「10年後、この地域がどうなっているか分からない」。池田さんのリアルな危機感を、ニュースの世界のなかでしか現状を知らない都市部の人間が共有するのはなかなか難しい。

そんななか、積極的なインバウンド施策を打つ池田さんは「とト屋は勝手なDMOみたいなもの」と話す。とト屋に外国人観光客を呼ぶ戦略というよりも、丹後町を観光客で活性化させる取り組みに注力している。

「高齢化が進み、後継者もいない。このまま何もしないと漁村の暮らしは消えてしまう。魚が入らなければ、とト屋も困るし、地産地消で売るものもなくなりますよ」と将来への不安を口にし、「どちらもハッピーにならないといけない。異業種が連携してビジネスマッチングしたほうが楽しいじゃないですか」と続ける。

池田さんは、地元漁師と話し合いを重ね、危機感を共有することで、漁船で山陰海岸ジオパークを巡る「遊漁船とび丸タクシー」を始めたほか、水面が神秘的なブルーに染まる岩場の間を「青の洞窟」として売り出した。

「地元の漁師が船を出すことで、観光客は漁師の生活を体験しながら、その人のガイドで青の洞窟を見学することができる。それが体験だと思うんです。事業者が青の洞窟に連れていくだけでは単なる観光で意味がないし、次に続かないと想いますよ」と自信を示す。

青の洞窟ツアーは1隻チャーターで1回出港1万円(2名まで)だが、体験者は1人1万円を払おうとした。「最初、船長は『あの洞窟に1万円も払う価値があるのか』と訝っていましたが、その話を聞いたとき、ピンときましたね。それだけの価値があるんだと。地元の人は、それに気づいていないだけなんです」。池田さんは、地元の人にこそその価値を分かってもらうために、青の洞窟を改めて見てもらうことにしたという。

とト屋は丹後町間人にある小さな民宿丹後町の海岸線には風光明媚な景色が連なる

「人が元気になる。それが地域創生」

ただ、「観光で食べる」ことについて、そう簡単に地域の理解が得られたわけではない。

池田さんは「助成金も申請しましたが、とト屋の観光戦略のためだと思われて誤解もありました。何度も地域振興のためのお金だと説明しました」と振り返る。一事業者が地域全体の観光に関わることへの躊躇。地域が振興のためにひとつになることの難しさ。「2チャンネルに悪口が書かれたこともあり、辛い時もありましたけど、やっと理解者が増えてきました」と明かす。地元の意識も変わってきた。

喫茶店の店主は70歳になって、「地元の人のコーヒー1杯ではダメだ」と一念発起。観光客向けの店にリニューアルするために動き出した。「人が元気になる。それこそが地域創生なんじゃないんですかねえ」。池田さんの実感だ。

マイスターツーリズムで旅行者と地元の想いをつなげる

とト屋は2014年、「京丹後龍宮プロジェクト」を立ち上げた。海、山、里、食をテーマに地元の観光資源を掘り起こし、体験ツアーとして提案している。最大の特長は、それぞれのツアーには地元を知り尽くした住民が「マイスター(達人)」としてガイドを務めることだ。「『私に会いに来て』というのがコンセプト。そのうえでの京丹後の風景、食、文化歴史なんです。地域の暮らしを体験して欲しい」と池田さんは説明する。

観光素材ではなく、人に焦点を当てることで、満足度を高め、リピーターを育てていく戦略。「またあの人に会いに行きたい」と。

ターゲットとする旅行者についても、「最初から京丹後に来たい人たちを取りに行かないといけない」と明解。インバウンドについても同様で「『ゴールデンルートのあとに、そのうち京丹後に来るだろう』ではダメだと思う」という考えだ。

旅行者が求めるものと京丹後での体験にズレがあると、「お客さんも悲しいし、私も悲しい。でも、お互いの思いがマッチングしたときは、こんなに楽しいことがあるのかと思うくらい。おもてなしをしていて本当に楽しいんですよ」。

とト屋は、「未知なる海の京都・丹後海岸の魅力をマイスターが直伝『丹後マイスターツーリズム』の開発・提供」で事業認定を受けて、国から支援を受けている。2016年、この事業で経済産業省から地域貢献部門「はばたく中小企業小規模事業者2016」を受賞した。

ロビーには外国語のウェルカムボードもとト屋のロビーに丹後ちりめんを展示。地場産業の復活も観光にかかっている

シンガポールで単独セールス、口コミで体験が拡散

とト屋は昨年2月と8月にシンガポールの旅行フェア「Travel Revolution 2016」に出展。インバウンド市場に本腰を入れ始めた。

アドバイザーの協力でシンガポールの旅行フェアへの出展を実現した

小さな民宿が単独でブースを出すのは異例のことだ。そこで来場者と直商談。「京丹後のことなど誰も知らなかった」(池田さん)が、2月にブースに立ち寄ってくれた人は、ゴールデンウィークに訪れてくれたという。

その人のSNSでの口コミ効果もあり、シンガポールからの宿泊客も増えている。「ネットの力は大きいですね。龍宮プロジェクトでの個人的体験をアップしてくれる」。池田さんもフェイスブックでの情報発信を忘れない。

2010年には町ぐるみで「日韓間人展in中浜」というアートイベントを開催したことから、韓国とのつながりもあり、宿のコメント帳にはハングルの文字も並ぶ。このほか、中国、香港、マレーシアなどからの旅行者もとト屋を訪れる。

いずれもコアな個人旅行者(FIT)。日本の地方を体験したいというターゲットに当たっている。現在、1週間に1組は外国人が宿泊するという。Booking.comやAgoda.comにも掲載されているが、ほとんどはダイレクトブッキングだ。

地域が稼げる観光へ、カギは需要の平準化、広域連携、異業種連携

丹後町最大の名産と言えば、11月から3月が季節となる間人ガニ。全国に知れ渡るブランド蟹だ。池田さんは「訪日外国人に対しても蟹で勝負すればいいという人もいますけど、そうなると日本人観光客に影響が出る。そうなってしまっては元も子もない」と話す。

そこで、戦略として考えているのが、蟹の季節と夏の観光シーズン以外の春と秋をインバウンド向けに売っていくこと。「その季節の体験を好むマーケットにしぼってPRしていきたい」と話し、観光需要の平準化を狙う。

また、池田さんはインバウンド観光の振興には広域連携が必要との考えだ。地元のDMO「海の京都」だけでなく、関西広域での連携も模索している。「行政と組まないとインバウンドは成功しない。周辺と協力して広域で連泊してもらう取り組みが必要だと思いますよ」と訴える。

さらに、インバウンドで稼いでいくためには異業種連携もカギになると見ている。シンガポールの旅行フェアには地元の着付け美容師も同行した。丹後ちりめん製の髪飾りやゆかたの着付けをデモンストレーションして、ポリエステルの着物ではなく、本物の丹後ちりめんの着物をアピールした。

「地場産業とのコラボで地域がインバウンド観光で稼ぐ仕組みをこれからもつくっていきたいですね。異業種がコラボして何が生まれるのか。ワクワクします」と池田さんは意欲的だ。

遊漁船とび丸タクシーも、とト屋と漁師の異業種連携。観光客に遊覧体験を楽しんでもらうと同時に、漁師の生活も守る。「地域の実情を見ない観光戦略ありきでは失敗すると思いますよ。あくまでも地域振興のための観光でないと」。

池田さんは昨年10月には韓国にセールスコールに行った。今年2月にはまたシンガポールの旅行フェアに出展する予定だ。「龍宮プロジェクトで3年、種をまきましたから、来年からは経済効果を狙っていますよ」。とト屋は第3種旅行業を取得し、着地型商品を取り扱う別会社も立ち上げている。地域が稼げる観光へ。池田さんのチャレンジは続く。

開業以来、「アジアはひとつ」という宿のコンセプトを持って挑戦をしてきた池田さん。「丹後王国はアジアから渡来人で栄えた。大陸が隣にあり、そもそも外国との隔たりはなかった土地柄なんです」と話す。

古墳時代に栄え、ヤマト王権や吉備国などと並ぶ独立性があったと考えられる丹後王国。この地方には、網野銚子山古墳・神明山古墳・蛭子山古墳などの大型古墳が集中しており、近年の発掘調査から日本の古代史の常識がひっくり返る可能性も秘めているという。

間人の観光目所のひとつ「立岩」。山陰海岸ジオパークの一部だ開化天皇の妃となった竹野姫が天照大神を祀ったことにはじまる竹野(たかの)神社

取材・記事: トラベルジャーナリスト 山田友樹

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