その場にいながら旅行する「遠隔旅行」は商用化されるのか? 本格参戦するJTBとKDDIのイベントを体験してきた

JTBとKDDIは先ごろ、東京の離島・小笠原村を楽しむ遠隔旅行の体験イベントを開催した。JTBが遠隔旅行のイベントを開催するのは、今回が初めて。KDDIによると、これまでにも新技術を活用した遠隔旅行は他の事業者などが行なう例があったが、商用無線ネットワークを活用したテレイグジスタンス技術による一般向けの遠隔旅行は、世界初だという。

記者会見でJTBの東京交流創造事業部長の池田伸之氏は遠隔旅行について、「2019年度には1つの形にしたい」と意気込みを見せた。JTBが本気で取り組む遠隔旅行とその可能性とは?

竹芝にいながら小笠原に触れる遠隔体験

東京都心から1000キロ離れた小笠原諸島への旅行手段は、ただ一つ。ゲートウェイである港区の竹芝客船ターミナルから週に1度(時期により変更あり)運航される貨客船「おがさわら丸」で、片道24時間。最低でも5泊6日の旅行期間が必要になる。

しかし、今回の遠隔旅行ではそんな長時間の移動は不要。旅行者はVR(バーチャルリアリティ)ゴーグルとヘッドホン、運動検知センサー、グローブ型の触覚センサーを身に着けるだけ。椅子に座ったまま、手を握って開たり、腕を広げて体を左右にねじる動作を数回繰り返せば、準備が完了する。

通信が始まると、ゴーグル内の360°の視界は小笠原の青い空と海に早変わり。「こんにちは。小笠原へようこそ」と、こんがりと日に焼けた女性のガイドが笑顔で迎えてくれた。機材の装着からから数分ほどで、小笠原の遠隔旅行がスタートしたのだ。

今回の遠隔旅行のポイントの一つは、Telexistance社の「テレイグジスタンス技術」を使用していること。同社はテレイグジスタンス技術を、「人間が、自分自身が現存する場所とは異なった場所に実質的に存在し、その場所で自在に行動するという人間の存在拡張の概念であり、それを可能とするための技術体系」(※)としており、現地で行動する遠隔操作ロボットのカメラとマイク、センサーで視覚と聴覚、触覚の3つの感覚を得て、遠隔旅行が体験できる。Telexistance社によると、テレイグジスタンス技術で旅行会社とコラボしたのは、今回が初めてだという。

※注:テレイグジスタンス技術は、同社創業者の一人であり会長である東京大学名誉教授の舘暲氏が、1980年に世界で初めて提唱したもの。

「では動きますよ。右を向いてください」。ガイドに従って顔の向きを変えると、自分は座ったままに、ロボットは視線の方向に進んでいく(今回は現地スタッフが進行を補助)。これから、小笠原海洋センターでウミガメの餌付け体験ができるという。

「触っていいですよ」と、係の人が水槽から抱き上げたウミガメの方に手を伸ばすと、甲羅に触れたロボットの指のあたりにその振動が伝わってきた。手に載せられたキャベツを握り、水槽の方に少し前のめりになって手を出し、指を緩めると、キャベツが水槽に落ちてウミガメのごはんタイムとなった。

今回の遠隔旅行体験はここまで。イベントではウミガメの餌付け体験のほか、大村海岸のビーチ散策など4つの体験を用意した。2018年9月14日~9月27日まで行なわれた同イベントへの参加を希望し、抽選に応募した人の数は約400人に上ったという。

体験を終えてみると、正直なところ小笠原の青い海を見れば太陽の暑さと潮風を体で受けたい気になるし、波の音や海、カメなどの匂いも感じてみたい。カメの甲羅も実際の感触や温度感とは違うだろう。

やはり遠隔旅行は少し物足りない。そんな冷静な感想がある一方で、現地の人とコミュニケーションをし、ロボットを介して自分の動作でカメを触ったり、餌をあげることができた現実には素直に興奮する。筆者の一挙手一投足に現地の人がリアルタイムに応え、同じものを触りながら共有できたことは嬉しく、これまでにない特別な体験だった。

「ガイドさんも海洋センターのスタッフも今、1000キロ離れたあそこにいるんだなぁ」。10分ほどの遠隔旅行体験だったが、終了後に竹芝客船ターミナル内にあるアンテナショップで、小笠原産パッションフルーツのジャムやお酒を購入したのは、やはりイベントの特別体験に刺激され、小笠原の気分をもう少し味わいたいと旅情を掻き立てられたからだろう。

旅行分野での可能性

今回のイベントは、返還50周年を機に、東京諸島観光連盟小笠原村観光局とTelexistance社、竹芝エリアマネジメントが企画したもの。その目的は小笠原諸島への旅行意欲の喚起だが、体験した筆者に関してはその目的は達成されたようだ。

記者会見で、小笠原村観光局事務局長の根岸康弘氏は、気軽に旅行をするのが難しい小笠原に誘客するには、最大の魅力である世界遺産の自然をテーマに「五感に訴える必要があるが、これまでのメディアでは視覚と聴覚でしか訴求できなかった」と発言。今回の遠隔旅行で触覚を含む3つの感覚で魅力を打ち出せることに、プロモーションを仕掛ける側として大きな期待を示した。

今回のイベントの概要:JTBプレゼン資料より

また、現地の人にとっても本土とのアクセスはハードルが高い。これについても、「小笠原と本土で離れて暮らす家族とのコミュニケーションや医療福祉など、現地の人々のQOL(生活の質)の向上にも繋がるのでは」と、新たな可能性を示す。

JTBの東京交流創造事業部長の池田伸之氏は遠隔旅行について、「時間と距離の制限がなくなる旅の体験が変わるタイミングであり、新たな価値が生まれる」と、旅行ビジネスにおける可能性を強調。下見などの視察旅行の事業領域から移住促進や教育旅行、福祉旅行などへと広げ、「2019年度には1つの形にしたい」と方針を発表した。

JTBでは2018年4月に開始した「第3の創業」と位置付ける経営改革で、デジタル技術とヒューマンタッチを融合させたソリューションビジネスに取り組む方針を掲げている。ITベンチャー等との新たなビジネス創出も強化しており、Telexistence社とは2017年、業務資本提携を実施。ソリューションビジネスの1つとして、本気で遠隔旅行に取り組んでいる。

目前の美しい景色が一気に小笠原旅行気分を掻き立てる。この体験者は以前にもVRの視聴体験をしたことはあるが、触覚付きの体験は初めてで、「感覚が多い方がより没入感がある」と感想を話してくれた。

現実味を帯びる遠隔旅行

遠隔旅行の明確な定義があるわけではないが、すでに旅行会社をはじめ“遠隔旅行”を掲げる取り組みが始まっている。例えば近畿日本ツーリストではVRによる遠隔旅行で、2017年には福祉施設で遠隔地の花火大会のライブ配信を実施。同年の「ツーリズムEXPOジャパン2017」ではグアム挙式の遠隔参列も行なった。

また、今回通信網を提供したKDDIでは2016年、現地ガイドと360度カメラの映像と通話を通して現地の観光や買い物を楽しむVRの遠隔旅行「SYNC TRAVEL」のコンセプトを発表し、体験会も行なっている。

最近では、全日空(ANA)も「ANA AVATAR VISION」が注目を集めている。先の「ツーリズムEXPOジャパン2018」での出展ブースでは、ANA AVATAR 瞬間移動体験として、会場から米国カンザスの某所内を繋ぎ、現地に置くRPD(Remote Presence Device)の「Beam」で移動しながらコミュニケーションをする体験等を披露した。このRPDは、手元の操作で遠隔地で自由に動き、映像と音声でコミュニケーションが行なえるデバイスのことで、すでに企業のテレワーク等で活用されているという。

日常で使う機会が増えてきている遠隔技術。働き方改革などの取り組みが社会への技術浸透を後押しし、遠隔旅行の商用化に弾みをつけそうだ。

記事:山田紀子

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