非常事態におけるDMOの情報発信とは? ラスベガス銃乱射事件後の対応事例から学びたいこと【コラム】

こんにちは。DMO(観光地域マーケティング・マネジメント組織)コンサルタントの丸山芳子です。米国での研修や現地調査した経験をもとに、日本のDMOを支援しています。

2018年の夏、米国のDMO最大の業界団体で、100年以上の歴史を持つディスティネーション・インターナショナル(DI)の年次総会が開催されました。DIの年次総会では、DMOに関するホットな話題が、基調講演や分科会でプレゼンテーションされます。

ある日突然、観光地域をイメージダウンさせる情報が大量に流されてしまったら、DMOはどうやってそれを回復すればいいのか。今回は、DIの講演の中から、2017年秋にネバダ州ラスベガスで発生した銃乱射事件に対応したDMOの発表をご紹介します。

銃乱射事件発生、混乱を極めた現場で

実際に起きた銃乱射事件について基調講演で話したのは、ラスベガスのDMOであるビジット・ラスベガス(Visit Las Vegas : Las Vegas Convention and Visitors Authority)のマーケティング執行役員(CMO)のキャシー・トゥル氏。非常に臨場感あふれる発表は、聞いている私たちも事件を追体験している感覚になるものでした。

発端は、ラスベガスで2017年10月1日午後10時過ぎ、一人の男がホテルの32階から近くの屋外コンサート会場に向けて銃を乱射。58人が死亡、851人が負傷する大惨事でした。当然、メディアはこの大事件を繰り返し報道し、結果的に「ラスベガスは危ないのではないか」というイメージも大量に発信されてしまったのです。

事件発生当時、情報は錯綜し、被害の規模、単独犯なのか複数犯によるものか、テロリストの襲撃かということさえ分からず、現場は混乱を極めていたそうです。しかも、キャシー氏は休暇で海外に滞在中、ビジット・ラスベガスCEOも出張でコロラドを訪問して不在で、ラスベガスには現場スタッフしかいない状態でした。

ビジット・ラスベガスCMOのキャシー・トゥルさん

重要なのは、初動の情報コントロールや被害者・関係者への配慮

海外で連絡を受けたキャシー氏は、すぐに実施中だった広告キャンペーンの中止を判断しました。当時、展開していた「グッドラック」というラスベガスらしいキャンペーンメッセージが、凄惨な事件に対しマイナスになると考えたからです。中止の決定までわずか1時間。この日からプロモーションだけを目的とした広告の出稿は中止し、最終的に中止期間は45日間にわたりました。

キャシー氏はすぐに帰国し、部下と事件後のコミュニケーション戦略について検討。まず、彼女はラスベガスに関して発信されるすべての情報管理に取り組みました。テレビ、新聞、ラジオなどによる事件についての報道を確認し、もし誤った内容があったら、報道機関に訂正の依頼を行いました。手間がかかる地道な作業ですが、メディアで起こっている状況を確認する上で必要な作業だと思われます。

キャシー氏が策定したコミュニケーション戦略の対象は3つ。地域コミュニティ、被害者の家族など事件関係者、旅行者です。そして、それぞれを対象に、何が起こっているか整理して情報を発信することにしました。

日本で観光地域の情報発信といえば、旅行者など地域外へのプロモーションだけを想定しがちですが、米国のDMOは、地域内も対象に情報発信します。DMOによる地域コミュニティや被害者対象の情報発信は、警察や行政機関の発表を代替するものではありません。対外的な情報発信についての計画などについて、地域コミュニティや被害者の心情を逆なでしないように丁寧に説明し、理解を求めていく活動です。特に、観光産業で成り立っているラスベガスは、速やかに旅行者の誘致を再開しなければなりません。そのためにも、地域コミュニティや被害者が、事件に苦しみ、悼む気持ちに寄り添いつつ、プロモーション再開に向けた理解を得る対応を行ったのです。

旅行者のメッセージで復活への想いを表現

ビジット・ラスベガスが最初のメッセージを公開したのは、事件から20日後のこと。短期間で2分程度の動画を準備し、ソーシャルメディアで配信しました。暗闇の遠景にラスベガスの夜景が浮かび、静かな音楽がついた、全体として追悼色の濃いビジュアルを背景に、「ラスベガスには家族の良い思い出が詰まっている」、「ラスベガスが大好き」、「ラスベガスにまた行きたい」といった、旅行者からの実際の投稿メッセージがいくつもオーバーラップする演出でした。

最後に「See you soon」と締めくくられ、動画を最後まで見れば、復活に向けた前向きな印象が残ります。この動画は、情報発信の対象である旅行者、地域コミュニティ、被害者の家族など事件の関係者の心情、すべてに配慮したメッセージになっていました。ビジット・ラスベガスはこの動画を1週間配信し、再生回数は460万回に上ったそうです。

発表で上映された事件後最初の動画の後半部分。メッセージがオーバーラップされるところ

次にビジット・ラスベガスでは、11月から12月にかけて新しいメッセージを発信しました。この時も情報発信ツールとして2種類の動画を制作しました。一つはラスベガスに住んでいたり、ショーに出たりする著名人が出演するもの。もう一つは観光産業に従事するホテルのシェフやカジノなど、観光の現場の人々が出演するものです。

いずれも、何人もの人がラスベガスを愛し、旅行者を待って準備していることをかわるがわる話す内容です。DMOからメールなどで直接依頼をし、自撮り動画を送り返してもらったものを簡単に編集したものです。生身の人が自分の言葉で語りかけるという構成は、動画として説得力があります。この動画シリーズは、ラスベガスでは旅行者を受け入れることができる状態を事実として示したものになりました。

非常事態から通常モードへの切り替え

非常事態に対応した情報発信をする一方で、それを終焉させる判断も迫られます。一つのきっかけとなったのは、毎年恒例の「ロックンロールマラソン」。事件後6週間の2017年11月12日という短いタイミングでしたが、ビジット・ラスベガスは実施を決めました。

通常のマラソンコースは、ラスベガスの目抜き通りであるラスベガス・ストリップを通ることで人気ですが、今年は事件があったマンダレーベイホテルを迂回させ、全国から集まるランナーに事件現場を目に触れないよう配慮しました。また、雰囲気を盛り上げる賑やかな音楽はやめ、ゴールにバイオリン奏者による演奏を準備。ランナーにとって初めて耳にする音楽が弦楽器による音楽となったわけです。こうした対応は、犠牲者への追悼の感情と、事件に負けず観光地としての復活を同時に達成する、巧みな演出だったといえます。

ビジット・ラスベガスはその後もソーシャルメディアへの投稿を見ながら、旅行者からラスベガスがどのように見られているのか、印象の変化を確認しながら、告知を増やしていきました。そして、2018年5月に新しい広告キャンペーンを開始し、情報発信を完全に通常モードに復活させました。事件発生から8カ月目のことでした。

MICE担当者やホテルの協力体制

また、ビジット・ラスベガスのMICE部門の責任者であるデビン・ルイス氏からも、コミュニケーション戦略以外にも多くの努力が行われていた話を聞くことができました。実は、事件直後の10月10~12日には、旅行に関する米国最大級の展示会であるIMEX Americaの開催が予定されていました。参加者が6000~7000人規模の超大型イベント。事件の報道が続く中、開催自体が危ぶまれたそうです。

しかし、実際にはキャンセルはほとんどなく、予定通り開催。背景には、主催者や参加者などからの安全に関する多くの問い合わせに対し、事件は独立したできごと(isolated incident)であり、今は安全であることを一つひとつに対し強調する努力の積み重ねによるものだったそうです。地域のホテルも事件後すぐ警備員を数多く配置し、実質的にも、心理面にも安全を確保するなど、DMOと地域の事業者が連動して対策が取られました。

銃乱射事件によってラスベガスへの訪問者数は、事件発生直後に減少したものの、2018年4月度からは前年比プラスに転じ、客足は完全に復活しました。これはDMOの対応による成果にほかならないでしょう。

ラスベガスから得られた教訓とは

私はこのラスベガス銃乱射事件があった半月後の10月18日、海外DMO調査のため、ケンタッキー州ルイビルを訪問しました。ルイビルのDMOであるルイビル・コンベンション&ビジターズビューロー(Louisville Convention & Visitors Bureau)のマーケティング担当副社長ステイシー・イエイツ氏との会話で、ラスベガスの銃撃事件は衝撃的だったけれど、半月ほどで報道がすっかり沈静化し、問題がないイメージを与えていることが話題になりました。ただ、キャシー氏のDI年次総会における基調講演からは、決して自然にそうなったわけではないこともうかがえます。

日本のDMOでは、最高マーケティング責任者(CMO)の役割を調査、宣伝、プロモーションなどに限定してとらえられがちですが、このように危機発生時にイメージ上の被害を最小限にする役割も担う必要があります。なぜならば、DMOはディスティネーションの価値を高めるための活動も担っているからです。

日本は豊富な自然が恵まれている一方で、災害に見舞われることも少なくありません。2020年の東京オリンピック、パラリンピックなど国際イベントが控えるなか、危機に対する準備は常にしておく必要があります。今回のラスベガスの情報管理に関する対応も、参考にすべきだと強く感じています。

丸山芳子(まるやま よしこ)

丸山芳子(まるやま よしこ)

ワールド・ビジネス・アソシエイツ チーフ・コンサルタント、中小企業診断士。UNWTO(国連世界観光機関)や海外のDMOの調査、国内での地域支援など、観光に関して豊富な実績を有する海外DMOに関する専門家。特に米国のDMOの活動等に関し、米国、欧州各地のDMOと幅広いネットワークを持つ。DMO業界団体であるDestination International主催のDMO幹部向け資格「CDME(Certified Destination Management Executive)」の取得者。企業勤務時代は、調査・分析、プロモーションなどの分野でも活躍。

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