GoToキャンペーンで宿泊施設への「直予約」が組み込まれた背景とは? 生き残りをかけた宿泊業界団体の取り組みを若手リーダーに聞いてきた

コロナ禍の大打撃を受ける日本の宿泊業界。コロナ以前から、人手不足や生産性改善など様々な課題があった旅館は、その対応の中での災禍となった。日本の伝統文化を受け継ぎ、次の時代に発展させるべく取り組んできた旅館の若手経営者は、現状をどう見ているのか。

全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会(全旅連)の下部組織で、未来の宿泊業界に資する活動を担う全国組織の全旅連青年部。同部長・鈴木治彦氏(岡山県・名泉鍵湯奥津荘)に、旅館の現状と取り組み、今後の展望まで聞いた。

GoToトラベルキャンペーンでは、宿泊施設への直接予約が支援対象に含まれている。その枠組みが可能となった背景として、宿泊業界4団体の尽力があった。その実働部隊として奔走したのが、全旅連青年部だ。

コロナ発生後からGoTo開始まで

鈴木氏によると、宿泊業界では2月初旬から稼働率が下がり始め、3月2週目くらいには全国的に厳しい状況になった。4月の緊急事態宣言後は、先々の予約が一気になくなり、自主的休館に入る施設が増えた。宿泊施設は売上がなくても、毎月多額の固定費が発生する。国の支援策が出るまでは金融機関からの借入をするしかないが、収束時期が見えないコロナ禍での借入には、多くの経営者がこれまでにない不安を覚え、苦しい経営状況を迎えているという。

そんな宿泊施設を支援しようと、全旅連青年部では国に対して、雇用調整助成金や持続化給付金、補助金等に関する陳情や要望を実施。通常、こうした活動は、全旅連や日本旅館協会(日旅協)など業界4団体の指示のもと、全旅連青年部が動くという形が多かったが、「コロナ禍では何よりもスピードが大事」(鈴木氏)と、全旅連青年部が先行して書類を作成。それをもとに陳情・要望するというイレギュラーな対応をとった。

こうした中で、政府主導の需要喚起策(GoToトラベルキャンペーン)の助成対象は旅行会社経由の予約のみらしいという話が、鈴木氏の耳にも入るようになってきた。

しかし、旅行会社に販路を持つ宿泊施設は一部に限られる。また、旅行会社と契約する場合であっても、収益構造が薄利である宿泊施設にとって送客手数料の負担は大きい。キャンペーンが始まっても宿泊業界が受ける恩恵はごく一部になりかねない状況に、全旅連青年部と日旅協で「GoToトラベル直販検討委員会」を立ち上げ、対応を開始したという。

国が動いた、宿泊施設の実態データ

委員会では、宿泊施設への直接予約をキャンペーン対象に含めることの重要性を示すため、根拠となるデータを示した。

それは、4月から5月にかけ、全旅連青年部と日旅協の加盟施設を対象に実施した、流通販路と収益構造に関するアンケート調査で明らかになったもの。加盟施設の宿泊予約のうち、宿への直接予約の比率は4割、OTA経由の予約は4割で、リアルの旅行会社経由は2割というデータだ。

また、調査結果から、国内の宿泊施設8.2万軒のうち、旅行会社と契約する施設は1万軒、OTA契約施設数は3.3万軒で、予約対応が電話による直接予約のみの施設が、全体の半数に上ることも試算した。これらのデータはこれまであまり公表されていなかったが、鈴木氏も改めて実態を確認し、驚いたという。

全旅連青年部と日旅協のアンケート調査より(実施日:2020年4月25日~5月3日、回答数:403施設)

他方、観光庁の「観光地域経済調査」では、宿泊業の地元調達率(市区町村内の仕入れ先からの調達)は51.7%、売上高に占める観光客からの収入割合は63.8%で、他の観光産業事業者(観光客に直接商品の販売やサービス提供をする業者)と比べて圧倒的に高く、地域経済への波及効果が大きいことが分かっている。

観光庁「観光地域経済調査」より(平成27年1月)

これらデータとともに、キャンペーンの枠踏みを策定する経過にあった各省庁に対し「宿泊予約の直接予約を対象外とするのは、消費者利益を損ない、旅行会社と契約のない宿泊施設には恩恵がない」と訴えた。「直接予約が入ることで利益率が上がり、地域の雇用確保に寄与できる。その分、食材原価率を高めれば、消費者還元と地域経済の循環にも繋がる」こともアピールした。

各省庁の担当者も「こうしたデータが欲しかった」と、実態が示された数値に納得。キャンペーンの助成対象に、宿への直接予約が含まれることになった。鈴木氏は「言葉や文章よりも数字が一番、説得力がある」と、今後も定期的に調査を行なう考えだ。

さらに、「GoToトラベル直販検討委員会」では上記と同時進行で、宿泊施設の直接予約の支援とともに、キャンペーンに参加しやすい仕組み作りにも着手。全旅連、日旅協、全日本シティホテル連盟(JCHA)との連携のもと、ピアトゥー社の日本初の直販予約特化型サイト「STAYNAVI(ステイナビ)」がオープンした。システム利用料はゼロで、委託管理料1.5%のみの破格な条件となったが、これは「極力ゼロに近い数字を」(鈴木氏)という宿泊業界側の希望と、GoToの目的を汲んで設定されたものだという。

GoTo開始後の変化、地域に生きる事業者としての思いも

こうして始まったGoToトラベルキャンペーン。当初8月の開始予定から7月22日に前倒しとなり、世論では実施の延期を求める声も多くあがった。鈴木氏は「相当に厳しい状況で、業界として危機感が強かった。宿泊施設の倒産は従業員はもちろん、取引業者にも影響が及び、特に大型施設の場合では1軒の倒産が数千人規模の失業に繋がることもある。こうした影響を踏まえた上で、国が早いスタートを決断したと思う」と背景を説明する。

ただし、時期を同じくして感染者数が再び増加に転じ、キャンペーン開始後1週間の予約は「増えたと言えない」のが現実だ。秋以降の予約は入ってきているが、稼ぎ時のお盆期間中は期待したほどにはならなかった。鈴木氏は「GoToですぐに宿泊客が増えるとは限らないが、GoToがなければ増える見込みはゼロ。少しでも可能性を上げるためのもの」とし、GoTo期間いっぱい(来春2月1日チェックアウト分まで)の推移に期待を寄せる。

一方で、感染者数の再増加に伴い、独自の対策や緊急事態宣言を出す自治体も増えてきた。鈴木氏も「現在は、スタッフや地域の安全を考えると、遠方のお客様より県内や近県の方々にいらしていただいた方が、お客様も精神的にゆっくりできると思う」と、地域に生きる事業者としての胸中を吐露する。実はコロナが発生後、宿泊業界では感染を恐れたスタッフの離職も発生しており、人手不足が課題だった業界としてはその痛手もあるという。

観光従事者でも、自身の健康や同居家族、周囲への影響を考慮し、辞める選択をせざるを得ない人もいる。コロナ発生後、観光が負のイメージで見られることが増えてきたが、鈴木氏も「宿泊事業者や観光地と一般の商店や地域住人の間には、少なからず温度差があるのは認識している」と話す。地域と観光の関係性を深めることに「今まで以上に努力をする」との意欲はあるが、地元行政の理解を得ながら、地域のリーダーとともに取り組む必要があるとみている。

自ら魅力を発信する強い組織に

鈴木氏は2019年春、青年部長に就任した際、活動方針に「依存からの脱却」を掲げた。「(旅館が)自らの力で魅力を発信する気持ちと技術的な部分が不足しているように感じていた」のが理由で、「この先、旅館が生き残るためには、依存からの脱却が不可欠だ」と力を込める。

全旅連青年部部長の鈴木治彦氏

この方針のもと、全旅連青年部では今年、肝いりの事業として、消費者向けイベント「宿フェス」の初開催を企画していた。東京オリンピックの開催年を「日本独自の宿泊文化である旅館を世界にアピールする絶好の機会」と捉えたもので、全国47都道府県のブースを出展し、各地域の魅力とともに宿の魅力を「自らで発信すること」を体現するイベントだ。上野恩賜公園を会場に、パラリンピック期間であった8月最後の週末に開催する予定だったが、コロナの影響を踏まえ、今年の開催は断念した。

ただし、コロナやGoTo対応で各施設が同じ方向を向いている今は、「業界内の意思統一は、以前よりも強くなっている」と感じている。

さらに鈴木氏は、「幅広い休暇の過ごし方、新しいライフスタイルを提案できる団体でありたい」と、目指す姿を示した。コロナによって、感染症対策は多くの人々の日常になったが、その基本は日ごろの健康的な生活で、免疫力を高めることにある。それに「宿泊事業者が寄与できるものがある」とし、自然豊かな観光地や温泉地でゆっくり滞在し、心身をリフレッシュする時間を持つことを、日常の一環として捉えられるよう訴求したい考えだ。

政府が、新たな働き方と観光を絡めたワーケーションを推進し、5月には環境庁が国立公園でのネット環境の整備でワーケーションを推進する補助金制度も設けた。こういう国の取り組みの中で、「今までにない地域の魅力発信や滞在型の過ごし方を模索する動きが、全国各地で始まっている」と鈴木氏。地域と連携し、幅広い提案ができるよう、取り組んでいきたいと力を込めた。

聞き手:トラベルボイス編集長 山岡薫

記事:山田紀子

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